7.今を見つめて
日が暮れた。
街の一角には大量に薪や枯れ葉が集められ、『罪人』を縛り付ける為の柱が設置されている。見物の客も集まってきた。ちらほらと知った顔が見える。ぼくは檻の中で歯を食いしばった。
「もう行って」
メルが肩に乗っている小鳥に言う。蚊の鳴くような声だった。小鳥はくちばしで彼女の頬にキスすると、言葉に従い寂しそうに夜の森へと飛び去っていく。
と、男が檻を開けた。メルがぼくを見る。何も言えない。
「来い」
「……っ」
乱暴に連れられていくメル。
「お願いだから、あの人は殺さないで!」
「何言ってやがる。魔女を匿ってたんだから有罪に決まってるだろ」
「おねがい……っ」
ぼくは耐えられず檻を掴んで揺すった。
「メル!」
必死に叫ぶと彼女が振り返る。けれど距離は開いていく。ざらついた冷たい檻の感触が、ねじこまれた鋭い棒の痛みが、その時の世界だった。
許せない。何もかもが、許せない……。
守ってあげるって言ったのに。助けるって言ったのに。きみに余計に背負わせただけ……。ぼくは一体何が出来た? この人生で、ぼくは一体何が出来た? 絵も恋も、何もかもが中途半端で、ぼくは一体何を得ることが出来たんだろう?
こうなることが分かっていたら、メルを連れてさっさと別の場所に逃げたのに。リィスにも、もっとちゃんと別れを言ったのに。
真っ暗闇の中、メルの白い服が風になびく。ありもしない、メルの罪状が読み上げられている。檻の中で、次は自分なんだと唇を噛み締めるぼくはメルのことを見ていられなくて目を逸らした。
「――来い」
僕が入れられている檻の扉が開かれた。
嫌だ、と思っても抗う術はなかった。
炎が躍り、それは地面も、空さえも赤く照らしている気がする。その光がぼくの肌まで赤くした。
熱い。苦しい。逃げたい。嫌だ。死にたくない。
メル……ごめん。みんな、ごめん……。みんな……リィス……せめてきみは、きみ達だけは、幸せでいて。奪われないで……。
ぼたぼたとこぼれる涙はどこかへと消えていく。
硬い柱に縛り付けられた胴が苦しい。もう、すぐにでも死んでしまいそうだ。……嫌だ、死にたくない。死にたくない。ぼくはまだ、まだ――
「――ちょっと!」
「っ……⁉︎」
誰かの声に飛び起きた。
夏の太陽が、パラソルから出た両足に降り注いでいた。クローバー畑にピクニックシートを敷いて、その上で眠っていたらしい。急いで足を引っ込めて寝汗を拭う。まだ、動悸と共に僅かな熱が残っている気がした。
「ねえ、大丈夫? 息まで切らして……」
左からの心配そうな声に顔を向けると、そこには色素の薄い髪をした女性が座っていた。
「え……リィス?」
「りい『す』? 何言ってるの? 私は梨衣よ」
「え? あ、あぁ、梨衣……」
落ち着いて見れば、彼女は金の髪ではない。茶が光に透けてそう見えていただけだった。目の前にいる、リィスにそっくりな彼女は僕の妻だった。
段々現実へと感覚が戻ってきて、自分の声が『これ』だったことも思い出す。
「あぁ、そうか、夢か。……夢か」
「本当に大丈夫? すごくうなされてたから起こしたんだけど」
「うん、ありがとう。起こしてくれてよかった」
彼女が起こしてくれなかったら、僕は自分の死の瞬間まで見ることになっていたかもしれない。あの炎の中を思い出してゾッとした。
「最近頑張ってるけど、無理しないでね。私はあなたが楽しく絵を描いてる姿が好きなんだから」
「……うん、ありがとう。いつも本当に」
彼女は、不器用な僕の足りないところを補ってくれるような存在だ。いつも隣で支えてくれて、それが精神面でも肉体面でもとても助かっている。
僕達の左手にはお揃いの結婚指輪がしてあって、僕の右手にはペンだこがある。梨衣から再び目線を右に流し、クローバー畑の先に真っ直ぐ目をやると、建物に大きく『個展』の文字が見える。僕の三回目の個展だ。よくここまで来たものだとしみじみしていると
「見て!」
「ぅわっ⁉︎」
