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ウィンド・マスターズ 異色の風使いたち  作者: 駿河晴星
第四章 個人能力の判定

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第四章 個人能力の判定(一)

 舞弥たちと別れた咲羅は、社会科準備室の引き戸を軽く叩いた。


「失礼します」


 中に入ると、奥の席に初老の男性が一人座っていた。顔を上げた男性は、穏やかな笑みを浮かべた。


「いらっしゃい」


 咲羅のクラス担任で、「風人史」を教えている保高ほだかみのるだった。真っ白な髪と眉は年齢を感じさせるが、柳色のつぶらな瞳だけは若々しい輝きに満ちている。小柄で、いつも朗らかに笑っている彼を、生徒たちは「ホダじい」と呼んで慕っていた。


 ホダじいは読みかけの本に栞を挟み、脇の本の山に重ねる。どきりとするほど高い山だが、絶妙なバランスを保っていた。


「どうぞ」


 咲羅はホダじいの向かいに置かれたパイプ椅子に腰かけた。


「今日はいかがでしたか」


「ちょっと喧嘩しましたけど、委員長が仲裁に入ってくれて、すぐに収まりました」


「さすが亮くんですねえ」


「夕希と舞弥も味方になってくれたので、大丈夫です」


「喧嘩すること自体は悪いことではありませんからね。ただし、過熱しすぎないようにしましょうね」


 咲羅は素直に頷き、ホダじいの言葉を心に留めた。


「才の方はいかがですか」


「土の精霊の声が聞こえなくて……二時間ずっと穴を掘っていました」


「おや、なぜそんなことを」


 ホダじいはふさふさの眉と薄い瞼を持ち上げた。


「直隆先生が、風人の子たちが精霊の声を聞けるのは幼いころから土に触れているからだって言って」


「おやおや」


 ホダじいは眉間に皺を作りながら唸った。


「……わかりました。今まで放課後に来ていただいていましたが、『実技特訓』の時間も補講を行うことにしましょう」


「え、でも」


「大丈夫。直隆くんには僕の方から話しておきます。彼のやり方が間違っているとは言えませんが、効果が見られないことを何の工夫もせず続けることは、効率がいいとは言えませんからね。咲羅さんはもともと風の精霊の声を聞いて育ちましたし、昨日は水の精霊の声を聞くことができました。決して成長が遅いわけではありませんよ」


 ホダじいの励ましに、咲羅は喉元が熱くなるのを感じた。彼の期待に応えるためにも、頑張ろうと思った。


「さて、では気分を入れ替えて、今日は他の精霊たちに挑戦してみましょうか」


 風人は精霊たちの力を借りて才を操る。精霊は風・土・雷・水・火の五種類存在し、それぞれの才もこの五種類に分類される。たとえば、同級生たちが訓練していた《浮遊》は、風の精霊の力を借りる風の才の一種である。どんな才を扱うにしろ、精霊の声が聞こえなければはじまらない。


「土は一旦置いておくとして、あとは火か雷ですが……雷をしてみましょうか」


「雷、ですか」


 咲羅は膝の上で指を揉んだ。


「あまり乗り気ではないようですねえ」


「だって、一番難しそうです。水とか土とか火は目に見えるから想像しやすいですけど、雷って電気ってことですよね。そこに宿る精霊って言われてもよく分からないというか……」


 咲羅の不安を理解しているホダじいは、うんうんと頷く。


「そう思いましてね」


 ホダじいは登山でもしそうな立派なリュックサックを床から机の上に持ち上げた。重量感のある音が室内に響く。外側の小さなポケットから出てきたのは、両手に収まる大きさの巾着袋だった。


「里の保育園から借りてきました」


 巾着袋をひっくり返したホダじいの手の上に、飴色の滑らかな石が出てきた。遅れて、白い布もひらりと落ちてくる。


「どうぞ」


 咲羅は石と布を受け取った。石は楕円形で、長辺が十センチほど。べっこう飴を思わせる。ポリエステル製の布はハンカチほどの大きさで、端処理はされておらず、ただの切れ端だった。この二つで一体何をするというのだろう。


