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ウィンド・マスターズ 異色の風使いたち  作者: 駿河晴星
第五章 初任務

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第五章 初任務(三)

 風原を上空から見下ろすと、ひょうたんのような形に土地が開けている。小さい丸が風原の里、大きい丸が風子学園。瓢箪のくびれには、間山と呼ばれる一つの山があった。


 かつては九十九折の坂道を往来していたが、ほんの十五年ほど前、土の才を得意とする風人を中心として、山を貫くトンネルが掘られた。そのおかげで、往来にかかる時間は約二時間短縮したと云われている。


 このトンネルを作るにあたり、学園側にもともとあった溶岩洞が利用された。里に近づくにつれセメントで固めた人工的なトンネルになっているが、学園側は、マグマの流れそのままに、不均一な、不規則な、曲線的な路が続いている。





 約束の土曜日が訪れた。


 刀助から採掘に必要な道具一式を借りた咲羅たちは、学園側からトンネルに入った。歩くこと約七分。右手側に支洞が現れた。


 支洞の奥は漆黒の闇だった。二メートル間隔で電灯が設置されたトンネル側と比べると、その闇はより深く感じられた。山の夜とも違う。月明かりも星明かりも届かない漆黒は、すべてを……空間すら飲み込んでしまうのではないか。


「いよいよですわね」


 舞弥の声には緊張が滲んでいた。咲羅と同じ不安を抱えているのだろう。いつもは余裕たっぷりに夕希をからかっている彼女だったが、緊張しているに違いない。


「なに立ち止まってんだよ。早く行こうぜ!」


 そんな二人に対し、夕希はヘッドライドのスイッチを押すと、さっさと支洞へ入っていってしまった。


 夕希のヘッドライトの光によって照らされた支洞は、赤茶色の岩肌に覆われた空間をあらわにした。こんな時、夕希の大らかな性格に救われる。咲羅と舞弥は、同時にヘッドライトを点灯し、夕希の後を追った。





 奥に進むほど、気温は下がっていった。咲羅は腕をさすりながら、刀助が長袖長ズボンを推奨したのは、岩で怪我する危険性を減らすことだけが理由ではなかったのだと思った。


 日の光が届かぬ洞窟は、四季を通じて涼しさを保っているのだという。昔の人が冷蔵庫として使っていたという話を聞いたことがあったが、納得のいく涼気だった。


 時折、頭上から水滴が落ちてきた。見上げると赤茶色の岩肌が光っている。水だ。どこからやってきたのだろう。


「もう少しですわ」


 舞弥の声に、先頭の夕希が振り返った。最後尾の咲羅も足を止める。舞弥に近づき、彼女が広げている地図を覗き込んだ。


「先ほど、四回目の分かれ道を左に進みました。次、右へ行くと『愚者之壁』に辿り着きますわ」


 舞弥の指は、地図上の長細い道を辿り、その先にある大きな丸に着いた。丸の中には、縦書きで「愚者之壁」と書かれている。そして、丸からまた二本、道が続いていた。


「濡羽鉱石の採掘場は『愚者之壁』から左の道へ入ってすぐとのことですから、あともう一踏ん張りですわね」


 咲羅たちが支洞に入ってから、すでに三十分近く経過していた。一枚の地図を頼りに、高さ二メートル、横幅一メートルの通路をひたすら歩いてきたが、なんとか辿り着けそうである。


「よし! 早く進もうぜ!」


 夕希の言葉に咲羅と舞弥は頷いた。三人は、今までよりペースを上げて「愚者之壁」を目指した。





 黄金。


 最後の分かれ道を右に曲がり歩くこと五分。三人の眼前に黄金の壁が広がった。今までの赤茶色の壁とは打って変わり、ヘッドライトの光を反射してきらきらと輝いている。開けたその空間は、奥行き、横幅はともに二十メートルほどで、今までの三倍の天井高があった。


「すっげえ!」


 夕希の声が空洞内に反響した。興奮した様子で一面黄金に輝く「愚者之壁」の中を走り回っている。対して、ゆったりと歩く舞弥は、「そういうことですのね」と一人笑みを浮かべていた。


「何か分かったの?」咲羅は尋ねた。


「この黄金色に輝いているのは黄鉄鉱ですわ」


「金か⁉︎」


 舞弥の声に、夕希が反応する。


「ふふっ、夕希みたいな人が多かったのですわね。黄鉄鉱は別名『愚者の金』と呼ばれておりますのよ。美しいですけれど、これは金ではありませんわ」


 咲羅は博識な舞弥に感心しながら、壁に見入っていた。六面体の黄金の鉱物が母石にびっしりと埋め込まれている。この規則正しい美しい形が自然の産物だとは、にわかに信じがたかった。村の山では見たことのない光景に、胸が高鳴るのを感じた。


「なあ、右の道はどこに繋がるんだ」


 壁に見入っていた咲羅の耳に、夕希の声が届いた。


「濡羽鉱石は左の道だろ。もうひとつには何があるんだろうな」


 夕希の橙色の目が輝いている。今までの分かれ道では抑えていた生来の好奇心の強さが溢れ出ていた。美しいものを見たためかゴールに近づいたため、気が緩んだのだろう。


「ここから通じる道はどれも行き止まりだと地図にはありますわ。行っても何もありませんわ、きっと」


「行き止まりなら、すぐ行って帰ってこれるじゃん」


 もう夕希はすっかり行く気満々である。


「今日は任務で来てますのよ。ねえ、咲羅」


「……え? えっと――」


 突然矛先が向けられた咲羅は、しまった、とばかりに慌てて顔を引き締めたが、遅かった。咲羅の心もまた、夕希と同じように好奇心ので満たされていた。この黄金の壁の他にも、珍しいものが見られるに違いないと思うと、胸の高鳴りを抑えることはできなかった。


 にやけた顔を見られてしまった後では取り繕いようもない。


 舞弥が深いため息を吐く。


「咲羅も夕希側だったのですわね」


 長い沈黙の後、舞弥が声を低めて言った。


「本当にすぐ引き返しますわよ」


 舞弥は多数決に敗れたことを悟ったのか、夕希の提案を甘受した。いや、もしかしたら彼女の中にも、一抹の好奇心があったのかもしれない。


 しかし、この無邪気な好奇心が、やがて恐ろしい出来事を引き寄せることになるとは、この時の咲羅たちには想像すらできなかった。

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