12話雪の庭、今日も“気まぐれ営業中”
12話雪の庭、今日も“気まぐれ営業中”
ラルベニア王国の王都ラダニアン。
人の往来が絶えない大通りから一歩外れ、石畳の小路を奥へ進むと、喧騒は嘘のように遠のいていく。壁に囲まれたその細道の突き当たりに、ひっそりと一軒の喫茶店が佇んでいた。
店の名は「雪の庭」。
白く塗られた扉は派手さこそないが、丁寧に手入れされ、年月を感じさせない。小さな窓からは、日によってバターや焼き菓子、茶葉の柔らかな香りが漏れ、通りすがる者の足を自然と止めさせる。外観は控えめながらも上品で、王都のどこに出しても見劣りしない出来栄えだった。
だが、その扉に掛けられた一枚の看板が、訪れる者の足を完全に止める。
> 営業時間:気が向いたら開店
閉店時間:開店後3時間
(※疲れたら3時間前に閉まることがあります)
初めてこの文字を目にした者の反応は、ほぼ例外なく同じだ。
「……いや、営業する気あるのか?」
文字の一つひとつは丁寧で、ふざけた書体でもない。冗談とも皮肉とも取れる内容なのに、書いた本人は至って真面目なのだろうと、不思議な説得力すらあった。
そして今日もまた、その看板は扉に掛けられたまま、店内からの返答はない。
朝の光が石畳に差し込み、昼に近づいても、白い扉はぴくりとも動かない。
人々は扉の前で立ち止まり、首を傾げ、やがて諦めたように肩をすくめて立ち去っていく。
理由は単純だった。
店主が、寝ているからである。
「雪の庭」の店主・雪乃は、王都でもひそかに話題の人物だ。
上質な内装、独特な感性の甘味、そして何より、この奇妙すぎる営業方針。そのすべてが彼女の趣味であり、彼女の気分で決まっている。
店の奥では、朝の静けさを満喫するかのように、今日も店主は夢の中にいた。
外でどれほど客が足を止めようと、扉が叩かれようと、その事実が雪乃の眠りを妨げることはない。
王都ラダニアンは今日も賑やかだ。
商人は声を張り上げ、衛兵は巡回し、人々は忙しなく行き交っている。
だが、「雪の庭」だけは別世界だった。
ここでは、時間は時計ではなく、店主の気分で流れている。
開店するかどうかは、朝の天気でも、曜日でも、客足でもない。ただひとつ――雪乃が目を覚ますかどうか、それだけが基準だった。
そんな理不尽さにもかかわらず、この店を訪れようとする者は後を絶たない。
それは、ここが“普通の喫茶店”ではないことを、誰もが直感的に理解しているからだ。
今日も扉は閉じている。
看板は、変わらずそこに掛かっている。
――「雪の庭」は、今日も気まぐれ営業中である。




