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ウィンド・マスターズ 異色の風使いたち  作者: 駿河晴星
第二章 襲来する魔物

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第二章 襲来する魔物(一)

 星川に近づくと、畦道に避難している村人たちの姿があった。五十人ほどだろうか。みな呆然と、炎に包まれた建物を凝視している。


 息を切らした咲羅が近づくと、いちばん後ろにいた初老の女性が振り返った。トキである。


 咲羅は口を開こうとしていたが、トキの冷たい視線に言葉を詰まらせた。


「やっぱり、あんたみたいなんがおるから……」


 トキが歯を食いしばるようにして言った。


 彼女の声に反応して、他の村人も咲羅に視線を向ける。何事かと首を傾げる人がほとんどの中、咲羅を鋭く、暗い目で見つめる人が何人かいた。


 咲羅は後ずさりをした。ここを離れなければ。急いで畦道から外れ、除雪前の苗代に降りた。くるぶしまで雪に埋もれる。蹴り上げるようにして靴先に乗った雪を払った。


 十歩進んだところで、ぎゅっと雪を踏む音が咲羅の背後から聞こえた。


 振り返ると、米農家の三太郎が苗代に降りていた。その後ろから木こりの正吾と大工の建二が続く。


 三太郎と目が合う。


 咲羅と男たち、どちらからともなく走り出す。ぎゅっぎゅっ、ぎゅっぎゅっ。雪を踏みしめる音が背後から迫ってくる。逃げなければ、と思った時には既に遅かった。


 髪と上腕を掴まれ、咲羅は小さな悲鳴を上げた。涙がにじむ。尻餅をつくと、両腕を後ろに強く引っ張られた。


「離してください!」


 拘束から逃れようと身をよじるが、小柄な咲羅と大の男たち。力の差は歴然だった。


「おめえが呼んだんじゃろ」


 三太郎が荒く叫んだ。


「よんだ? なんのことですか」

「あんのバケモンどもじゃ」

「ばけもん?」

「突然降ってわいたバケモンが、わしの米蔵を壊したんじゃ」


 正吾と建二が続けた。


「火を吹くバケモンが、おれの家を焼いた!」

「おれの家もじゃ。どうしてくれる」


 両腕を引く力が強まった。


 咲羅は歯を噛みしめて痛みに耐えた。化け物という言葉に、咲羅の目は戸惑いに満ちる。なぜ自分が責められているのか、理解できなかった。


 俯くと、自身の栗色の髪が視界に入る。その異質な《色》に、咲羅は暗い気持ちになった。まさか、この《色》のせいなのか……。


「なにをしているんですか!」


 怒りに震える女性の声が響き、咲羅たちは顔を上げる。星川の方を見ると、怪我人に肩を貸しながら歩いてくる実幸の姿があった。実幸の後ろでは、ともに避難してきた村人たちが列をなしている。


「実幸さん」


 男たちの力が緩む。その隙に、咲羅は上体をぐんっと前に倒して、男たちの腕から逃れた。這うように駆け出す。雪を掴んだ手のひら、濡れたお尻や足、風を切る頬や耳――全身が冷たさに震えていた。


 背後から追いかけてくる足音は聞こえなかった。


 実幸の元に辿りついた咲羅は、母にすがりついて泣いた。


 怪我人を左腕で支えながら、実幸は咲羅の背中を右手でさする。


「これはどういうことですか」


 実幸が三太郎たちをきつく問い詰めた。


 村唯一の看護師である実幸には、村人の誰もが世話になっていた。厳しくもやさしい彼女をみな慕っており、嫌われることは避けたいと思っていた。


 だから最初、三太郎たちは口をつぐんだ。


 視線を外し、黙り込む男たちを、咲羅は鋭い目で見つめた。自分をあれだけ責めたのに、相手によって態度を変える男たちは、体が大きいだけの子どものように思えた。


 口を開いたのは、木こりの正吾だった。


「そんな子、拾わんかったらよかったんじゃ」

「なんですって?」

「なんもないところで一人ぶつぶつ喋っとる変な娘じゃ。北山の大桜。あそこでいつも喋っとるのを、おれは知っとる。きっとバケモンと話しとったんじゃ。だからわしはあん時、反対したんじゃ。村に置くべきじゃないって。嫌な予感がしたんじゃ。よそもんは悪いもんを引き寄せる!」

