第42話:【深淵の熱帯夜と、招かれざる執着】
── 帰路の拒絶
高級レストランを出た後の、夜風が火照った肌に心地よい帰り道。駅前の街灯の下で、陽葵が立ち止まった。いつもなら「じゃあね」と手を振るはずの場所で、彼女は翔太のシャツの袖を、消え入りそうな力でギュッと握りしめた。
「……ねえ、翔太。今日は、帰りたくない」
潤んだ瞳が、街灯の光を反射して揺れている。その言葉の意味を、 Lv. 20 の肉体を得た今の翔太が聞き逃すはずもなかった。全身の血流が激しく脈打ち、本能が警鐘を鳴らす。
「……俺の家、まだ片付いてないぞ」
「そんなの、どうでもいいわよ……バカ」
陽葵の吐息が白く混じる。二人は吸い寄せられるように、翔太の狭いアパートへと向かった。
── 限界寸前の熱量
ドアを閉め、鍵をかける音が静かな室内に響く。照明をつける間もなく、二人の身体は暗闇の中で重なった。
「……っ、あ……」
陽葵の背中が冷たいドアに押し付けられる。目の前には、暗闇の中でも圧倒的な質量を感じさせる翔太の巨躯。 Lv. 20 の恩恵による凄まじい体温が、シャツ越しに陽葵へと伝わり、彼女の思考を焼き切っていく。
翔太の太い腕が陽葵の腰を抱き寄せ、もう一方の手が彼女の頬を優しく、だが力強く包み込んだ。以前の彼からは想像もできない、雄々しい雄の香りが鼻腔を突く。
「翔太……あんた、本当に熱い……身体が、岩みたいに硬いよ……」
陽葵の震える指先が、翔太の大胸筋をなぞる。鋼のような筋肉の起伏に触れるたび、彼女の指先に痺れるような快感が走った。翔太もまた、陽葵の柔らかな曲線と、彼女から立ち昇る甘い香りに理性が決壊しかけていた。
重なり合う唇。深く、貪るような口づけの中で、二人の呼吸は一つに混ざり合っていく。翔太の大きな手が陽葵の服の裾から滑り込み、繊細な肌を直接愛撫した。 Lv. 20 の指先は驚くほど鋭敏で、彼女の体温を、鼓動を、そして歓喜の震えをダイレクトに吸い上げていく。
「……陽葵、俺は……もう、止まれないぞ」
掠れた声で囁く翔太の瞳は、肉食獣のような鋭い光を宿していた。 陽葵は恍惚とした表情で首筋を晒し、彼の逞しい肩に爪を立てる。
「……止まらないで。あんたの全部、あたしに刻みつけて……」
ベッドへと崩れ込み、互いの衣類が乱暴に脱ぎ捨てられていく。剥き出しになった翔太の彫刻のごとき肉体が、陽葵の柔らかい肌に沈み込む。一線を越えるための最後の障壁が、今まさに崩れ去ろうとしたその瞬間だった。
── 凍りつく現実
ピンポーン! ピンポーン! ピンポーン!
静寂を切り裂くように、執拗で、不快なインターホンの音が鳴り響いた。 さらには、ドアを拳で叩く鈍い音が続く。
「おい! 高橋! 起きているのは分かっているぞ! 開けろ! 出てこいッ!」
その声を聞いた瞬間、翔太の脳内を支配していた熱情が、一気に氷点下まで冷え込んだ。 聞き間違えるはずもない。かつて自分を家畜のように扱い、今さっき「迷惑メール」に放り込んだばかりの男──谷村部長の声だった。
「……な、なによ……。誰よ、こんな時に……」
陽葵が乱れた呼吸を整えながら、恐怖と怒りが混ざった顔で翔太を見上げる。 翔太は無言でシーツを彼女の身体に掛け、怒りに震える拳を握りしめたまま、玄関のドアスコープへと近づいた。
スコープの向こう側には、額に脂汗を浮かべ、血走った目でドアを睨みつける谷村の醜悪な顔があった。
「高橋ぃ! メールを無視するとはいい度胸だ! 恩情で再雇用してやると言っているんだ、さっさと開けて土下座の準備をしろ! お前のせいで会社が……私のキャリアがどうなっているか分かっているのかッ!」
現実世界の卑屈な執着が、最高の夜を無慈悲に踏みにじった。




