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ウィンド・マスターズ 異色の風使いたち  作者: 駿河晴星
第五章 初任務

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第五章 初任務(一)

 五月一日。この日は任務解禁日。高等部の廊下は、いつもと違う空気に包まれていた。


 咲羅は職員室の向かいの壁に設置された全長五メートルのコルクボードの前で、息を詰めて待っていた。周りには同じ制服を着た生徒たちがひしめき合っている。翡翠色の片翼が刺繍された白いシャツと、紺と深緑色のグレンチェック柄の制服が、色とりどりの髪とともに揺れていた。


 期待と緊張が渦巻く中、生徒たちの視線は職員室の扉に集中している。水中にいる時くらい息苦しい雰囲気は、引き戸が開く音で一変した。


 生徒たちの注目を浴びながら出てきたのは直隆だった。片手にA4サイズの紙束と押しピンが入ったケースを抱えている。生徒たちの喧騒が煩わしいのか、彼の眉間には深い皺が刻まれていた。


 萌葱色の鋭い目で生徒たちを一瞥した直隆は、よく通る声を廊下に響かせた。


「掲示板から離れろ。貼り終わってから手を叩く。その時から早い者勝ちだ」


 直隆は緑色の気を放出した。その気に乗せて、紙束と押しピンを一気に掲示板の端から端へと運ぶ。強風が生徒たちの色とりどりの髪を後ろにさらった瞬間、乾いた音が鳴った。


 そのあとは戦争だった。我先にと手を伸ばした生徒たちによって紙は引き千切られ、後には、ところどころ縒れた紙数枚と、破れた紙片をぶら下げた押しピンだけが残されていた。


 騒然とした廊下は一転、静寂に包まれた。廊下には、茫然と立ち尽くす咲羅とその横でニコニコと笑っている舞弥、そして――


「取ったぞーー!」


――一枚の紙を右手で掲げる夕希だけが残っていた。


 余り物の紙を見ると、散った桜の花弁の清掃だったり、学園中の池のどぶさらいだったり、どれも進んでやる人がいなさそうな任務ばかりだった。加えて報酬も、オレンジジュース人数分だったり夕食一回分だったり、寮生活で食べ物に困らない学園生が欲しがるものではなかった。


「どんな任務を選びましたの?」


 舞弥が夕希に近づきながら尋ねた。咲羅も後に続く。


「ん? わかんね」


 夕希はいつものように軽い調子で答えた。


「え⁉︎」


「夕希。あなた、よく見もせずに選んだのですわね」


 驚く咲羅とは対照的に、夕希の粗放なやり方に慣れているのか、舞弥は落ち着きを払っていた。


 二人の非難を受け、慌てて紙を見た夕希が叫んだ。


「あ、けど見てみろよ!」


 夕希の手元にある紙には、次のように書かれていた。


――――――――――――――――――――――――――

 任務遂行許可証

 

 任務番号 C100348

 依頼主  平岡 刀助

 依頼日  宝風十七年五月一日

 期限日  宝風十七年五月七日

 報酬   刀剣

 依頼内容 濡羽ぬれば鉱石三十キログラム採石

――――――――――――――――――――――――――


「まあ、平岡ひらおか家の」


「平岡家の刀剣が貰えるなんて、こんな報酬ないよな!」


 報酬こそが、みんなが任務をしたがる最大の理由だった。任務の難易度にもよるが、学生たちが喉から手が出るほど欲しいものが入手できるのだ。


「平岡家って、有名なの?」


 咲羅が問うと、舞弥が頷いた。


「平岡家というのは風人で最も有名な刀匠の一家ですわ。依頼主の刀助とうすけくんは、十五代目平岡剣悟(けんご)さんの御子息で、十三歳ながらすでにお得意様も持つ優秀な刀鍛冶だと聞きますわ」


 舞弥は澱みなく答えた。舞弥の知識量に、咲羅はいつも驚かされる。


「刀匠の一家かぁ」


 呟きながらも、咲羅の顔には緊張の色が滲んでいた。まだ風人の世界に慣れない咲羅にとって、「刀」は不穏な響きに感じられた。


 咲羅にとって刀とは、古い時代の遺物で、侍が腰に差していたものだった。しかし違うのだ。ここ風原では、今も刀が作られている。美術品としての刀ではなく、実戦用の刀が――。


「咲羅、まだなにも武器持ってないだろ? ちょうど良かったよな!」


 咲羅は曖昧に笑った。武器とは恐ろしいものだ。そういった外界での常識が、未だ抜けない。正直、欲しいとは思わなかった。


「それにしても……濡羽鉱石とはなんでしょう」


 舞弥は、再び任務遂行許可証に目を向けた。


「刀助くんが欲しがるものですから刀作りに使われるのでしょうけれど、聞いたことがありませんわ」


「うーん、たしかになあ。咲羅は知ってるか?」


「まさか」


 村にいたころ頻繁に山に入っていた咲羅だったが、鉱物には詳しくなかった。名前も聞いたことがないとすれば、大変貴重なものではないだろうか。


 三人で円になり頭を悩ませていると、後方から声が聞こえた。


「分からないことは直接聞きに行きましょうね」


 振り返ると、腰の位置で手を組んで歩くホダじいの姿があった。


「基本的には、まず依頼主にあいさつに行くこと。そうホームルームで伝えましたよね。その時に分からないことがあれば確認して、曖昧なことは無くしておきましょうね」


 三人が返事をすると、ホダじいは満足げに笑い、夕希から任務遂行許可証を受け取った。手に持っていたスタンプ式の判子を押し、青色の気を発する。一瞬、きんっと貫くような音が咲羅の頭の中を通り抜けた。


「はい、どうぞ」


 ホダじいから返された任務遂行許可証は、極薄の膜で覆われていた。許可証を保護し、不正を防ぐための《結界》だった。


 ホダじいは、咲羅・夕希・舞弥一人一人の頭を撫でると、職員室に戻るため身を翻す。去り際、風人たちがよく口にする言葉が聞こえてきた。


「よき風の導きを」

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