「咲羅があの化け物を呼んだって言いたいの? そんなわけないでしょう!」

「それしか考えられん!」

「いいかげんにしてください!」


 咲羅は手のひらを両耳に、痛いくらい強く押しつけていた。それでもふたりの声は大きくて、すべて聞こえてしまう。


 なぜ自分はこんな色を持って生まれたのか。なぜ他の人と違うのか。咲羅は固く目を瞑る。目尻から涙があふれる。


 咲羅の胸中には悲しみと同じくらい、悔しさと情けなさが入り混じっていた。誰にも咲羅の出自はわからない。もしかしたら、本当に彼らがいう化け物と繋がりがあるのかもしれない。まったく違うと言い切れないことが悔しくて、母に庇ってもらっていることが情けなかった。


 母と正吾たちの言い争う声が響く中、咲羅は実幸の背中に額を押しつけた。このまま目を閉じていれば、全てが解決しているかもしれない。


 でも、このままじゃだめだ。


 咲羅は目を開き、涙をぬぐった。そして、実幸の肩越しに星川の方へ視線を向けた。化け物とはどんなものなのか。目を動かし探すが、黒煙と炎が邪魔をし、見つけることができない。


 その時、突然辺りが薄暗くなった。雲が出てきたのか。空を見上げた咲羅は目を見開いた。


 頭上で巨大な鳥が羽をまっすぐ広げて旋回している。飛び方はトンビに似ているが、その体躯はワシやタカと言っても説明がつかないほど大きい。咲羅から一反ほど離れた距離にいる三太郎たちが、同じ鳥の影に覆われていた。


 化け物だ。


 誰も身動きひとつしなかった。逃げ出せば真っ先に狙われるという動物的直感が、全身を凍りつかせていた。そんな中、声をあげたのは子どもだった。実幸と避難してきた村人たちの中に、三歳くらいの男の子がいた。


 父親に抱っこされた男の子は、堰を切ったようにわっと泣き出した。見上げているうちに、怪鳥と目が合った気がしたのだろう。父親があやしても男の子は泣き止まない。


 怪鳥は旋回する位置を親子の真上に移した。そばにいた村人たちがじりじりと後退し、親子はぽつんと群衆から離される。


「待って!」


 懇願する父親が人の輪に戻ろうとするも、村人たちは親子が移動するたび離れていく。父親は困り顔で周囲を見回している。そうするうちに、咲羅と目が合った。


「助けて!」親子が咲羅に向かって走ってくる。


 咲羅は一瞬たじろぎ、「来ないで!」と叫びそうになった。このまま親子がこちらに向かってくれば、自分たちまで怪鳥の標的となってしまう。横では実幸が怪我人に肩を貸している。もし怪鳥が襲ってきたら、母は自分を犠牲にしてでも怪我人を庇うだろう。それだけはどうしても避けたかった。


 咲羅は掴んでいた実幸のコートを一度強く握りなおしてから離す。そして、親子がいる方へ駆け出した。母を守るため、咲羅は自らを囮に定めた。


「咲羅!」


 背後で実幸の叫び声が聞こえた。


 咲羅が近づくと、男の子の父親が再び助けを求めてきた。わたしに助けを求めたって、どうしようもないのに。咲羅の眉間に深いしわが刻まれる。咲羅は自分が無力であることを誰よりも知っていた。それでも――。


 咲羅は母の方を一瞥する。どうしても、母を守りたかった。


 大きな羽音がして強風が吹き荒れる。村人たちの悲鳴があがる。咲羅は足を踏ん張った。腕で顔を守るようにしてなんとか見上げると、怪鳥が急降下してきていた。鋭い鉤爪がこちらへ……いや、実幸の方へ向かっている!


