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18話 フォレスト家からの手紙

18話 フォレスト家からの手紙


喫茶店「雪の庭」の午前──

といっても、時計の針はすでに正午を少し回っていた。


ラルベニア王都ラダニアンの石畳に、日差しがまぶしく反射している頃。

店内はまだ静かで、客の姿はない。


理由は単純だった。


店主が、働いていないからである。


「……ふふ、プリンの冷える音って癒されるわね……」


カウンターの奥。

いちばん座り心地のいい椅子に深く腰掛けた雪乃は、両手で紅茶のカップを包み込みながら、厨房のオーブン──正確には、その横の冷蔵棚を、うっとりと眺めていた。


もちろん、プリンが「冷える音」など存在しない。


「お嬢様。それは完全に気のせいです」


忍が、感情の一切こもらない声で即座に切り捨てる。

彼女はカウンターを磨きながら、視線だけを雪乃に向けた。


「え? でも、なんとなく“ひんやり……”って……」


「それは冷蔵庫の存在感です。音ではありません」


「……忍、夢がないわね」


「現実的なだけです」


二人のやりとりを横目に、弥生は厨房で静かに作業を続けていた。

今日の仕込みは、定番の「雪の庭特製プリン」。

滑らかさを最優先にした、雪乃こだわりの一品だ。


「お嬢様、今日は開店なさらないのですか?」


弥生が柔らかく尋ねると、雪乃はカップを口元に運びながら、少し考える素振りを見せた。


「……うーん。今日は“開けない日”って顔じゃない?」


「顔で決めるものではありません」


忍の即ツッコミが飛ぶ。


「だって、静かだもの。誰も来ないし」


「誰も来ないのは、開いていないからです」


「……あら?」


そんな平和なやりとりを切り裂くように、

そのとき──


カラン、と澄んだ鈴の音が鳴った。


三人が同時に入口を見る。


扉の向こうから顔をのぞかせたのは、郵便配達人だった。


「こんにちはー! 喫茶店『雪の庭』さんで合ってますか?」


忍がすぐに応対に向かう。


「はい。こちらで間違いありません」


「お届け物です。受け取り、お願いします」


忍が差し出された封筒を受け取った瞬間、

ぴたり、と動きを止めた。


封蝋に刻まれた紋章。

その意匠を確認した忍の表情が、わずかに引き締まる。


「……フォレスト男爵家の紋章です」


その言葉に、雪乃の手が止まった。


「フォレスト……男爵家?」


ゆっくりとカップを置き、眉をひそめる。


「どうして男爵家から、こんな小さな喫茶店に?」


「最近、“噂”になっていますからね」


忍は淡々と答えた。


雪乃は露骨に嫌そうな顔をする。


「噂なんて広がらなくていいのよ……。

私の理想は、“昼下がりに紅茶を飲みながら、誰にも邪魔されず静かに過ごす喫茶店”なのに……!」


「現実は、“気まぐれ営業なのに行列ができる店”ですが」


「それ、誰のせいだと思ってるの?」


「お嬢様です」


即答だった。


弥生が封筒を見つめながら、やんわりと促す。


「……とりあえず、中身を確認されては?」


「そうね……」


雪乃はため息をつきながら、忍から封筒を受け取る。


「はぁ……面倒な内容じゃなければいいんだけど……」


封を切り、便箋を開く。


最初は何気なく、

だが、数行読み進めたところで──

雪乃の表情が、すっと固まった。


「……」


「お嬢様?」


忍が声をかける。


雪乃は無言のまま、便箋を読み続け、

最後まで目を通すと、静かに紙をトントンと揃えた。


「……貸切の依頼、だわ」


忍は予想通りと言わんばかりに、深く息を吐いた。


「やはり、そう来ましたか」


「えっ、貸切、ですか?」


弥生が目を丸くする。


「ええ。フォレスト男爵家の令嬢方が、お茶会を開きたいそうよ」


雪乃は便箋を軽く振りながら、少し考え込む。


「……でも、貸切……悪くないわね?」


忍と弥生が、同時に固まった。


「……今、肯定されました?」


「お嬢様が……?」


「だって、考えてみて?」


雪乃は指を一本立てる。


「三時間“だけ”、決まった人数を相手にすればいいのよ?」


次に、もう一本。


「しかも貸切なら、他のお客さんは来ない」


そして三本目。


「つまり──静か」


「……お嬢様、それは」


忍が額を押さえる。


「“静けさのためなら働く”という意味に聞こえますが」


「もちろん。その通りよ」


雪乃はにっこり笑った。


「静かな午後を守るためなら、多少は、ね」


弥生と忍は、互いに視線を交わす。


(お嬢様の“多少”は、信用できない……!)


しかし、当の本人は至って上機嫌だった。


「一度くらい、貸切営業も経験してみるのも悪くないわ。

静かに、優雅に、お仕事できそうだもの」


紅茶を一口。


満足そうに微笑む雪乃。


──この時点ではまだ、

この選択が、どれほど彼女の平穏を脅かすか、誰も知らなかった。


「まあ、返事は受ける方向で考えましょうか」


忍と弥生は、心の中で同時にため息をついた。


(……これは絶対、何か起こる)


静かな午前は、こうして終わりを告げた。

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