第十一章 敵の正体(二)
激痛に耐えながら亮は、銀色の光が広がっていく様を見た。夜空に瞬く星々のように、咲羅から発せられる光は、薄暗い牢内を明るく照らした。
仇敵の体に血色が戻っていくのがわかる。悔しさが胸を灼き、亮は奥歯を強く噛み締めた。
目の前の光景が信じられなかった。この場では才は使えないはずだ。才の源となる精霊たちがいないのだから。小さな火すら出せなかったことを、先ほど亮も確認した。そのはずなのに……なぜ咲羅は風を出せて、しかも高度な《治療》まで使える?
沙智の口から呻き声が漏れた。ついに意識を取り戻したのだ。
「沙智!」
咲羅が呼びかけると、真紅の目がゆっくりと開かれた。
まずい。形勢が逆転したと悟った亮は牢から這い出ようとする。しかし、息が苦しくてうまく動けない。右胸が特に傷んだ。折れたあばらが肺に刺さったのかもしれない。
このまま《治療》が進んであいつが回復すれば、確実に裏切り者として粛清されるだろう。風原を裏切った時から覚悟はしていた。ろくな死に方はしない。それでもいいから、姉の復讐を果たしたいと思っていた。でもその時が近づいてくると、怖い。姉の元へ行けることを喜ぶべきなのに、亮は死ぬことが怖かった。
姉さん……姉さん姉さん姉さん。心の中で姉を呼ぶ。応じてくれるあのやさしい声はもう二度と聞けない。代わりに聞こえてきたのは、共謀者の男の声だった。
「へまをしたな」
牢の外には、直隆が立っていた。能面のような無表情が、松明の火に照らされ浮かび上がる。何を考えているか分からないこの顔が苦手だ。
でも、これで。亮は内心で高笑いしながら、口元を歪めた。咲羅は《治療》に夢中でまだ直隆に気づいていない。あいつは気づいているかもしれないが、まだ動ける状態じゃない。今のうちに脅せば――。
そう思っていたのに、直隆はあっさりと咲羅に声をかけた。
「冴田咲羅」
振り返った咲羅は、藍の目を見開いていた。
「直隆、先生?」
「取引をしよう」
「なんで……。先生まで敵だったんですか。内通者のことを教えてくれたのは先生だったのに!」
咲羅は泣きそうな顔をしていた。何を信じればいいかわからないといった顔つきだった。姉が死んだと聞かされた十二歳の亮と同じ。
「裏切り者から土守の裏切りを連想し、そちらから成季に近づいてくれれば攫いやすくなると思ったからな。こうも上手くいくとは思わなかったが」
咲羅は何も言わなかった。じっと直隆を睨んでいた。
「もっとも、成季自体は期待外れだった。彼は復讐する気はないと言い、我々の仲間になることを断った」
「いったい何が目的ですか」
「それは後ほどわかるだろう。それより今は取引だ。お前の攻撃で亮の肺が傷ついている。霧立沙智の《治療》をやめ、亮を治せ」
この提案には亮も驚いた。
「……できません」
「亮を治せば、霧立沙智の傷を治す前に力尽きるか? 心配ない。見たところ、致命傷はすでに塞がっている。いま命の危険があるとすれば、亮の方だ。お前の攻撃でこうなったのだから、お前は人殺しになるかもしれない。見捨てるのか?」
藍の目が揺れた。咲羅の視線が亮に向けられる。
「どうしても聞き入れたくないのなら、少々荒い手を使うことになる」
直隆は、亮が落とした打刀を拾い上げた。
咲羅は中腰になって身構えた。そんな彼女の背中を沙智が押した。
「沙智!」
沙智は咲羅に耳打ちをした。
「でも……」
迷いを見せる咲羅だったが、再度沙智に背中を押され、亮の方へやってきた。
咲羅は大粒の汗をかいていた。直隆の言うとおり、これ以上力を使ったら倒れそうな青い顔をしている。それでも咲羅は、両手を亮の体にかざし《治療》を行った。
胸から痛みが波のように引いていき、窒息しそうだった肺に新鮮な空気が流れ込む。全身の鈍痛もどんどん治まっていく。初めて《治療》を受けた亮は感動していた。これは誰もが欲しがる力だと思った。
正直、亮はなぜ咲羅が狙われるのかわかっていなかった。知りたいとも思わなかった。ただ、沙智が咲羅を大切にしているらしいということが間山の一件でわかって、復讐に利用できると思っただけだった。
しかし、奇跡ともいえる力を目の当たりにして、ようやく咲羅の利用価値が理解できるような気がした。
完治した亮が牢を出た後、直隆は鍵を閉めた。
「塵様が目覚めるまで、こちらで大人しくしておけ。霧立沙智もいいな。お前が暴れた分だけ冴田咲羅は傷つくことになるだろう。覚えておけ」
去り際、亮は一度だけ振り返った。藍と真紅の目がこちらを睨んでいた。




