第68話:【汚れた魂と、外殻の官僚】
── 闇夜の告発
拘置所の冷たい空気の中、リーズは震えの止まらないクータを抱き寄せ、母親のような手つきでその背中をずっとあやしていた。その微かな衣擦れの音を聞きながら、翔太は隣に座るエイベルに、声を潜めて問いかけた。
「……エイベル。あの乱戦の最中、お前は何を見たんだ。何があった?」
エイベルは待ってましたと言わんばかりに、薄暗い檻の中で口角を釣り上げた。彼はまるで美しい物語でも語るかのように、悦びに満ちた声で話し始めた。
「翔太さん、驚かないでくださいね。キャンプで一人、また一人と命を奪っていた『犯人』……その正体が分かりました。虎人のリーダーですよ」
「……何だって!?」
翔太の驚愕を、エイベルは楽しげに受け流す。
「彼が逃げる際、一目散にどこかへ向かっていたのは見ましたよね? あの喧騒の中で、僕だけが気づいたものがあるんです。……それは、彼から漂う強烈な『死臭』。正確には、キャンプで殺された者たちの魂の残滓が、彼の影にべったりと張り付いていた」
エイベルは細い指を唇に当て、さらに囁く。
「彼は仲間を救うリーダーではなく、仲間を切り売りする集金人だった。もし彼がこの門に辿り着くようなことがあれば、真っ先に警戒すべきは彼ですよ」
── グラウル水の苦み
その時、二ノが足音もなく近づき、二人分の「グラウル水」を差し出してきた。森の根や樹皮を長時間浸したその水は、獣人たちの間では滋養強壮に良いとされているものだ。
「……飲んで。少しは落ち着くから」
会話は一旦中断された。翔太は二ノに礼を言い、その琥珀色の液体を口に含む。 ほのかに苦く、後から突き抜けるような清涼感が喉を襲う。
翔太が顔をしかめる横で、二ノは「キャンプの皆も、無事にここに辿り着ければいいのにね」と、感情の読めない事務的な口調で場を繋いだ。その場にいる全員が、表面上は仲間たちの無事を祈る言葉を交わすが、その心の内はバラバラだった。
二ノはその場を離れる際、誰にも聞こえないほどの小声で呟いた。
「……なるほど。あいつが犯人だったのか」
── 絶望の朝と、外環大臣の来訪
残酷なほど静かな一夜が明け、雪山の向こうから白々とした朝日が差し込んだ。 重苦しい眠りから覚めた翔太たちが門の方を伺うと、ちょうど見張りを終えた若い門兵が戻ってくるところだった。
「……どうでしたか? 誰か、他に誰か来ませんでしたか?」
リーズが身を乗り出して尋ねるが、若い門兵は沈痛な面持ちで静かに首を振った。 その瞬間、拘置所に重苦しい絶望が立ち込める。昨夜門兵長が言っていた「明朝まで待つ」という希望は、冷たい現実によって打ち砕かれた。
だが、その沈黙を破ったのは、軍靴の音を響かせて現れた上司の門兵長だった。彼はいつも以上に居住まいを正し、鋭い声で翔太たちに告げた。
「……面を上げろ。これより、国外からの入国者と外交案件を統括する『外環大臣』が直々にこちらへお見えになる。人間と言えど、我が国の高官の前だ。決して粗相のないようにしろ」
門兵長の背後、巨大な切り株の奥から、数人の護衛を従えた「統治者側」の気配が近づいてくる。




