第48話:【静寂の観測者と、狂信の果て】
── 摩耗する肉体、矛盾する戦場
「ハァッ、ハァッ……、クソッ、キリがねえ……!」
翔太の全身から、凄まじい熱気が立ち昇る。 目の前では、白銀の甲冑を纏った教団騎士たちが、まるで機械のように正確な連携で襲いかかってくる。翔太は Lv. 20 の筋力を、破壊のためではなく「制圧」のために注ぎ込んでいた。
剣筋を指先ではじき、盾の裏から衝撃を伝え、脳震盪を起こさせて無力化する。 だが、教団騎士たちは気絶から目覚めるたび、あるいはリーズの魔法で傷を癒やされるたびに、迷いのない瞳で再び剣を抜く。
「聖女様! なぜ我らを救う! 獣と交わるその手で、我らに触れるなッ!」
リーズが涙を浮かべながら癒やした騎士が、その直後、彼女の喉元を突こうとする。翔太がその腕を掴み、あえて「激痛」だけを与える角度で捻り上げた。
「ぐ、あああああッ!」
「……いい加減にしろ。リーズがいなきゃ、お前らはとうに死んでるんだぞ」
翔太の声は低く、苛立ちに満ちていた。殺してしまえばこの不毛なループは終わる。だが、背後で祈るように杖を握るリーズの震える肩を見ると、どうしても拳を振り抜くことができなかった。
── 紛れ込む「異物」
戦場の喧騒から少し離れた、避難民たちの馬車の影。 そこには、王都の崩壊からずっと一行に紛れ込んでいる一人の青年がいた。名はエイベル。物静かな筆写官だと自称し、食料の配分や荷物の整理を黙々と手伝う、影の薄い存在だ。
彼は、凄まじい音を立ててぶつかり合う翔太と騎士団の死闘を、微動だにせず見つめていた。 その瞳は、恐怖も、歓喜も、あるいは憎悪さえも宿していない。 ただ、深海のように底知れない無機質な「観測」の光だけを湛えている。
「……滑稽ですね。質量を持つ者が、質量の無い言葉に縛られている」
エイベルが小さく呟いた声は、誰の耳にも届かない。 彼の足元の影が、一瞬だけ、現実の物理法則を無視した非ユークリッド的な形に歪み、蠢いた。それは、この世界の魔力とも、翔太の持つシステムとも異なる、もっと古く、昏い「何か」の気配。
彼は懐から、奇妙な意匠が施された石の破片を取り出し、愛おしそうに指でなぞった。
── 聖騎士の奥義
「逃がさぬと言ったはずだ、異端の化け物め!」
騎士団長アルスが、ついにその「真価」を発動させる。彼の白銀の長剣が、目に焼き付くような純白の閃光を放った。
「太陽聖教奥義──『神罰の円環』!」
アルスを中心に、高熱を帯びた光の輪が放射状に広がる。それは周囲の酸素を焼き尽くし、接触するあらゆるものを分子レベルで分解する、不殺を貫こうとする者への最悪の回答。
「翔太さん、危ない!」
リーズの叫び。翔太は即座に彼女の前に立ち、 Lv. 20 の密度を高めた背中でその光を受け止める。
ジジジ、と翔太の肌が焼ける音がする。
「……っ、が……あッ!」
痛みと熱が脳を焼く。反射的に、翔太の右拳が黄金色のオーラを纏った。殺意ではなく、生存本能が「敵を消し去れ」と命じている。
だが、その視界の端に、避難民の中で静かにこちらを見つめるエイベルの、凍りつくような薄笑いが見えた気がした。
── 因果の歪み
「……ふざけるな」
翔太は、溢れ出そうになる暴力を無理やり内側に封じ込めた。 今、ここでアルスを殺せば、教団との全面戦争は避けられない。そして、生かされた騎士たちは、さらに増幅された憎悪を抱いて戻ってくるだろう。
「アルス……! お前の『正義』は、助けようとしている仲間まで焼き殺すのか!」
翔太の叫びに、アルスは一瞬だけ、周囲で自分の炎に巻かれかけている部下たちを見て、動揺を見せた。
その隙を突いて、翔太は地面を爆ぜるような速度で踏み込み、アルスの剣を、その「腹(平)」の部分から素手で叩き折った。
パァァァァァァン!!
「な、……馬鹿な。我が聖剣が、ただの素手で……!?」
折れた刃が宙を舞い、地面に突き刺さる。 アルスは衝撃で膝をつき、翔太の圧倒的な「質量」の前に沈黙した。
戦場に、気まずい静寂が訪れる。 勝敗は決した。だが、勝利した翔太の心には、泥のような後味が残っていた。
そして、馬車の影で、エイベルは満足そうに手記を閉じ、再び「無害な市民」の顔に戻って、傷ついた人々を助けるために駆け出した。その足跡は、なぜか鳥の爪痕のような歪な形をしており、すぐに砂埃に消えていった。