 なんで⁉︎


 母を失うかもしれないという恐怖が咲羅の全身を貫いた。思わず腕を伸ばし叫ぶ。


「やめてっ!」


 実幸が怪我人を抱きしめ、怪鳥に背を向ける。


 母が殺されてしまう。そう思った瞬間、咲羅の体の奥底から熱いなにかが湧き出た。


『だいじょうぶだよ』


 精霊の声がした。


 続いて、ホイッスルを大音量で吹いたような怪鳥の鳴き声がした。


 咲羅は混乱しながら周囲を見回した。地上に突撃していたはずの怪鳥が、空の高い位置に戻っている。実幸も他の村人たちも無事である。ただ、実幸も含めた全員が、顔を引き攣らせていた。嫌悪というよりは、畏れを抱いているような複雑な表情をしている。


「咲羅、あんた……」


 実幸の言葉は続かない。


『さくら、もういっかい』


 戸惑う咲羅の耳に、また精霊の声が届いた。咲羅の体が緑色のもやで覆われる。払おうとするが、腕の動きにあわせて、もやがついてくる。沙智から出ていたのと同じもやが、咲羅の体から出ていた。


『さくら、かぜをだして』

「風? どうやって……」

『てをうえに、まものにむけて』


 見上げると、怪鳥が旋回していた。


 咲羅はゆっくりと両手を持ち上げ、手のひらを怪鳥に向ける。


『こっちにくるなっておもって』

『さっきとおなじきもちで』


 さっき。母を失いそうになったあの時。生まれてはじめて味わった激情。咲羅のこわばっていた心が、決意に変わっていく。また何かが、心臓のあたりから、むくむくと湧いてくるのを感じていた。体の中にとどめきれない力が、徐々に溢れ出す。


 咲羅の手のひらから放出された力は、鎌のように鋭く薄い風となって怪鳥の胸を裂いた。甲高い鳴き声があがる。傷は浅い。もう一回。精霊の声に促され、またひとつ、ふたつと風を放出する。が、同じような攻撃を繰り返すうちに、怪鳥はたやすく風を避けるようになっていた。


 琥珀色の眼が咲羅を鋭くにらんだ。


『まもるよ。かぜをひろげて』


 精霊の言っていることはわからなかったが、力を放つと自然と緑色のもやが村人たちの頭上に広がった。


 怪鳥が強く羽ばたき、ひょうのような大きな氷が降ってくる。


『ちからをだしつづけて』


 咲羅は足を踏ん張った。氷が緑色のもやに当たるたび大きな衝撃がくる。手押し相撲をしている気分だった。


 自分が後ろに倒れたら……氷がみんなに当たる。


 咲羅の全身が、かつて経験したことのない緊張感に包まれていた。雪が残る春先だというのに、びっしょりと汗をかいている。時おり頭を振り、流れる汗を払いながら、怪鳥の猛攻に耐えていた。


『がんばって、もうすこし』

「もうすこしって、どのくらい!」

『あとちょっと』


 精霊の声には緊張感が欠けていた。普段なら癒されるはずの彼らの声が、今は咲羅の神経を逆なでする。


 ぜったいに母を助けたい。そう思うのに、腕を上げていることが辛くてたまらない。腕は震え、全身は強張っていた。


「あとちょっとって――」

『あ、きた』


 村の中心部の方角から、何かが怪鳥に向かって飛んでいく。速くて、姿を捉えることはできなかった。


 集中力が切れた咲羅は、膝から崩れ落ちた。誰かに支えられる。視界の片隅に、手垢が染み付いた刀の柄あった。咲羅は疲れた目で見上げた。


「沙智?」


 咲羅の声は、怪鳥の断末魔でかき消された。


 空中で怪鳥の首が胴体から離れていた。命尽きた巨体が、重力に導かれ地面へと落下していく。


 村人たちの叫び声が上がった。怪鳥は鈍い音を立て、田んぼの上に落ちた。舞い上がった粉雪が日の光に反射し、咲羅は目を細める。


 雪が赤く染まっていた。

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