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第67話:【届かぬ足音】

── 欠けた点呼

ウル・ズールの巨大な門の内側。焚き火の爆ぜる音だけが響く静寂の中、ベテランの門兵長が、保護された子供たちの顔を一人ずつ確認しながら、手元の名簿──脱走奴隷たちの聞き取りで作成した簡易的なリスト──に目を落とした。


「……おい、これで全員か?」


門兵長の声は、どこか低く、重い。 目の前にいるのは、エイベル、クータ、そしてニノの三人だけだ。拘置所の檻の中にいる翔太とリーズを含めても五人。事前に入っていた、キャンプからこちらに向かっているはずの人数とは、明らかに数が合わなかった。


「……あと八人。八人がまだ来ていないはずだが、心当たりはあるか?」


門兵長が問いかけると、それまで毛布に包まって震えていたクータが、せきを切ったように激しく泣き出した。


── 七人の盾、一人の祈り

「……う、ううっ……。みんな、みんな僕を逃がすために……っ」


クータは溢れ出す涙を拭おうともせず、しゃくり上げながら、途切れ途切れに話し始めた。


「昨日の夜……森の中で……。おじちゃんが……親父さんと肉を売るんだって言ってたおじちゃんが、槍に刺されても、僕を突き飛ばして逃げろって……。それから、『木霊のテラス』で歌ってたねーちゃんも……最後まで、歌を歌いながら、僕に『みんなの犠牲を忘れないで』って……」


クータの口から語られる、凄惨で、けれどあまりにも尊い死の光景。 自分たちの命を捨てて、たった一人の子供を門まで繋ごうとした、名もなき獣人たちの献身。その生々しい証言に、周囲にいた門兵たちも、スープを運んでいた手の動きを止め、深く頭を垂れた。


活気に満ちていたはずの門周辺が、一瞬にして鉛のような暗い沈黙に包まれる。 七人の同胞が、この門を、故郷を目前にして、文字通り「盾」となって命を散らした。その事実は、ウル・ズールの住人たちの胸に、ヴォルガ軍への激しい怒りと、やりきれない悲しみを刻み込んだ。


── 待ち続ける「虚無」

門兵長は、クータの細い肩に大きな手を置き、静かに溜息をついた。


「……そうか。七人がお前を庇って、か。……だが、まだ名前が挙がっていない者がいる。虎人のリーダーと、解放軍の主力だったはずの者たちはどうした? 彼らがまだ来ていない」


クータは首を振った。 「……分からない。逃げてる途中で、バラバラになっちゃって……」


「……よし。分かった」


門兵長は門の外、暗い雪山の彼方を見つめた。


「あの虎人の男は、軍にもいた経験がある戦士だと聞いている。何かの手違いで遅れているだけかもしれん。……追っ手のヴォルガ軍は、ここまでは手を出せん。明朝まで、彼らが来るのを待ってみることにしよう」


門兵長のその言葉に、檻の中からやり取りを聞いていた翔太は、言いようのない不安を覚えた。 あの老練な虎人が、なぜこの窮地で子供たちより遅れているのか。


そして、その場にいる誰一人として、虎人のリーダーがすでに「金」のために仲間を売り、そして自らもまた何者かに無残に殺されたことなど、知る由もなかった。


エイベルだけが、門兵長の背後で、燃え盛る焚き火の光をその瞳に映し、暗い悦びに満ちた笑みを深く、深く刻んでいた。

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