終章
朝日が寮の窓から差し込み、咲羅の顔を照らす。五田神社の奥社での戦いから数週間が経っていた。
自室を出ると、夕希が廊下を走ってきた。後ろでは舞弥がゆったりと歩いている。
「おはよう、咲羅!」
「おはようございます」
咲羅は二人に微笑みかけた。
「おはよう」
重傷を負った二人だったが、祥子さんをはじめとする治療班のおかげですっかり回復していた。一方、塵に体を乗っ取られた亮と直隆の意識はいまだ戻っていなかった。
回復したところで粛清されるのではないか、という噂が飛び交っているが、今回ばかりは風牙にその意志はないらしい。彼の監視の元、軟禁状態だという成季も含め、意識が戻り次第、事情聴取をすると言っていた。
「ついに今日だな!」
夕希は橙色の目を爛々と輝かせた。
「うん」
咲羅は言葉すくなに頷いた。今日、五田村に帰れることになっていた。帰れるといっても半日だけだが。事件の後始末をしに村へ行くという風牙が咲羅の同行を許可したのだ。今度こそ両親に会える。喜びと興奮で、昨夜はうまく寝付けなかった。
二人に見送られ、寮を出る。職員棟に向かおうと、体を九十度回転させたところで、男女の人影を見つけた。空芽と祥子だ。咲羅の心臓が大きく跳ねた。
「ちょっと、付き合ってくれる?」
二人に連れてこられた場所は風子学園の東に位置する山の中だった。見晴らしのいい開けた場所には、御影石の墓石が立ち並んでいた。その中でも一際立派な墓石には「的場持之」の名前が刻まれていた。
祥子は桔梗の花を墓前に供えた。三人は何も言わず、手を合わせる。葉擦れの音だけが響く。暑さを和らげるようなやさしい風が学園の方から吹き抜けた。
長くて短い挨拶を済ませると、空芽が深く頭を下げた。
「すまなかった」
「やめてください」
咲羅は膝を曲げ、空芽の視線に合わせようとした。
顔を上げた空芽の顔に、以前のような敵意はなかった。ただ悲しげに空色の目を揺らしていた。
「わたしこそ、二人の大事な人を……すみませんでした」
咲羅が頭を下げると、祥子からの拳骨が飛んできた。
「ちょっと、またあたしに同じことを言わせる気?」
「でも、ちゃんと謝れてなかったから」
「だから、謝る必要なんてないの。空芽は八つ当たりしたんだから、謝る義務があるけどね」
「わかってますって」
祥子からの拳骨を避けようとする空芽は、何も怖いことはない。普通の高校生だった。
五田村の奥社に到着した咲羅は驚きの声を上げた。奥社が以前と全く同じ姿で復元されていたからだ。柱の腐り具合、丹塗りの剥げ具合まで同じだった。
すっかり元通りになっている様子をみて、咲羅に疑問が湧いた。
「これ以上の後始末って、何をするんですか」
「そりゃあ」
風牙は角柱の石鳥居の方に視線を向けた。鳥居の向こうは階段になっている。じっと待っていると、黒い頭が二つ覗いた。
咲羅は思わず走り出していた。足が自分の意思より先に動き、鳥居をくぐった実幸と周助に抱きついた。待ちに待った瞬間だった。
「お父さん、お母さん!」
両親はしかと抱きしめてくれた。咲羅は二人の服を濡らしながら、震える声で言った。
「ただいま」
落ち着いてくると、風牙の粋な計らいに気づいた。後始末なんてない。ただ、咲羅を両親と会わせるためだけに、連れてきてくれたのだ。半年前、学園に来なければ両親の記憶を消すと脅した人とは思えない。
一度懐に入ってしまえば、頼もしい味方だった。
「お父さん、お母さん」
咲羅は自然と口角が上がった。
「わたし、友達ができた。信頼できる先生ができて、頼りになる師匠ができて、それから……」
その先は、恥ずかしくて口に出せなかった。さまよった視線は両親の奥にある石鳥居に行き、それから「え!」という声が出た。
沙智が石鳥居に背を預けて立っていた。
なんでいるの。そう思ったらなぜか笑えてきて、心にじんわりと熱が広がった。
「わたし、風子学園に行ってよかった。送り出してくれてありがとう」
「僕たちはここで待っているから」
「またいつでも帰ってきなさい」
涙ぐむ両親の手を咲羅は握った。
「うん。いってきます」
了
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