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第66話:【拒絶の門と、残された火種】

── 潰える「余波」の残響

「はぁ、……はぁ、……っ!!」


翔太の肩が激しく上下し、肺が焼けるような熱を帯びる。 この世界において、翔太という存在は決して特別な「強者」ではない。彼がこれまで幾多の窮地を生き延びてこられたのは、レベルが上がる瞬間に生じる一時的な魔力の暴走──いわば、レベルアップに伴う急激なステータス上昇の「余波」による、実力以上のブーストがかかっていたからに過ぎない。


だが、そのビギナーズラックのような万能感は、今の彼にはもう残っていなかった。


現在のステータスは Lv. 20。 これ以上の成長が望めない停滞の領域で、翔太は自分自身の「素の弱さ」を突きつけられていた。対するヴォルガ軍の兵士たちは、個人の武勇に頼らず、冷徹な統制と残忍なスパルタ教育によって、一つの巨大な「殺戮兵器」と化した怪物だ。


黄金の輝きが失せ、肉体に重い疲労がのしかかる。個の力で軍を圧倒することなど不可能だという冷酷な現実。リーズを庇いながら振るう拳は、もはやヴォルガ軍の重厚な防陣を崩すには程遠い。翔太は、この残忍な軍勢が「個」を磨り潰していく未来に、深い危惧を抱かずにはいられなかった。


── 異種族の拒絶

死に物狂いでリーズを抱え、文字通り「逃げ切る」ことだけに全てを賭けて、翔太はついにウル・ズールの巨大な正門へと辿り着いた。だが、そこで待っていたのは、想像以上に厳しい現実だった。


「開けてくれ! 頼む、入れてくれ!!」


化石化した巨大な樹皮の扉を叩く翔太の前に、上部の監視台から獣人の門兵たちが冷徹な眼差しを向ける。


「下がれ、人間! ここは獣人の国ウル・ズールだ。人間が足を踏み入れる場所ではない!」


「待ってくれ! 彼女を見てくれ。リーズ様は獣人解放軍と共に王都を脱出し、この国への亡命を目指して進軍してきたんだ。道中、俺も奴隷解放に手を貸した。俺たちは敵じゃない!!」


翔太は、王都脱出からの経緯を必死に説明した。軍勢の急襲、霧の中での乱戦、そして自分を盾にして散っていった六人の仲間たちの遺志。すぐ背後まで、残忍なヴォルガの葬儀部隊が迫っているという事実。 その必死の訴えに、門兵たちの間にもわずかな動揺が走る。だが、一人の門兵が投げかけた問いは、あまりにも鋭く、正論だった。


「……事情は分かった。同胞たちの苦難も、お前たちが奴隷解放に加担したこともな。だが、ならば何故__『お前ら人間まで』__亡命しにきたのだ?」


門兵の言葉には、数千年に及ぶ人間への不信感が凝縮されていた。


「獣人が故郷に戻るのは当然だ。だが、人間にとっての安住の地は南にいくらでもあるだろう。虐げられた者たちの聖域に、何故、虐げる側の種族が救いを求める?」


至極当然の問いだった。翔太は言葉に詰まった。 自分がリーズを守りたかったからか? 行き場がなかったからか? どんな理由を並べても、それは個人の事情に過ぎず、国を背負う門兵を納得させる答えにはなり得なかった。


沈黙が支配する中、翔太の隣で震えていたリーズが、迷いなく顔を上げた。


── リーズの告白

「……私たちは、もう『人間』ではありません」


凛とした声が、雪山の冷気を切り裂いた。


「私たちは、人間たちの作る『正しい世界』を裏切りました。同胞を切り捨ててでも、獣人の皆さんの命と誇りを選んだ。その瞬間から、私たちの居場所は人間の国には無くなったのです」


リーズは監視台の門兵を真っ直ぐに見据え、言葉を継いだ。


「彼は、私のわがままのために、自分の種族を敵に回してまで戦ってくれました。彼は、獣人奴隷という人間の常識を打ち倒し、皆さんと共に歩む道を選んだ『裏切り者』です。そんな彼を受け入れないというのなら、……彼を受け入れないというのなら、私をここで殺してください。仲間を見捨てて自分だけが聖域に入るなど、私にはできません」


その言葉には、一切の虚飾も、生存本能による嘘もなかった。。


── 門兵長の決断

若い門兵が不安げに、背後の上司──ベテランの門兵長を振り返った。


「長官、どうしますか……。この二人を入れれば、ヴォルガとの外交問題、あるいは国の方針に反することになるのでは……」


「外交問題だと? そんなものは、この巨大な木の上でふんぞり返っているお偉いさんたちが考えることだ。たかが門兵ごときが、国の行末を危惧してどうする」


門兵長は鼻で笑い、監視台から下を見下ろした。そこには、軍に追われ、泥と血にまみれながらも必死に少女を守る、一人の無力な人間の姿があった。


「……哀れなもんだ。解放軍の噂は聞いている。それに、我が同胞を救ったというのなら、無碍にもできん。……開けろ! ただし、中に入れた後は門のすぐ脇にある『拘置所』だ。身元が精査されるまでは、そこから一歩も出すな」


重厚な地響きと共に、巨大な樹皮の扉がわずかに開いた。


── 差別なき「慈悲」の裏側

翔太とリーズが、拘置所の石造りの檻へと案内された数時間後のことだ。


再び、ウル・ズールの門が開かれた。 現れたのは、クータ、ニノ、そしてエイベルの三名。


翔太の時とは、門兵たちの対応は劇的に異なっていた。


「おい、大丈夫か! 酷い目に遭ったんだな」 「可哀想に……こんな小さな子供たちが、あの地獄を抜けてきたのか」


大人であり、かつ「人間」である翔太にはあれほど不信感を剥き出しにしていた門兵たちが、同じ「獣人」であり、子供の姿をした彼らには、すんなりと同情の声を上げたのだ。彼らは一切の拘束を受けることなく、温かいスープや毛布を差し出され、街の奥へと招き入れられた。


ニノは無表情に門兵の厚意を受け取り、クータは泣きじゃくりながら中へ進む。 そして最後尾のエイベルだけが、拘置所の格子越しに翔太をじっと見つめ、相変わらず左右対称に整った「完璧な笑顔」を浮かべた。

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