第十章 隠された部屋(一)
「いいよ」
亮があまりにも軽い調子で返事をするから、咲羅は拍子抜けしてしまった。
「え、理由とか気にならないの?」
「聞くのは無粋かと思ったんだけど、なに? むしろ語りたい感じ?」
「いや――」
「大丈夫。誤解されやすいけど、性根はいい人だから。放課後、どこかに呼び出すとかでいいのかな」
亮は立ち上がって、教室のカーテンをわずかに閉めた。朝日に目を細めていた咲羅は、まばたきを繰り返す。あらぬ誤解を受けている気がした。他の生徒が登校してくる前に、早く誤解を解かねばならない。
「違うの、委員長」
「そんな照れなくてもいいじゃん」
「こ、告白とかじゃないの!」
《黒》に紛れることに必死で、色恋沙汰とは無縁に生きてきた咲羅は、告白という単語を口にすることすら恥ずかしかった。咲羅の動揺が伝わっているせいか、亮は片眉を上げたまま、いまいち納得がいっていない様子だった。
「ふーん? 告白じゃないなら、なんで成季と話す時間を作りたいなんて言ったの?」
「それは、ちょっと気になってて……」
「ああ、まだ告白するほどではないってこと?」
「だから、違うの! 好きとかそういうのじゃなくて!」
咲羅は地団駄を踏みそうになった。
「わかった、わかった。それならさ、今週末、任務の予定が入ってるんだけど、一緒に来る?」
「任務?」
「うん。学園内でちょっとした調査の依頼」
もし本当に成季が裏切り者だとしても、学園内であれば安全だろうか。
「舞弥と夕希も一緒でいい?」
「二人も? まあ、いいけど。あ、でも先生たちには内緒ね。もう任務遂行証を提出しちゃったからさ。勝手に人数増やして、バレたら面倒じゃん」
いたずらっぽい亮の笑みに、咲羅はどきんとした。
「委員長でもそういうこと言うんだね」
「委員長は真面目な人よりも、要領がいい人が適任なんだよ」
「なにそれ」
亮のしたり顔が可笑しかった。
窓の外から朝の喧騒が教室に滲み込んでくる。黒板上の時計の針は八時を指そうとしていた。
「委員長は、いつから知り合いなの?」
「成季と? えーと、三年半前くらいかな」
土守の裏切りが収束した後だった。
「成季のお兄さんが卒業したから、僕が代わりにパートナーに選ばれたんだ」
「なんで委員長が選ばれたの?」
「さあ、先生の推薦だったかな」
「先生って?」
「何? 質問攻めだな」
亮は戸惑ったように苦笑した。その直後、教室にクラスメイトたちが入ってきた。
「とりあえず、集合時間とかはまた知らせるね」
「あ、うん。ありがとう」
咲羅はクラスメイトたちの元へ行く亮の背を見送った。
徐々に人が増えてくる。舞弥と夕希は、きっと八時半ギリギリだろう。自席に座った咲羅は、時折クラスメイトたちと朝の挨拶を交わしながら、物思いに耽った。
図書館で土守の裏切りに関する記事を読んだ後、成季と話したいと言い出したのは咲羅だった。夕希は「いいんじゃねえか」と賛成し、舞弥は「危ないのでは」と慎重な態度を取った。しかし結局、パートナーである亮に協力してもらえるなら安全かもしれない、という結論を三人で出した。
間山の結界符が何者かによって破られていた。魔物を引き入れた裏切り者がいる可能性は極めて高い。でも……。咲羅は握手を求めてきた成季のことを思い出した。独特な雰囲気を持つ人だった。気だるげな仕草の中にも礼儀正しさが混じり、その竜胆のような花色の目は、決して濁っていなかった。
任務に誘ってもらえたことは、思わぬ幸運だったかもしれない。ただ話すよりも、一緒に行動することで人となりが分かるだろうから。裏切り者か否か。見極めることは容易ではないだろうけど、土守家は前学園長の的場家とともに風原の守護を担っていたというから、何か情報が得られるかもしれないという期待もあった。
なぜ前学園長は五田村に《結界》を張っていたのか。過去が明らかになった時、私はどうすればいいだろう。祥子さんに謝る? いや、師匠はそんなことを望んではいない。じゃあ、空芽さんには? 喉元がじわりと熱くなる。彼もきっと私の謝罪なんて望んでいない。私の謝罪に価値なんか見出さない。
じゃあやっぱり、私にできることは、真実を探すことだけだ。現在の学園の異常と繋がっているならなおさら、過去に起こったことを調べなければならない。
泥濘に深く沈み込んでいくような思考に陥っていた咲羅を引き戻したのは、夕希の明るく大きな声だった。




