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ウィンド・マスターズ 異色の風使いたち  作者: 駿河晴星
第三章 風人たちの学園

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第三章 風人たちの学園(一)

 村が炎に包まれてから一週間が経った。両親や大桜の精霊たちと別れを済ませた咲羅は、昨晩、風人の隠れ里がある風原かざはらに到着した。見知らぬ土地での暮らしに涙が滲みそうになったが、疲れ果てた体は正門近くの来客用プレハブ小屋に案内されるなり、深い眠りに落ちていった。


 目が覚めた時、咲羅は自分がコートを羽織ったまま横になっていることに気がついた。久しぶりにすっきりと目覚められた気がする。この一週間うまく寝付けず、朝は重たい頭を抱えていたのに、今朝は違った。


 シャワーを浴び、身支度を整えていると、玄関扉がけたたましく叩かれた。


「おはよー!」


 明るい声が扉の向こう側で響いた。開けてみると、同い年くらいの二人の女の子が立っていた。シャギーカットにした濃紺色の髪を持つ女の子が、橙色のどんぐり目を輝かせて握手を求めてくる。


「私、春日かすが夕希ゆうき!」


 がっちりと掴まれ上下に揺さぶられる右手に戸惑いながらも、咲羅は挨拶を返した。


 満足げに笑った夕希は、咲羅の手を握ったまま隣の女の子に顔を向ける。


「こっちが後藤ごとう舞弥まや


「ごめんなさい、突然」


 舞弥と紹介された少女は、桃色の少し垂れた目を細めた。ハイテンションな夕希と比較すると、落ち着いた子だと思った。


「ほら、夕希が大声を上げるから、戸惑っているではありませんか」


「えー、別に大きくねえよ。普通だって」


「まあ、自分で分からないなんて、相変わらずおバカさんですわね」


 舞弥は緩くカールした桃色の髪をいじりながら言った。かわいらしい顔立ちをしているが、その口から発せられる言葉には毒が混じっているようだ。


「なんで大きな声を出したらバカなんだよ!」


「そうやって声量を調整できないからですわ」


「調整くらいあたしにだってできるわ!」


「客観視ができないなんて、きっとおつむが足りていないのですわね」


「なんだと!」


 小鼻を膨らませた夕希の体の周りに、黄色い気が漂いはじめる。風牙や沙智が出していたもやに似たそれを、風人たちは《気》と呼ぶらしい。咲羅は初めて見る気の色に、思わず身構えた。


 次の瞬間――。


「いたっ!」


 咲羅の手に電気が走った。


「あ、わるい!」


 夕希は慌てて手を放す。


「ちょっと、気をつけなさいませ」


「ごめんなあ」


 咲羅は自分の腕をさすりながら、首を横に振った。


「大丈夫」


 声は上げたものの、痛みとしては冬にドアノブを触った時の静電気くらいだった。


「そうか!」


 ぱっと表情を明るくする夕希。しかし、そんな彼女の頭を舞弥が叩いた。


「もう少し反省しなさいませ。感情に任せて気を放出させてはいけないと何度言ったらわかりますの」


「せんせーみたいなこと言うなよ」


「そんな調子じゃ、高等部に行っても落ちこぼれですわよ」


「えー? 大丈夫だろ。なんせ高校生だぜ。大人じゃん! なんでもできる気がするな」


 ひまわりみたいな晴々とした夕希の笑顔を見て、舞弥は肩をすくめた。


「まったく。呆れた楽天家ですわね」





 正門近くの小屋から出発し、すでに二時間は歩きつづけていた。


 だから、


「これで半分だな!」


 という夕希の言葉を聞いた咲羅は、思わず足を止めた。


「冗談、だよね……?」


「本当だぞ? いま歩いてきたのは学園の南エリアだからな。まだ北エリアがまるっと残ってるぞ!」


 平安京とほぼ同じ大きさ、という舞弥の言葉を思い出した。南北五キロメートル、東西四キロメートル。五田村全体がすっぽりと収まってしまうほどの広さだ。最初は大げさに言っているのだと思っていたが、これだけ歩いても終わらない様子を見ていると、舞弥の説明は正確だったのだろう。


 学園は周囲を高い塀に囲まれていた。東西南北それぞれに門が設けられ、門と門を幅八メートルのレンガ敷の道が繋ぐ。その大通りと建物の周辺以外はすべて森が広がっているそうだ。図書館や競技場を含め、五つの施設しか見ていないというのに、咲羅は両脚がずしりと重くなってきていた。額には薄く汗が浮かんでいる。これ以上歩くのは正直きつい。


