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ウィンド・マスターズ 異色の風使いたち  作者: 駿河晴星
第六章 守る意志

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第六章 守る意志(二)

 徒歩十分ほどの距離は、咲羅たちにとって無限の道のりに感じられた。


 今か今かと待ちわびる黄金は、まだ捉えられない。


 《念話》を送り続けている舞弥にも、疲労の色が顕著に現れている。《結界》を使い、突進してくる巨大イモリを何回も跳ね返している夕希も同様だった。


 一人走ることしかできない咲羅は歯痒かった。何もできない未熟な自分に対する苛立ちが募る。しかし、今の自分ができることは、最も迷惑をかけない方法は走ることでしかなく、ただ懸命に足を動かした。


 巨大イモリは執拗に追いかけてくる。


 地面が揺れる。


 まだか……まだか……。


 光るものが見えた。通路の出口だ。


「あとちょっとですわ!」


 先頭を走る舞弥が叫ぶ。


「うん!」


 応えた咲羅は違和感を覚えた。いつもなら率先して声を上げるはずの夕希が何も言っていない。咲羅は後ろを振り返った。


 夕希はいたが、顔を下げ、荒い呼吸を繰り返している。


「夕希⁉︎」


「咲羅、足は止めちゃいけませんわ!」


 一瞬振り返った舞弥が、咲羅に向かって強く呼びかけた。


「だ、だいじょうぶ……」


 夕希は気怠げに顔を持ち上げて、精一杯の笑顔を作ってみせた。しかし、普段の彼女の快活さを知っている咲羅としては、それが余計に辛く、胸が締め付けられる思いがした。


 夕希は巨大イモリの進行を阻むため、誰よりも才を使っていた。額に浮かぶ汗と苦しげな表情から、才の使用が彼女の精神力を激しく削っていることが見てとれた。


 巨大イモリはぐんぐん近づいてきている。夕希の張る結界の数が減っているのだ。


 しかし、あと少しで「愚者之壁」にたどり着く。巨大イモリが咲羅たちに追いつくのが先か、三人が「愚者之壁」にたどり着くのが先か。


 答えは後者だった。


 「愚者之壁」にたどり着いた三人は、空間の真ん中まで行って足を止めた。膝を握り、崩れ落ちそうになる体をなんとか支える。止まった途端、汗が吹き出した。


 地面の揺れは続いている。


「ここまで、くれば……だいじょうぶ、なんだよな」


「それは、なんとも……けっかいが、どこまであるか……」


 地面の揺れは大きくなっている。


 右の通路に、ヌッと巨大な影が現れた。


 咲羅は体が冷えるのを感じた。なんとか立ってはいるが、夕希はもう限界だ。舞弥だって疲労の色は拭えない。もっとも元気なのは自分だが、扱える才はあまりにも少なく、脆弱だった。


 巨大イモリの頭が「愚者之壁」に入ってきた時、咲羅は二人を庇うように立ちはだかっていた。力がなくとも盾くらいにはなれる。才はうまく扱えなくとも、五田村でしたみたいに風をぶつけてやろう。精霊たちの補助なしで、どこまでやれるかわからないが……。


 不安が胸をよぎる。


 でも、夕希と舞弥を守りたかった。


 咲羅は震える体を無視して、巨大イモリに対峙した。


「さくら……」


 掠れた夕希の声が、下へと落ちていく。


「夕希!」


 舞弥に抱きかかえられた夕希は、完全に気を失っていた。


 咲羅は歯を食いしばり、緑色の気を身に纏った。


 勝負は一瞬。こちらに突進してきた巨大イモリの鼻先に風をぶつける。運が良ければそれで倒れてくれるだろうし、運が悪ければ――。


 巨大イモリの黒くギョロギョロとした目玉が、ぐるりと一回転した。その次の瞬間、巨体が突進してきた。


 今だ!


