第53話:【共鳴する孤独と、過去の断罪】
── 拒絶の中の歩み
重苦しい沈黙を載せた馬車が、軋んだ音を立てて荒野を進む。 キャンプ内は、もはや一つの軍勢とは呼べないほどにバラバラだった。獣人たちは一箇所に固まって俺たちを監視し、人間の避難民たちは互いの顔色を伺いながら、まるで「次は誰の顔が消えるのか」を当てる賭けでもしているかのような、不気味な静寂を保っている。
俺は、一睡もできずに虚空を見つめるリーズの隣を歩いていた。彼女の精神は、向けられる無言の刃によって、今にも砕け散りそうだった。
「……あ、あの。これ、食べて」
不意に、俺たちの歩調に合わせて歩み寄ってきた影があった。 小さな猫耳を震わせた、年若い獣人の少年だ。彼は周囲の大人たちが投げつける刺々しい視線を無視して、自分の配給分であろう乾いた果実をリーズに差し出した。
── 奴隷の記憶
「……君は」
俺が声をかけると、少年──ニノと名乗ったその子は、少しだけ怯えながらも、まっすぐ俺の目を見た。
「僕は、信じてるから。……お姉ちゃんが、悪いことなんてするはずないって」
ニノは、俺たちが腰を下ろした荷台の端にちょこんと座り、ぽつりぽつりと自分の過去を話し始めた。彼は王都が崩落するまで、ある貴族の屋敷で奴隷として働かされていたという。
「奴隷だった時はね、お腹も空いたし、お掃除も大変だったけど……そんなに辛くはなかったんだ。お屋敷の人たちは、たまに怖かったけど、お仕事さえしていれば叩かれなかったから」
俺は意外な言葉に眉を寄せた。だが、ニノの瞳が翳ったのはその先だった。
「一番辛かったのは、一緒に働いてた奴隷の仲間たちに、身に覚えのない罪を擦り付けられた時なんだ。僕が銀の食器を盗んだって……みんなで僕を指差して、仲間外れにしたんだ。……誰も、僕の言うことを信じてくれなかった。あんなに仲良くしてたのに」
── 死者たちの沈黙
ニノは、細い指先で自分の腕に刻まれた古い傷跡をなぞった。
「僕を仲間外れにしたその人たちはね、ある夜、お屋敷から逃げ出そうとしたんだ。でも、すぐに捕まっちゃって……みんな、お庭で首を跳ねられたよ。僕だけが、悪いことをしたって閉じ込められてたから、助かったんだ。……でも、僕、今でも夢に見るんだ。死ぬ直前のあいつらの顔。……あいつら、僕を指差した指で、最後は泥を掴んで死んでいったんだ」
ニノの話を聞きながら、俺は背筋に冷たいものが走るのを感じた。 「言われのない罪」で孤立し、周囲が自滅していく。その構図は、今まさにこの亡命軍の中で起きていることと、あまりにも似すぎていた。
「……なぁ、ニノ。君が閉じ込められていた時、誰か『別の誰か』がいなかったか? 例えば、君たちの不満を優しく聞いてくれるような、そんな奴が」
俺が問いかけると、ニノは首を傾げた。
「ううん、誰もいなかったよ。……ただ、あの時も今みたいに、夜になると変な音が聞こえてたかな。誰かが、ずっと僕たちのことを『数えている』みたいな、変な音」
── 這い寄る同情の罠
ニノが語る言葉は、純粋な同情から来るものに見えた。 だが、その背後で、馬車の列のずっと後ろを歩くエイベルの姿が見える。 彼は、疲れ果てた老人に肩を貸し、献身的に振る舞いながら、時折こちらを見て小さく会釈をした。その仕草は、完璧な「善人」のそれだ。
(……罪を着せられ、孤立する。その果てに待つのは、首を跳ねられるような物理的な死か、あるいは……)
俺はニノの頭を撫でながら、周囲をもう一度見渡した。 獣人たちの憎悪に満ちた瞳。リーズの絶望。 そして、ニノという「唯一の味方」を得たことで、俺の心に生じた微かな安堵。
だが、その安堵さえも、何者かによって用意された「盤上の駒」の一つであるような気がしてならない。 俺の Lv. 20 の力は、目の前のニノを救うことはできても、彼の記憶にある「首を跳ねられた仲間たち」を救うことはできない。
不意に、乾いた風が吹き抜け、ニノが差し出した果実が、俺の掌の中でポロリと灰のように崩れ落ちた。
「……あ。……ごめんね、古かったのかな」
ニノが申し訳なさそうに笑う。 その笑顔の口角が、ほんの数ミリだけ、人間の骨格ではあり得ない角度まで吊り上がったように見えたのは、俺の気のせいだろうか。
「……移動を急ごう。ニノ、リーズのそばにいてやってくれ」
俺は、自分の声が震えているのを悟られないよう、前を向いた。 真実という名の出口が見えないまま、俺たちは「因果」という名の断頭台へ向かって、一歩ずつ進まされている。




