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第46話:【聖女の背中と、不器用な誓い】

── 独白:泥濘の中に咲く一輪

焚き火の爆ぜる音が、静寂に包まれた夜のキャンプに響く。 翔太は一人、大きな岩に腰掛け、月光に照らされる自分の掌を見つめていた。 Lv. 20 。この手は今や、人の頭を林檎のように握りつぶし、巨大な石門を紙細工のように引き裂く力を宿している。


(……リーズ、あいつは本当にバカ正直だな)


ふと、彼女と初めて出会ったあの薄暗いダンジョンの光景を思い出す。 彼女は仲間に見捨てられ、絶望の淵にいた。その姿は、ブラック企業でボロ雑巾のように使い潰され、谷村や田中に冷笑されながら放り出された自分自身と嫌というほど重なった。


だが、彼女は違った。 見ず知らずの、それも薄汚い「デブ」だった俺を、彼女は自分の命も危うい状況で助けようとした。 この異世界は現実以上に過酷だ。奪い、殺し、踏みにじることが日常茶飯事で、倫理観なんて言葉はとうに死に絶えている。そんな地獄のような場所で、彼女だけは「無殺生」という、気が遠くなるほど険しい理想を貫こうとしている。


(……本物の『聖女様』みたいだ、なんて思っちまうな)


力さえあれば、全てを解決できると思っていた。 だが、どれだけレベルを上げても、彼女のような「折れない心」を俺はまだ持っていない。 ただ暴力を振るうだけの自分と、憎悪の連鎖を断ち切ろうとする彼女。


(俺も、もっと成長しないとな。筋肉のレベルじゃなくて……あいつの隣に立っても恥ずかしくない人間に)


── 夜風に溶ける感謝

「……まだ、起きていたんですか? 翔太さん」


鈴の鳴るような声がして、翔太は我に返った。 振り返ると、月明かりを浴びてリーズが立っていた。法衣は相変わらず汚れているが、その表情は昼間の戦場での悲痛なものではなく、柔らかい慈愛に満ちている。


「リーズか。ああ、少し考え事をしてただけだ」


「……あ、あの……ありがとうございます」


リーズは翔太の隣に、少し遠慮がちに腰を下ろした。


「何がだ?」


「私の……あんな我儘を聞いてくれて。本当は、皆を殺してしまった方が安全なはずなのに。翔太さんは、私の理想を守るために、いつも泥を被ってくれていますよね」


リーズは膝を抱え、夜空を見上げた。


「昼間、あなたに反対して……生意気なことを言いました。でも、あなたが人間の兵士を傷つけずに抑えてくれるたび、私は救われているんです。翔太さんは、私が知っている誰よりも……本当は優しい人だから」


その言葉は、翔太の心の奥底、かつて現実世界で否定され続けた「心」の部分に、温かな光を灯した。


── かなわない強さ

翔太は少し照れくさそうに鼻を擦り、小さく息を吐いた。


「……優しいなんて、そんなガラじゃない。俺はただ、効率を考えてるだけだ。リーズがいなくなったら、俺も困るからな」


「ふふ、またそうやって嘘をつく。……私、信じてますから。翔太さんと一緒なら、いつか本当の平和を見つけられるって」


眩しいほどの信頼を向けられ、翔太は苦笑するしかなかった。 彼女の放つ光が、自分の抱えている暗い情念を浄化していく。


「……はは、君にはかなわないよ。リーズ」


「えっ? 何か言いましたか?」


「いや、何でもない。……夜は冷える。もう寝ろ」


翔太は自分の大きな上着を脱ぎ、リーズの細い肩にふわりと掛けた。 Lv. 20 の熱が残る上着に包まれ、リーズは幸せそうに目を細める。


彼女を守ることは、いつしか翔太の「義務」ではなく「生きる意味」に変わっていた。 たとえ、その理想がどれほど現実を無視した険しい道であっても。


── 忍び寄る「聖なる刃」

二人の静かな語らいを見守る者は、星々だけではなかった。


キャンプから数キロ離れた街道。 逃げ延びた人間の兵士たちが跪く先には、純白の甲冑に身を包んだ一団がいた。 その中央に立つ一人の男が、月の光に剣をかざす。


「……獣人と手を組んだ、堕落せし聖女。そして、人の形をした化け物か」


男の瞳には、一切の迷いがない狂信的な正義が宿っていた。


「主の御名において、あのような異端は排除せねばならん。──我ら教団騎士団が、直々に『裁き』を下そう」

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