 咲羅は両手に集めた風を前に押し出した。


 風は、一直線に巨大イモリに向かっていった。


 が、しかし――。


 巨大イモリが頭を一振りしただけで、風は霧散してしまう。


 やっぱりだめだった……。


 自分に迫ってくる巨大イモリの動きをやけに冷静に眺めていた咲羅の耳に、聞き覚えのある男の声が届いた。


「伏せろ!」


 沙智の声が耳朶を打った瞬間、咲羅は全身の筋肉に指令を出した。


 最後に宙に残った栗色の髪先を一陣の風が切り裂く。風は、そのまま咲羅の奥にいた巨大イモリにぶつかった。左前脚を切り落とし、その巨体を右通路付近の壁まで吹き飛ばす。崩れた壁とともに黄鉄鉱が弾け飛び、黄金の雨を降らせた。


 しかし、咲羅が雨を見たのは一瞬で、すぐに視界は沙智の背中で埋まった。彼の袖口や横腹あたりには、切り裂かれた跡がある。裂けた衣の隙間から、赤黒い血が伝っているのが見えた。


 沙智は右手に握った刀の切っ先を下げると、ぐっと膝を曲げ、地面を蹴る。速い。しかし、巨大イモリも速かった。体勢を整え、四本の脚で壁を登る。四本……なんと、先ほど切り落とされたはずの前脚が再生している。イモリがいた地面を見るとたしかに肉片は落ちているから、この短時間で生えてきたということだ。


 驚異の回復力。


 咲羅は身の毛がよだった。


 巨大イモリは皮膚から粘液性の球体を発生させ、咲羅たちに飛ばしてきた。


 沙智は刀身に炎が宿らせる。丸型の火炎を題材にした透鍔の黒紅色が蒼く染まっていく。炎に包まれた刀を一振りすると、巨大イモリから放たれた球体は青白い光を放ちながら蒸発し、その脅威は消えていった。


 これで一安心かと思いきや、咲羅の背後から切迫した声が放たれる。


「燃やしてはいけませんわ!」


 舞弥の声だった。


「黄鉄鉱を燃やすと有毒な二酸化硫黄が発生してしまいますわ!」


 炎刀を壁に張りつく巨大イモリに向かって振り上げていた沙智は舌鼓を打つと、炎を収め、ただの斬撃へと切り変える。刀は尾の付け根を裂いたが、浅い。威力が足りないのだ。


 巨大イモリは魔物らしい雄叫びを上げると、素早く移動し、その長い尾で「愚者之壁」の中央付近の天井を叩いた。


「うわっ!」


 先ほどの比にならない量の黄金とそれらがくっついた母石が、咲羅たちの頭上に落ちてきた。


「チッ」


 沙智は再び舌を鳴らすと、身をよじり、宙を蹴った。左手で風を放ち、洞窟の入り口へと通じる通路まで舞弥と夕希を吹き飛ばす。遠くで舞弥の呻き声が聞こえた。


 風を放ってから間をおかず、沙智は咲羅を脇に抱えた。刀で落石を払いながら左の通路へ滑り込む。魔物は力のある者を追う習性があるとホダじいに聞いたことがあった。舞弥と夕希を逃すつもりらしい。咲羅は石のように体を固くさせ、振動に耐えた。


 巨大イモリは、予想通り沙智と咲羅を追ってきている。しばらく走り続けていた沙智だったが、「愚者之壁」から一定の距離を取ると、咲羅を下ろし、体を反転させた。


 イモリと睨み合う。


 炎の代わりに水を刀に纏わせた沙智は、巨大イモリに突撃した。跳躍し、巨大イモリの頭上を取ると、そのまま刀を脳天目掛けて振り下ろす。沙智の斬撃は水の強大な圧力をもって魔物の肉を切り裂き、骨を砕き、その巨体を地面に貼り付けた。魔物の血が混ざった水が洞窟内の地面に溜まる。天井から水が落ち、波紋が広がる。


 断末魔すら与えぬ、鮮やかな御技だった。


 咲羅は呆然と立ち尽くしたまま、その一部始終を見ていた。そして、いかに自分がお荷物になっていたのかを知った。もし咲羅たちがいなければ、沙智はものの十秒でこの魔物を倒せていただろう。


