第69話:【鉄の貌と、不一致の言の葉】
── 外環大臣の威圧
拘置所の重い空気を切り裂き、護衛を連れて現れたその男を目にした瞬間、翔太は思わず息を呑んだ。
そこに立っていたのは、これまでの門兵たちとは比較にならないほど「獣」の血が濃く出た巨漢だった。灰色の剛毛に覆われた筋骨隆々の肉体、突き出した鋭い牙、そして獲物を射抜くような金色の瞳。彼こそがウル・ズールの外交を司る「外環大臣」だ。
(……うわ、デカい。それに、ものすごい威圧感だ……)
翔太は慌てて表情を繕い、粗相のないように深く頭を下げた。 元の世界では営業職でもなく、人との交渉は最も苦手とする分野だった。この世界に来てから、以前とは見違えるほど整った容姿を得たことで少しずつ自信はついていたものの、目の前の「怪物」を相手に顔の良さだけで乗り切れるほど世の中は甘くない。
(やってしまった……さっき一瞬驚いた顔を見られた。あの数秒前の自分を殴りたい。この人にとって、今の俺は『無礼な人間』に映ったはずだ……)
数秒前の失態を激しく後悔する翔太を余所に、隣にいたリーズが一歩前に出た。
── 聖女の決意
かつて彼女は、傲慢な王女が率いるパーティーで「呪われた魔法使い」として虐げられてきた。王宮魔導師の家系に生まれながら、その魔力回路に不純な毒が混じり、歪んでいるという理由で一族の恥と蔑まれてきた過去。
「……お初にお目にかかります、大臣。私はリーズ。そしてこちらは私を救ってくれた高橋翔太さんです」
もうあの時とは違う。リーズは真っ直ぐに大臣を見据え一文字一文字を丁寧に紡いだ。
「私たちは、ただ苦しんでいる獣人の皆さんを放っておけなかった。人として当然のことをしたまでです。その結果、行き場を失い、この地へと辿り着きました」
「……『人として』、か。くはははは!」
大臣は牙を剥き出しにして、地響きのような笑い声を上げた。
「人間が『人として』我が同胞を救うか。面白い冗談だ。……では、その『当然のこと』の結果として、何故我が国に亡命を求める?」
大臣の問いに、リーズは首を横に振った。
「……亡命? いいえ、私たちは亡命を申請しに来たのではありません。一時的に身を寄せるための、長期滞在の許可を頂きに参ったのです」
その言葉に、現場の空気が凍りついた。
── 歪み始めた報告
「……長期滞在だと?」
「長期滞在」という言葉に、大臣の瞳に鋭い疑念の影が差す。彼は傍らに控えていたベテランの門兵長を、射抜くような視線で睨みつけた。
「おい、話が違うではないか。門兵長! 貴様、私への報告では『人間の重要人物が亡命を求めて門を叩いた』と言っていたはずだぞ。亡命と長期滞在では、外交上の重みが全く違う!」
「は、はい! 申し訳ありません、大臣! ですが、私にそう伝えたのは……」
門兵長は冷や汗を流しながら、今まで翔太たちの対応をしていた、長年門番を務める部下の名を呼び捨てで口にした。
「……こいつです! 門番のガイルがそう報告してきたのです!」
名指しされたガイルは、長年の経験を感じさせる落ち着いた足取りで一歩前に出た。彼は非常に丁寧な言葉遣いで、静かに頭を下げる。
「大臣、業務上の過失を深くお詫び申し上げます。……実は、現場で混乱していた折、私の友人であるヴィンからそう聞かされていたのです。彼の言葉を鵜呑みにし、確認を怠った私の不徳の致すところでございます」
その名を聞いた瞬間、大臣の顔が険しくなった。 ガイルの言う「友人」ことヴィン。彼は大臣の直属の部下であり、普段は国内の観光客向け業務や市民の身元管理を担当している、常に身なりの整った優雅な男だった。
「……何だと? ヴィンがあやつらに接触したというのか?」
大臣は喉の奥から、獣鳴共鳴による鋭い呼び出しを放った。 数分後、その呼び出しに応じるようにして、一人の男が静かに、そして悠然と現れた。
「お呼びでしょうか、大臣」
「……ヴィン! 説明しろ! 貴様は国内観光の専門だろう。なぜ管轄外の門近くで越権行為を行い、あまつさえ『亡命』などという出鱈目な情報を流した! 貴様、ここで何を企んでいる!!」
大臣の咆哮が拘置所に響き渡る中、ヴィンと呼ばれた男は表情一つ変えず、ただ冷徹な視線を翔太たちへと向けた。
「……貴様、説明しろ。本来、国内の案内業務が専門のお前が、なぜ門の近くで越権行為を行い、あまつさえ『亡命』などという出鱈目な情報を流した!」
大臣の咆哮が、拘置所の石壁を震わせる。男は表情一つ変えず、ただ静かに翔太たちへと視線を向けた。その瞳の奥には、冷徹な光が宿っていた。
【獣鳴共鳴とウル・ズールの世代断絶】
ウル・ズールの獣人たちが世代によってその容姿や能力が劇的に異なる背景には、かつてこの地を襲った凄惨な歴史が刻まれています。
1. 獣鳴共鳴の秘密この能力は、単なる魔術ではなく「獣の喉」を持つ者にしか発せられない特殊な超高周波の唸り声です。
使用可能条件: 60歳以上に多い「純血種」に近い獣人のみ。
獣人の身体的特徴: 二足歩行する「直立した獣」そのものの外見。人間の顔立ちはほとんどなく、骨格からして人間とは根本的に異なります。この強靭な喉の筋肉と特殊な声帯が、数キロ先にまで意志を届ける「共鳴」(超音波に近い)を可能にしています。(この能力は世代関係無く獣人の血が混ざっている者には使える。人間には聞こえない)
2. 世代別:容姿と人口比率の変遷かつての戦争での敗北後、行われた「民族浄化」という名の歴史的悲劇により、獣人の血は急速に薄まり、人間とのハーフである「亜人(けもみみ・尻尾のみの容姿)」へと変貌を遂げていきました。
2. 1.世代区分
● 60歳以上
▲ 59~40歳
■ 39~25歳
★ 24歳以下
2. 2.容姿の割合(獣人:亜人)
● 95%:5%
▲ 65%:35%
■ 40%:60%
★ 10%:90%
2. 3.時代背景と特徴
● 戦争を経験した世代。長を失い、蹂躙されたウル・ズールの悲劇を知る。獣鳴共鳴が可能。
▲ 戦後直後の混乱期。まだ「獣」としての特徴が強く残るが、亜人の兆候が出始める。
■ 戦争を知らない世代。人間への差別に対する反発から、皮肉にも「人間ブーム」が若者の間で流行。外見を人間に寄せることをステータスとする傾向がある。(※死んだ虎人のリーダーは34歳でこの世代)
★ 人間ブームの中で生まれた世代。人間への警戒心が最も薄く、誘拐されやすいため、奴隷市場で最も多い層。(※キャンプの面々はこの世代が中心)
3. 「亜人」という逃れられない血この世界における遺伝の法則として、「亜人同士の間に生まれた子供は、ほぼ100% 亜人になる」という絶対的なルールがあります。一度混ざり、安定してしまった亜人の血から、再び純粋な「獣人」や「人間」が生まれることは現状、理論上あり得ません。そのため、60歳以下の世代はどれほど努力しても「獣鳴共鳴」を使うことはできず、古き良き獣の文化から切り離された存在として、年配層からは「力の欠けた世代」として冷遇される一因にもなっています。