不意に後ろから駆けてきた小さな足音が、僕の背中に激突して止まった。子どもの体温だ。じんわりと熱が広がって、僕は後ろを振り返る。赤っぽい髪の小さな女の子が、手に何か持っていた。
「痛いよー。何? 芽瑠」
「四つ葉のクローバー見つけたの。お父さんとお母さんにあげる!」
そう言うと、彼女はそれぞれの手の平にひとつずつ置いてくれた。
「ふたつも見つけたんだ。すごいね、ありがとう」
芽瑠の頭を撫でると、彼女は自慢げに笑った。
「雀さんがね、教えてくれたんだよ!」
「そうなの、芽瑠はすごいわねえ」
梨衣にも褒められた芽瑠は、ふふん、と鼻を鳴らして得意げな顔をする。彼女達の髪の毛がゆらゆらと風に揺れた。
「……」
僕は再び前を向く。見えるのは『個展』の文字。夢で、『ぼく』が叶えたかったこと。僕はもう一度彼女達をしっかりと見つめた。芽瑠と梨衣。見れば見る程夢の中で大切だった彼女達に似ている、僕の家族。
……きっとあの夢の『ぼく』は、過去の自分だ。だって、僕は知っていたから。夢の中の感覚も、感情も、全部。
思い出した。僕はあそこで生きていた。生きていたんだ。
そして彼女達は、絵は、僕の未練だった……。
僕は今日まで、人一倍苦労して生きてきた訳ではない。でも人一倍楽して生きてきた訳でもない。平均的に頑張って、平均的に楽をして、そうして色々経験して……そこそこいい人生だと思ってきた。でも
「芽瑠、梨衣」
「なにー?」
「ん?」
夏日よりも眩しく感じる二人の笑顔が、すぐ近くにある。
あの時、ぼくは世界を憎んだ。自分の無力さに絶望した。命を失ってしまったメルを思って、リィスや村人達の幸せを願って、荒波に揉まれた自分の人生に別れを告げた。
けれど今は、大切な彼女達が家族として側にいてくれて。
「ありがとう。生きててくれて。僕と人生を歩んでくれてありがとう。これからも一緒にいてほしい。それから、ちゃんと最期まで幸せに暮らそう」
途中からゆらゆらと揺れ、滲み始めた視界で二人は顔を見合わせて。
「うん! 芽瑠、お父さんのこともお母さんのことも、だーいすき! だから最後まで幸せだよ! あと芽瑠も、『いつもありがとう』!」
芽瑠が無邪気に笑って抱き付いてくる。彼女に手を取られた梨衣も微笑んで、僕を見つめた。
「いきなりどうしたの? って言おうと思ったけど……ちゃんと言わなきゃね。私からもありがとう。みんなで、最期まで暮らしたいね。幸せに」
「チュン!」
僕が何か言う前に、雀の声がした。それを境に、我慢出来ず涙がこぼれる。小鳥も、また今世では姿を変えて芽瑠の近くにいるのかもしれない。
喉は絞まるし涙はあふれるしで、年甲斐もなく二人に抱き付いてわんわん泣く僕を、二人はただ抱き返してくれる。それが本当に温かくて。普段ならかっこ悪いしと声を上げて泣いたりしないけど、今日くらいは……。
「ありがとう。っありがとう。大好きだ」
きっと、どれだけ感謝しても足りることはないと思う。だけど、想う。二人に、思い出せたことに、夢を叶えた自分に、また巡り会えたことに、ありがとうと。僕は死ぬまで……いや、死んだ後もこの気持ちを忘れずにいたい。
「もう、いつまで泣いてるのよ」
「泣かないで〜っ」
「ごめん、後でちゃんと話すから。だから今はもうちょっとだけ、泣かせてほしい」
僕は釣られて泣き出してしまった二人のことを大切に、大切に抱きしめた。
*
【レクイエム】
――いつかのぼくへ。
きみはよくやった。よく頑張ったよ。本当に、よく頑張った。きみのことを尊敬してる。
ありがとう、そしておつかれさま。
僕は今、幸せです。
最後まで読んでくださりありがとうございました。
この話は結構夢ベースで、思うところもあったので身近に感じています。(いつか別の小説の後書き又は裏話で触れるかもしれません)
楽しんでいただけたのなら嬉しいです。
裏話やボツへはこちらから飛べます。
『5.恐ろしき――』までのネタバレがありますのでご注意ください。
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=27102442