「……ごめん、なさい」


 咲羅は体を小さく縮め、震えていた。自分の無力さに押しつぶされそうだった。


 沙智は無言で刀を鞘に収めた。彼の表情からは何も読み取れない。ただ、咲羅の腕を掴むと、「愚者之壁」とは逆方向に歩き出した。


「戻らないの?」


 咲羅は困惑し、尋ねた。沙智は何も答えなかった。ただ咲羅の手を引き、通路の奥へと進んでいく。咲羅は戸惑いながらも、沙智の背中を見つめ、黙って従った。


 程なくして、正面に、濡羽色に輝く壁が見えた。壁の一部に人為的に削り取られた跡がある。咲羅たちが探していた濡羽鉱石の採掘場だった。


 沙智は掴んでいた咲羅の左腕を上に引っ張ると、濡羽鉱石に触れさせた。


「知ってたの? 濡羽鉱石を採る任務だって」


 咲羅が見上げると、真紅の眼がわずかに開かれた。


 どうやら知らなかったらしい。


「濡羽鉱石は才の力を引き出す」


 それ以上、沙智は何も言わなかった。どうやら彼なりに落ち込んだ咲羅を励まそうとしてくれたようだ。やはり、沙智は優しい人だと咲羅は思った。学園内で恐れられ、粛清人という残酷な役目を担っていたとしても……その瞳の奥には、誰よりも繊細な温もりが宿っていると確信した。


「ありがとう。これ採ってもいいかな。ちょっとでも皆の役に立ちたいんだ。あと……《治療》をさせてほしい」


 藍の目と真紅の目の視線が絡む。


「わ、わたし、風の才で治療ができるんだ。風牙さんの傷も治したし……その、お腹の傷、特に痛そうだから……」


 沈黙に耐えられなくなった咲羅は、思いつくままに言葉を発した。治療することに関しては、目の前の怪我人を見過ごせない、という両親の考えを素直に受け継いだものだった。しかし、その意図が沙智に正しく伝わるだろうか。自己満足な行為だと思われないだろうか。不安を覚えた咲羅は言葉尻を萎ませた。


 沙智は口を閉ざしたまま、柄に置いていた左手を衿にかけると、斜め下に引っ張った。


 胸、腹、左腕があらわになる。細身だが、むだのない筋肉の付き方をしていた。筋肉を付けるためのトレーニングをしたというよりは、長年の実戦で自然と付いてきたものに見えた。その証拠に、細かいものも合わせれば数えきれないほどの古傷と、治りかけの傷、そして、まだ赤黒い血が流れている傷があった。


 昔から両親の診療所に出入りしていた咲羅にとって傷は慣れっこだったが、沙智の体は誰よりも傷ついていた。


「変だと思ったら、言ってね」


 咲羅はもっとも酷い左横腹の傷の前に両手をかざすと、皮膚、血管、筋肉――ひとつひとつを意識して力を込める。始める前にあった不安は、集中すると消えていった。


「どうかな」


 額から玉の汗を出す咲羅が手をどかすと、沙智の腹の傷は完全に塞がっていた。


 沙智は左腕を袖に通すと、着崩れを直す。


「よかった、きれいに治って」


 咲羅が胸を撫で下ろしていると、顔に布が当たった。目の前が暗くなる。おでこのあたりをごしごしと袖口で拭われているようだ。鼻頭に微かに触れるので、くすぐったい。されるがままになっていると、沙智が呟くように言った。


「感謝する」





 その後、咲羅は濡羽鉱石を採掘し、任務開始から約半日後、ようやく風原学園へ帰還した。濡羽鉱石は引き渡せたということで任務は成功となり、刀助から報酬の武器を、また、事前の調査不足の詫びとして学園側からも謝礼を受け取った。


 けれども、舞弥は一日入院、夕希に至っては三日間ベッドの上で過ごすこととなり、咲羅たちの初任務は、苦い思い出として幕を引いたのであった。

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