「傷つきやすいので、お気をつけて」


 注意を受け、咲羅は布で石を覆うように持ち直した。


「これはなんですか?」


「琥珀です」


「琥珀?」


「どうぞ机の上に布を置いて、その上で琥珀を擦ってみてください」


「擦る……?」


 咲羅は疑わしげな表情を浮かべた。穴掘りの次は石磨き。これで本当に精霊の声が聞こえるのか。


 咲羅が琥珀を見つめたまま固まっていると、ホダじいが「ほほっ」と声を立てて笑った。


「大丈夫ですよ。このやり方で風人の子どもは雷の精霊の声を聞けるようになるのですから」


「え? 自然に習得するんじゃないんですか」


「そういう場合もありますが、先ほど咲羅さんがおっしゃったように、電気は、火や水なんかと違って精霊が宿る媒体が目に見えないでしょう。雷の精霊の声だけはいつまでも聞こえないという子が多いんです。だからこういう道具が用意されています。さあ、物は試しです。大丈夫ですから、やってみてください」


 再度促され、咲羅は机の上に布を広げた。三つ折りにした方がいいと言われ、従う。長細くなった布の上に琥珀を置き、鰹節を削るように手を動かした。


「そろそろいいでしょう」


 一分ほど擦ったところでホダじいが止める。


「さ、これに擦った面を近づけてみてください」


 ホダじいはティッシュペーパーを指でつまんでいる。


 なにが起きるのか。咲羅は好奇心と不安を抱きながら、恐る恐る琥珀とティッシュペーパーを近づけた。


 すると!


 琥珀がティッシュペーパーを吸い寄せる。まるで磁石のようだった。


 咲羅は琥珀をまじまじと見つめた。


 時間が経つと、琥珀から離れたティッシュペーパーは元通り重力に従う。


「これは、静電気ですか?」


「ご明察です。琥珀は天然樹脂の化石でして、静電気を帯びやすい性質を持っているんです。この性質は、紀元前六世紀ごろに活躍した古代ギリシャの哲学者・タレスが発見したと言われています。例えば、英語で『電気』は『エレクトリシティ』ですが、これは古代ギリシャ語で『琥珀』を表す『エレクトロン』が由来だそうですよ」


 咲羅は途中で話についていけなくなったが、ホダじいの話は止まらない。


「大昔に発見された現象が、今では当たり前に使われる言葉になっている。その由来はほとんどの人に知られずに。ああ、世の中、こういったものが無数にあるのでしょうね。歴史は繋がっているとつくづく思い知らされます。勉強しても勉強しても時間が足りない。だから人は――」


 ホダじいが滔々と語り続ける中、咲羅の脳裏に、診療所の受付のタエの姿が蘇った。男性のアイドルグループに熱中していたタエが推しについて語る時、滝口に至る河水のように話が止まらなかった。推しの供給やスキャンダルに一喜一憂する姿に、咲羅は羨ましさを覚えた。


 推しはおらず、通学時間の問題で部活動もしたことがないため、何かに熱中した経験が咲羅にはなかった。タエやホダじいのように、いつか私にも澱みなく語れるものができるだろうか。ここでは、そんな熱中できる何かが見つかるのだろうか。


 ホダじいが深いため息を吐いた。話し終わったらしい。


「すみません。話が脱線しましたね。ええと……」


「琥珀に静電気が集まるって話でした」


「あ、そうでした。この琥珀のセットは、静電気という最も身近にある電気を自分で生み出すことで、雷の精霊を感じやすくするものです」


「身近っていうと、照明とかの電気とかじゃだめなんですか」


 咲羅は天井を見上げた。蛍光灯の白い光が室内を照らしている。


「確かに身近ですが、照明器具を見て、どこで電気が作られて、どうやってここまで送られてきているか想像できますか?」


「それは……」


 咲羅は言葉を詰まらせた。


「しにくいでしょう? 精霊の声を聞いたり、才を操ったりというのは感覚的なところが大きいものです。想像力は非常に重要です。簡単に作れて、直に体験できる静電気が、雷の精霊の声を聞くにはもっとも適していると言えるでしょう」


「でも、さっきは声なんて聞こえなかったですけど」


 ホダじいは目を細めた。


「一回でできるものではありませんね。何度も繰り返すしかありません。先ほど静電気が発生したとき、確かに彼らは声をあげていましたよ。心を鎮めて、耳を澄ましてあげてください」


 そう言うとホダじいは、読みかけの本を手に取った。教える段階は終わった。あとは実践あるのみということだ。


 その後、咲羅は何度も琥珀と布を擦り合わせた。ティッシュペーパーを持ち上げたり、手で触ったり、目を瞑って耳を澄ましてみたりした。


 ホダじいの白髪が茜色に染まり、室内が人工的な明かりに満たされたころ、少し棘のある神経質そうな声が咲羅の耳に届いた。

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