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ウィンド・マスターズ 異色の風使いたち  作者: 駿河晴星
第七章 特訓

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第七章 特訓(三)

 ある日の放課後、咲羅は刀助の工房を訪れていた。打刀・春風について報告をするためだ。


 春風は、咲羅が初任務で採石した濡羽鉱石を使った刀で、日本刀の基本材料となる玉鋼と四対六の割合で混合し鍛え上げられている。濡羽鉱石を使った刀はこれが初めてらしく、才と組み合わせた時の感覚などを刀助は知りたがった。


 初任務の時にも通された畳の部屋で、刀助と咲羅は向かい合っていた。二人の間には大きな座卓があり、その上に春風が置かれている。


 扇風機がうなりを上げる中、刀助が尋ねた。


「どの精霊と組み合わせた時が一番使いやすい?」


「風かな。風を纏わせると、いつもよりも少ない力で巻藁が斬れるし、速く動ける気もする」


「へえ、おもしろいな。ぼくが試し斬りした時は、火が一番使いやすかったんだ。使用者の個人能力が影響するのかもしれない」


 咲羅の報告を聞いている間ずっと、刀助は夏の山のような濃緑の目を爛々と輝かせていた。ノートを開き、上手いとは言い難い字で熱心に何かを書き留めている。言葉が出てこないのか、時折その黒髪をガシガシと掻いていた。


 報告を終えてからも、刀助の手は止まらなかった。次の刀の構想を練っているのかもしれない。手持ち無沙汰になった咲羅は、刀助に以前抱いた疑問をぶつけてみることにした。


「刀助くんって、お父さんとお母さん、どっちが風人なの?」


 黒色の髪または目を持つ風人は、風人と外人げじんの混血である。


「ん? 父さんだけど」


「じゃあ、お母さんが外の人なんだ」


「うん」


「お母さんって、風原の里にいるの?」


「ううん。外人は里に住むことはできないから。父さんと一緒に外界にいるよ」


「寂しくない?」


「さすがにもう慣れたかな。じいちゃんとばあちゃんは里にいるし、父さんもたまに会いにきてくれるし」


「そっか……」


 咲羅はそっと目を伏せた。


「どうしたの? なにかあった?」


 刀助はまだ丸さが残る顔を傾けた。


「刀助くんは、ウィンド・マスターなんだよね?」


 ウィンド・マスターの存在を知った時、風牙が言った最年少の中等部の子というのは、刀助のことだった。


「そうだけど」


「ウィンド・マスターになったら、外へ行けるんだよね?」


「ああ、育ての親に会いたいの?」


 咲羅は顔に熱が集まるのを感じた。年下の子に親のことを相談するのは気恥ずかしかった。三つも下の彼が我慢していることで、ぐじぐじと悩んでいることが情けなく思う。


「んー、行けると思うけどね。でも絶対とは言えないかな。僕は任務でしか外に行ったことがないから」


「え、なんで?」


 刀助はノートをぱたんと閉じた。


「じいちゃんと約束したから」


 そう言って立ち上がった刀助は、出口へ向かい、下駄を足に引っかける。咲羅も彼の後を追った。


 プレハブ小屋を出た咲羅の目に飛び込んできたのは、木々の間から覗く夕焼け雲。白藍の空に、黄檗色から朱色に変化するグラデーションが南の方から染み出している。


 先に外に出た刀助は、小屋の隣に建つ鍛冶工房を見つめていた。今日は作業がなかったらしく、工房は静まり返っている。煙のない空には、山に帰ってきたカラスの群れが飛んでいた。


「ウィンド・マスターになった時、じいちゃんがこの工房を建ててくれたんだ」


 刀助は工房を見つめたまま話した。


「それまで、里にあるじいちゃんの工房を間借りしてたから、お祝いに建ててくれるって言ってくれた時は、叫ぶほど嬉しかった。でも」


 言葉が切れた。刀助はゆっくりと瞬きをしてから、再び口を開く。


「じいちゃんに言われた。工房を建てる代わりに、母親には会いにいくなって」


「そんな!」


 咲羅は喉を引き攣らせた。


「ずっとじゃない。卒業するまで。刀作りに専念しろってことだよ。修行中に母さんに会ったら甘えるんじゃないかって、じいちゃんは心配なんだと思う」


 咲羅はたまらず首を横に振った。家族は心の支えのはずだ。むしろ励みになるはずなのに。


「『外人の親は、子どもを隠す』ってのは昔から言われてることだから、じいちゃんの気持ちは分かるんだ」


 刀助は工房に近づき、木の外壁に手のひらをつけた。


「ぼくにとって、刀作りが一番大切なんだ。外界ではさ、一年間に作刀できる本数が二十四振りまでなんだって。もし一度帰って、母さんがぼくを風原に戻さないって言ったら……ぼくはそっちの方が耐えられなさそう」


