表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/17

16話そして、突然の閉店宣言

16話そして、突然の閉店宣言


 店内の空気が、少しだけ緩んできた頃だった。


 喫茶店「雪の庭」は、相変わらず穏やかなざわめきに包まれている。

 甘味を味わう客の表情は柔らかく、会話も静かだ。忍と弥生は忙しく動いているものの、慌ただしさは感じられなかった。


 忍は、ようやく一息つけるタイミングを見つけ、カウンターの方を振り返る。


 そこには――変わらぬ光景があった。


 雪乃は、椅子に腰掛けたまま、紅茶を手にしている。

 その姿は、まるで最初から最後まで観客でいるつもりのようだった。


(……本当に、動かない)


 忍が内心でそう呟いた、その瞬間。


 雪乃が、ふいに立ち上がった。


「……そろそろ、閉店しようかしら」


 あまりにも自然な声だった。


 一瞬、忍は言葉の意味を理解できなかった。

 次いで、その言葉が店内に染み込む。


「……え?」


「は?」


 客席から、小さなどよめきが上がる。


 最初に声を荒げたのは、常連になりつつある衛兵のレオンだった。


「おい、雪乃。

 俺、まだ食べてるんだが」


「ええ、知ってるわ」


 雪乃は、にこやかに答える。


「でも、もう疲れたの」


 忍は、思わず声を上げた。


「お嬢様!?

 まだ営業中です!」


「そうね」


 雪乃は頷いた。


「でも、閉めるのも私の自由でしょう?」


 店内に、微妙な沈黙が落ちた。


「……今日、まだ二時間ちょっとしか経ってませんよ」


 忍が必死に食い下がる。


「看板には“三時間”って……」


「よく読んで」


 雪乃は、穏やかに言った。


「“疲れたら、三時間前に閉まることがあります”って、書いてあるでしょう?」


 忍は、ぐっと言葉に詰まった。


(……書いてある……)


 客たちも、それを思い出したように視線を泳がせる。


「そんな……」 「いや、確かに……」


 レオンが立ち上がり、抗議する。


「理屈としてはわかるがな!  普通、今閉めるか!?」


 雪乃は、少しだけ首を傾げた。


「長く居座るのは、あまり上品じゃないわ」


「……今、それ言う!?」


 忍は頭を抱えそうになった。


 だが、雪乃はまったく気にしていない。


「今日は、ここまで」


 そう言って、扉の方を見る。


「また来てね。

 開いてたら、だけど」


 その一言で、決定だった。


 忍と弥生は、互いに目を合わせ、覚悟を決めたように動き出す。


「……申し訳ありません。

 本日は、ここまでとなります」


 忍の声には、慣れと諦めが混じっていた。


 客たちは、ぶつぶつ言いながらも立ち上がる。


「まあ……雪の庭だしな」 「仕方ないか……」


 誰も、本気で怒ってはいなかった。


 それが、この店の奇妙なところだった。


 最後の客が出て行き、扉が閉まる。


 店内には、急に静けさが戻った。


 忍は、深く息を吐いた。


「……お嬢様」


 雪乃は、満足そうに紅茶を飲みながら言う。


「いいタイミングだったでしょう?」


「……何を基準に?」


「私の疲労度」


 即答だった。


 忍は、何も言えなかった。


 こうして――

 喫茶店「雪の庭」は、今日も“気分次第”で幕を下ろした。


 だが、それがどんな余韻を残したのかを、

 この時点では、まだ誰も知らない。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