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パンプキンパイ  作者: いとい・ひだまり


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1.いつかの

 今日が終わっちゃうのが寂しくて、机の上の古いライトの下で照らされる絵を見つめる。

 オレンジのライトが少し反射しているそれは、まだ描きかけ。小麦畑と荷馬車、そしてお屋敷が一つと小さな家が点在している懐かしいぼくの故郷。キャンバスの中で一際目立つ場所に描いたのは、金の髪と青い目の少女。彼女の名前はリィス。裾に少しだけ青が入った白いワンピースをよく着ていた。ぼくの好きだった……いや、今も好きな人。この絵は売る為ではなくて自分の為だけに描いた。忘れたくなくて。

「……元気かな」

 不意にこぼれたその言葉は、ぼくに少しだけ後悔という文字を浮かび上がらせた。絵を描いて街でやっていきたくてぼくはあの村を出た。孤児だったぼくを育ててくれた、いつも温かかったあの村を。


 リィスはお嬢様だった。あの小さな村を治めていた屋敷のお嬢様。ぼくなんかが結ばれていい相手じゃないことはよく分かっていたけど、好きだった。彼女が笑う度に胸がどきどきした。目が合うだけで嬉しかった。

 親の顔も知らないで、どこから流れてきたのかも分からないで、村の端の掘っ建て小屋に隠れ住んでいたぼくを初めに見つけたのは彼女だ。リィスは一瞬驚いた顔をしたけれど、すぐに微笑んで「もう大丈夫」だと言ってくれた。

 彼女のお陰か、元々の彼女の父の性格か、ぼくは随分とお屋敷にお世話になった。冬の落ち込む時だってぼくのことを気にかけてくれて、逆に心配になるくらいに穀物やカボチャを分けてくれた。村のみんなも、ぼくに仕事の手伝いをさせてくれて、そのお礼として食料を分けてくれていた。

 ぼくが村を出る時だって村長は色々くれて……。流石に持ちきれなかったから持てる分だけを貰って、村の人が「乗ってけ」っていうから丁度出るところだった荷馬車の荷台に乗せてもらったんだ。落葉の始まった季節の早朝で、まだ暗い中だった。

 その前日、リィスに屋敷に呼ばれて本当に行ってしまうのか聞かれたのを思い出す。彼女の姿を綺麗に反射する磨かれた広間と、日が入って煌めいていた彼女の背。でもリィスはあの言葉の後特に何も言わなくて。俯いた顔は髪に隠れて見えなかった。ただ、旅立つ直前にリィスが名産のパンプキンパイを持ってきてくれたんだ。ぼくはそれがとても嬉しくて「大切に食べる」と言ったら「カビが生えない内にね」と笑われたのを思い出す。

 寂しそうにも見えたけれど笑顔で送り出してくれたリィスや村のみんな。ずっと覚えていると思っていたけど、忘れるのが怖くなってこれを描き始めた。

「っくしゅん!」

 ……最近寒いな。北部はもう紅葉しているかもしれない。

 見つめるキャンバスの中は今ぼくがいるこの街と同じで、まだ紅葉のしていない頃。

「……青がなぁ」

 描きかけのリィスのワンピースにそっと手を這わす。一度は綺麗な真っ青な絵の具を買って使ってみたいけど、青色は高い。いつも通り絵の具を混ぜて何とかするしかない。

 流れで、キャンバスを置いている机にも目をやる。ぼこぼこだ。傷だらけだし板は薄いし、そもそもこの家だってログハウスとは言えない中途半端な木板で出来ていて隙間風だらけ。机の前の大きな窓からは街がよく見えて綺麗だけど、冬は欠点になる。街にあまり近くないし森の(きわ)で安かったから選んだけど、家具はないし、固いベッドに薄い布団で寝ては持っている数着の服を着回す毎日。……まあ、それはあの村でもあんまり変わらなかったけど、藁だけは沢山あったからふかふかしてて多少は暖かかった。

 絵だけで生きていくにはまだ遠いな。みんな忙しくてあまり目を向けてくれない。


 あの村ではぼくは恵まれていた。助けてくれる人がいた。ひもじい思いをしなかった。都市部に越してきてからは正反対だ。

 何とか街で見つけた工場の仕事では、ぼくはいつも小太りの中年男にこき使われて文句を言われてばかり。仕事着にしたシャツとズボンはとっくに金属粉や油、煤に塗れて落ちない汚れだらけ。ゴミ捨て場になっている裏口の横でネズミと一緒に昼食を摂ってはまた仕事。日が暮れて家に帰って、ちまちま絵を描いては道端で売って。そんな日々の繰り返しだ。

 あの日リィスがくれたパンプキンパイ……そんな豪華なものをまた食べられる日は来るだろうか、なんて最近ずっと思っている。ただでさえ少ない給料で買ったぼくの今日の夜ご飯は、とっくに胃の中で消化されてしまった。またお腹が空いてきたけど明日も仕事だ。

 ぼくは道具を片付けて明かりを消すと、固いベッドに寝転がる。


 あの村を旅立ってから約一年。人の温かみとは何か忘れそうになりながらも、ぼくは毎日を生きている。

 リィスと結ばれないことが分かっているから、踏ん切りをつける為に上京したのか……どうだろう。半分そうかな。でももう半分は違う。ぼくは絵が描きたいんだ。

 いつかのことを忘れずに、思い出す為の鍵になってくれる。知らない場所へ行くことが出来る。人を幸せにしてくれる。絵にはそんな魔法のような力がある。だから好きだ。

 「そんな生活じゃいつか死んじまうよ」って、誰かは言うかもしれない。でも、命はいつか終わる。だからこそ、ぼくはこの限られた時間で自分に嘘を吐かずに生きたいんだ。リィスのことは諦めたけど、だから尚更、絵は諦めたくない。

 絵が描きたい。それが今のぼくの全てだ。

 ライトのオイルがなくなったら、街明かりを頼りに線を引けばいい。幸い、広い窓からは街の光がよく入る。多少寒くたって構わない。薄い布の中で震えて眠っても、明日の夜がやってくるなら、ぼくはまた絵を描けるから。







この回の仕事場裏のイメージイラストはこちらから見れます。

https://cdn-image.alphapolis.co.jp/story_image/947778/5b94461c-50ab-48aa-b7d5-c218bd595b84.png

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