 咲羅は春風を体の前に持っていき、両手でしっかりと持ち直した。咲羅の体に合わせて極限まで軽くした刀身。光の加減で黒にも緑にも見える鞘。愛着が生まれつつある桜色の柄糸。咲羅の想いだけでなく、刀助の溢れんばかりの情熱が込められている一振り。


「僕は母さんより刀作りを選んだ。でも、咲羅さんは違うんでしょ?」


「……うん」


 両親に忘れられるなんて、もう思っていない。才の扱い方を学ばなければならないこともわかっている。夕希や舞弥を、仲間を助けられるように、もうお荷物にならないように強くなりたい。でも同時に、いつでも両親と会えるようになりたいのだ。


「それなら――」


 刀助の言葉は途中で切れた。彼の視線を追うと、灰色に沈んだ森の中に人影があった。夕日に照らされた赤い空間に姿を見せたのは、高等部生の制服に身を包んだ男だった。


 男にしては小柄でかわいらしい顔立ちをしているが、同学年にはいなかったように思う。水色のナチュラルマッシュの髪が強風に煽られ、橙色の光が混じった、燃え盛るような水色の目が露出する。その視線は、まっすぐに咲羅を捉えていた。


 咲羅は唾を飲み込む。春風を胸に近づけ、固く握りしめた。


 刀助が無邪気に話しかける。


空芽そらめ、どうしたの? 刀の調整?」


 しかし、空芽と呼ばれたその人は微動だにしない。蝋人形のように変わらない表情が恐ろしくて、咲羅は後退りをした。


「ちょっと、空芽?」


「おまえの……」


 空芽は顔に見合わぬ低い声を出した。震えていた。


「おまえのせいで師匠は死んだ。おまえを守ったせいで!」


 空芽が咲羅に飛びかかってきた。間に刀助が入る。《増力》を使っているのか、刀助は空芽の前進を防いだ。しかし、空芽から放たれる強烈な怒気は、刀助の体をすり抜け、咲羅の肌を焼いた。


「ちょ、空芽、どうしたんだよ!」


「こいつがいなければ、師匠は死ななかったんだ!」


「咲羅さんのせいじゃないだろ! ただ村に《結界》が……あっ」


 村に、結界?


 突然の怒りに困惑していた咲羅の頭に、強く残った言葉。


「村って、五田村のこと?」


「あ、いや……」


 刀助はしどろもどろになった。なんとか誤魔化そうとしているが、咲羅には分かってしまった。確実に五田村のことを言っているのだと。


 五田村に《結界》が張ってあったとは、どういうことだろう。そういえば、魔物の襲撃を受ける直前、巨大な風船が弾けたような破裂音がした。もしかしてあれは、《結界》が破れる音だったのだろうか。《結界》を張ったのは誰? なんのために? あの村で風人に関係があったのは、わたししか……。


 咲羅は、自分の心臓が高鳴るのを感じながら、慎重に言葉を発した。


「師匠って、誰?」


 空芽は咲羅の問いには答えず、刀助の体を突き飛ばした。勢いよく飛んできた刀助を支え切れず、咲羅も一緒に地面に倒れてしまう。その間に緑色の気が周囲に渦巻き、砂を巻き上げていく。気の中心にいた空芽は、次第に宵闇が忍び寄る空へと消えていった。


 静寂が戻った後、空からはただ一滴、水が降ってきた。


 刀助が小さな声で告げた。


「空芽の師匠は、前学園長の的場持之さんだよ」


 咲羅は藍の目を見開いた。以前から気になっていた前学園長の死と、自分が生まれ育った五田村の《結界》。それらが一つの線で結ばれた瞬間、咲羅の背筋が凍った。

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