3.お菓子と友達
少女はメルと言った。彼女にお茶を出してもらって、キッチンすぐ横の可愛らしい木のテーブルと椅子のセットに腰掛ける。メルは丸太そのままのような椅子をリビングから引っ張ってきて、ぼくに背もたれの椅子を譲ってくれた。
「あなた画家やってるんだ」
「そう。売れては……ないんだけど」
もう少しお金があれば、人気があれば、具の入ったパンやスープが食べられるんだろうし、パンプキンパイだって買えるんだろう。ぼくは苦笑する。と、メルは
「じゃあこの絵、わたしに売ってちょうだいっ」
絵を抱えて身を乗り出した。
いきなり、それも思いもよらない相手にぼくはまごつく。メルはお茶を準備している間、近くにいるリスと小声で話していた。巷で噂の『魔女』という単語が脳裏をよぎる。ただ、絵を買ってくれるらしいのは嬉しくて。
「え、えっと、いいけど……きみ、お金持ってる?」
「……これじゃ、だめ?」
少しの沈黙があり泣きそうな顔をしてメルが差し出してきたのは、ヘーゼルナッツ。そして……棚の中からテーブルへ
「紅茶と、クッキーと、あとキッシュもあるし、それからマドレーヌとさっき焼いたパンケーキと……」
出てくる出てくる。テーブルの上はぎゅうぎゅうだ。
「ちょ、ちょっと待って、もういいよ。これだけ貰えるなら大丈夫。ありがとう」
「……そう?」
こぼれ落ちそうな料理にぼくは少し怯んでしまった。
かなり甘いものが多い。彼女は結構裕福なのかな。家も綺麗で、床はつるつるに磨かれているし、家具もオシャレでしっかりしたものに見える。……お嬢様だったりするのかな。動物に話しかける少し変わったお嬢様……。ここは別荘とか? にしては使用人がいないけど。
色々考えながらも、今一度メルを見てみた。きょとん、と幼さのある顔でこちらを見つめていて、立ち振る舞いなどからもリィスのようなお嬢様さは感じない。どうしてこんなところに住んで……なんて考えようとしたけど、やめた。別にこっちを害してくるような素振りはないし、それより今は――選り取り見取りの食べ物に目を向ける。
「今食べていい?」
「もちろんっ」
走ったせいもあって、お腹が空いていた。それに温かい飲み物、ぼくの顔と同じくらいのキッシュ……。久しぶりのご馳走だ。ぼくは感謝してそれにかぶりついた。
……けど、毎日少ししか食べていなかったから胃袋が小さくなっていて全部食べ切れなかった。
「ありがとう、お腹いっぱいになっちゃった。美味しかったよ。……残ったの、持って帰っていい?」
「勿論よ。だってあなたにあげたお代だもん。当たり前でしょ?」
「そういえば、そうか……」
メルは、ふふふと笑う。
「ねえ、またわたしに絵を売ってくれない?」
「いいけど、どんな絵がいい? リクエストがあったら応えるよ」
「じゃあ……お花の絵!」
「分かった」
メルはこの家からも分かる通り、可愛らしいものが好きみたいだ。となると、上品な花よりは可愛い花の方が気に入ってもらえそうだ。
ぼくが絵の構想を練っていると
「ねえ、あなたはどんなお菓子やお料理が好き?」
メルが聞いてきた。
「わたし、次のお代になりそうなケーキなんかを考えてみたんだけど、何が好きか分からないから」
「それなら……パンプキンパイっていうのはお願いできる?」
あの村の名産だ。昔、リィスやみんなと毎年のように食べた。
「出来るよ! パイは得意なの。好きなの? パイ」
「うん。特にパンプキンパイは思い出の味なんだ」
「そうなのね。……あなたには、家族や友達っている?」
「いないよ。仕事仲間はいるけど、友達ではないし」
僕は仕事先の、ただでさえ油くさいのに一段とギトギトした顔のおじさんを思い出してしまって、ぶるるっと顔を振る。
「それにぼくは孤児だったから、家族とかそういうのはあんまりよく分からないんだ。よくしてくれた人はたくさんいたけど、この街に出てくる時に別れちゃって」
「そう、なの」
それに彼女は少し寂しそうな顔をした。近くにいたリスが心配そうにメルを見上げる。
「メルは、友達いる? 家族とか」
「わたしは人間の友達はいないわ。動物さんならいっぱいいるけど」
彼女は家族の方には触れず後ろを振り返る。相変わらず家具や床の上を走り回るリスやウサギ、小鳥がたくさん。彼らはメルに友達と言われて嬉しいのか、ぴょんぴょんと跳ねたり歌を歌ったりした。そして一羽の小鳥がやってきて、メルの肩に止まると頭を頬に寄せる。ふわっとした毛が当たって気持ちよさそうだ。
「可愛いね」
「うん、可愛いの。それにこの子は昔から一緒なんだ」
ぼくの言葉に、メルが再び笑顔になる。彼女にとって彼らはとても大切みたいだ。
「ねえ、気になったんだけど……メルって動物と話が出来るの?」
「えっ? えっと……何だか分かる気がするだけ。それだけだけど……ね?」
一瞬ぎくりと動きが硬くなったけれど、メルは肩の小鳥に手を伸ばし微笑む。と、小鳥は手に飛び移った。嬉しそうに撫でられている。
「そういえば、この子達ぼくの家に来ては木の実とかをくれてたんだけど、それって友達になる為のプレゼントみたいなものだったの?」
それを聞いてメルは少し申し訳なさそうに笑った。
「餌付けしてたのかも」
「餌付け⁉︎ 動物が、人間を……」
「わたし、人間の友達がほしかったの。だから多分みんなが、友達になれそうな人を連れてきてくれたのよ」
小鳥は元気に「チュン!」と鳴く。
「餌付けしやすい人を選んだだけじゃ……」
「そうかな?」
メルはきょとんと首を傾げる。動物達も同じようにきょとんとして、けれど楽しそうにしている。多少複雑ではあるものの、動物達に悪気はない。
「まあ、いいや。ご飯食べさせてもらってたし。ありがとね」
「ありがとうだって」
それを聞いた動物達は嬉しそうに跳ね、小鳥はぼくの周りを旋回した。まるで絵本の中だ。ぼくは魔女がどうの、なんてどうでもよくなってしまった。
「メル、ぼく達友達にならない?」
「本当⁉︎ いいの?」
ぼくが差し出した手に触れるのを戸惑いながらも、彼女は期待に満ちた目でそう言う。
「もちろん」
「ありがとう!」
彼女が満面の笑みで言うので、ぼくも嬉しくなって頬が緩んだ。