 咲羅の疲労に気づいたのか、舞弥が提案した。


「北東のエリアは初等部や中等部のものですから除外して、あとは北西にある学生寮と大学部のエリアだけ見ておきましょう。大学部まではあれがありますし」


「あ、あれな!」


 舞弥の言葉に、夕希は意味ありげな笑みを浮かべた。


「あれって?」


「見たらわかるって」


 高等部の校舎を一通り見終えた三人は、東西に抜ける大通りまで出た。


 大通り沿いには、公孫樹いちょうと楓が交互に植樹されている。公孫樹はまだ冬芽のままだが、楓はすでに新芽を出し、くすんだ紅色の蕾を垂らしていた。


 秋の美しい光景を想像した咲羅の心は和んだ。自然豊かな景色は、故郷の山々を彷彿とさせるものだった。温かな懐かしさの中に、わずかばかりの寂しさが入り混じっていた。


「正門からの道は百日紅さるすべりとか木槿むくげだったよね。道によって違うの?」


 舞弥が目を輝かせた。


「まあ、咲羅は花木に詳しいのですわね! おっしゃるとおり、道によって季節ごとの木を植えていますの。正門から学園の中心まで伸びる道には夏に花咲く木を。西門から伸びるこの道は秋に色づく木ですわ」


「ということは、北門からの道は冬で、東門からの道は春?」


「そのとおりですわ!」


 舞弥は手を叩き、顔を綻ばせた。その笑顔には、思わず守ってあげたくなるような魅力があった。彼女の持つ桃色が余計にそう思わせるのかもしれない。


「入学式のころには春の道の桜が満開でしょうから、いっしょに見にいきましょうね」


「うん」


 舞弥と咲羅が微笑み合っていると、夕希が割り込んでくる。


「おい! なにわけわかんない話をしてんだよ!」


「もう! めずらしく風流な会話ができたと思いましたのに、夕希のせいで台無しですわ」


「あたしを除け者にするからだろ!」


 また夕希と舞弥の言い争いがはじまる。これが二人のコミュニケーションだと理解していても、慣れていない咲羅は顔を強張らせた。


「あの、夕希もいっしょにお花見行こうね」


 咲羅が遠慮がちにそう言うと、夕希はころっと機嫌を直し、二本東側に立つ公孫樹の木を指差した。


「咲羅。あれが『あれ』だぞ」


 夕希が指差した木の下には、シングルベッドほどの大きさの白い物体が置かれていた。それは雲の形をしており、膝丈ほどの厚みがある。


 近づいてみると、表面に綿布が張られていることがわかった。やわらかいソファのようである。


「ここで休むの?」


「違うぞ? 休むんじゃなくて、飛ぶんだ」


「……飛ぶ?」


 咲羅は首を傾げた。先ほどまでの夕希のはしゃいだ様子を思い出す。この白い物体が、あの意味ありげな笑みの正体なのだろうか。


「試した方が早いですわ」


 夕希と舞弥の後に続き、咲羅は雲の上に乗った。やわらかいけれど張りがある。小学生のときに一度だけ座ったことのある校長室のソファを思い出した。


「乗ったか? じゃあ、いくぞ!」


 夕希の体から緑色の気が放たれる。その瞬間、咲羅たちが乗った雲が、公孫樹のてっぺんまで浮かび上がった。


「うわあっ!」


 どこにも掴まっていなかった咲羅はバランスを崩す。体が大きく傾く。はるか下にレンガ道が見える。一瞬意識が飛びそうになった咲羅だったが、雲の外に放り出されることはなかった。透明な壁のようなものに体を支えられたからだ。


 舞弥が叫ぶ。


「ちょっと! 私の《結界》が間に合わなければ、咲羅は地上に真っ逆さまでしたわよ!」


「ご、ごめん咲羅」


 咲羅の心臓は全力疾走をした時以上に高鳴りつづけている。夕希からの謝罪の言葉を聞いても、咲羅の恐怖心と怒りは収まるはずもなかった。静電気の時とは違い、今回は簡単に許せることではない。


「……気をつけてね」


 咲羅は自分の声の冷たさに気がついた。


 夕希は何度も頭を縦に振った。肩を落として萎縮する彼女に代わり、舞弥が雲を動かしはじめた。


「これは風舞雲かぜまいぐもと言いますの。風の才を使うことで、あらかじめ指定された目的地まで飛んでいってくれる優れものですわ。大学部の校舎はさまざまな授業が行われていますから、移動時間短縮のために用意されていますの。《浮遊》を習得した人には必要ありませんけどね」


 森の上を抜け、雲は大学部のエリアに着陸した。


 大学部には、四つの校舎とカフェテリア専用の建物があった。レンガ道がアルファベットのH型に敷かれ、四つの校舎がHの縦線の両端に立っていた。カフェテリアはHの横線の上に位置している。


 春休みでひとけのなかった南エリアとは違い、大学部エリアでは多くの風人たちが行き交っていた。色彩豊かな彼らの髪と目に、咲羅は目を見開いた。


 咲羅はさらに周囲を見回した。誰も咲羅に特別な注意を払っていなかった。何かの拍子に視界に入っても、一切反応せず、自分たちの用事を続けている。


 長年|《黒》に混じって暮らしてきた咲羅にとって、それは衝撃的なことであった。


 風牙に半ば脅される形で学園に来ることになった咲羅。両親に背中を押されても、どこか気が乗らないところがあった。


 しかし、今日の学園見学を通じて、自分の中で何かが変わりはじめているのを感じていた。ありのままの自分でいられる場所。咲羅の心の中で、好奇心が膨れ上がった。

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