“17話 雪の庭”という名前が残る
“17話 雪の庭”という名前が残る
その日の夕方、喫茶店「雪の庭」は、いつもより少し早く静まり返った。
白い扉は閉ざされ、看板は裏返されている。
通りを行く人々は、それを見て足を止める者もいれば、最初から期待せず通り過ぎる者もいた。
「……もう閉まってるか」 「まあ、雪の庭だしな」
そんな言葉が、特別な感情もなく交わされる。
だが、不思議なことに――
誰も不満そうな顔はしていなかった。
むしろ、その日のうちに店を訪れた者たちは、別の話題で盛り上がっている。
「あのプリン、また食べたいな」
「緑茶と小豆の組み合わせ、反則だろ」
「次は、開いてる日に当たるといいな」
開いていなかった事実よりも、
“開いていた時間の記憶”のほうが、強く残っている。
それが、喫茶店「雪の庭」の奇妙なところだった。
翌日。
王都ラダニアンのあちこちで、ぽつぽつと同じ名前が口にされる。
「気まぐれで開く喫茶店があるらしい」
「店主がほとんど動かないんだとか」
「でも、味は本物だって」
噂は、正確ではない。
話す人ごとに、少しずつ形を変える。
だが共通しているのは、
否定ではなく、興味で語られているという点だった。
「行けたら、運がいい」 「開いてたら、入ってみたい」
期待値が低いからこそ、満足度が高い。
そんな理屈を、誰も意識していない。
喫茶店「雪の庭」は、
いつの間にか――“狙って行く店”ではなく、
“出会えたら嬉しい店”として認識され始めていた。
その頃、店の奥では。
忍と弥生が片付けを終え、静かに灯りを落としていた。
雪乃はいつも通り、紅茶を飲みながら満足そうにしている。
だが、その様子を、街の人々は知らない。
彼らが知っているのは、ただひとつ。
気まぐれで、短くて、忘れられない喫茶店があるということだけだ。
こうして喫茶店「雪の庭」は、
“趣味でやっている店主の気まぐれ営業”という謎の魅力で、
日に日に話題になっていくのであった。




