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第37話:【鋼のスポンサーと、密室の距離】

── 覇王の支払、乙女の誤算

服屋での一件を終え、二人が向かったのは駅ビル内でも一段と高級な空気が漂う炭火焼きステーキハウスだった。


翔太はメニューをパラパラと捲り、迷うことなく店員を呼ぶ。


「この特選フィレ、400gを二つ。それとランプ肉のグリルを600g、あとサーロインも同じくらい。サイドメニューはブロッコリーをあるだけ、ライスは大盛りで三つお願いします」


店員が「……確認ですが、お一人でのお召し上がりでしょうか?」と聞き返す。無理もない。トータルで2キロ近い肉の山だ。


「ええ。あと、彼女の分は……陽葵、好きなの選んでいいぞ。今日は俺が出すから」


陽葵は目を丸くした。以前の彼なら、外食といえば牛丼屋かコンビニ弁当が関の山だったはずだ。


「ちょっと、翔太。ここ、結構いいお値段するわよ? あんた、無職になったばっかりでしょ」


「ああ。でも、前の会社を辞める時に退職金がそれなりに出たんだ。当分の生活費と、たまの贅沢くらいなら困らない程度にはな」


ブラック企業の過酷な残業代や未払い賃金が、退職時に一括で清算されたのである。翔太の通帳には、彼自身も驚くほどの額が振り込まれていた。


「……ふーん。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかしら」


陽葵は少しだけ顔を綻ばせる。 運ばれてきた肉を、翔太は猛烈な勢いで、しかし驚くほど綺麗に平らげていく。分厚い肉を噛みしめるたび、シャツ越しでもわかるほど逞しく動く咀嚼筋と、ナイフを握る太い前腕。


陽葵はその「男らしすぎる食事風景」を直視できず、付け合わせのサラダを小刻みに口へ運ぶしかなかった。


── ゲーセンの罠:逃げ場のないゼロ距離

食事を終えた二人が立ち寄ったのは、最新の機器が並ぶ大型ゲームセンターだった。陽葵の目的は、記念撮影のためのプリクラ機だ。


「え、俺も入るのか? 狭くないか?」


「いいから! ほら、中に入って!」


半ば強引に押し込まれた撮影ブースの中。そこは、想像を絶する密室だった。 Lv. 20のバルクを持つ翔太が一人入るだけで、ブースの空間が物理的に「埋まる」。そこへ陽葵が滑り込んだことで、二人の身体は必然的に隙間なく密着した。


翔太の分厚い胸板が、陽葵の肩に重なる。 密閉された空間に、翔太の清潔感のある男性的な香りと、陽葵の甘い香水が混ざり合う。


「……っ」


陽葵の心拍数が跳ね上がる。 目の前に広がるのは、白シャツを内側から弾き飛ばさんばかりの翔太の胸筋。そして、見上げれば以前の薄毛の面影など微塵もない、フサフサの黒髪に縁取られた逞しい横顔。


(陽葵の内心:なにこれ……近すぎて死ぬ。っていうか、翔太の身体、熱すぎじゃない!?)


一方、翔太は冷や汗を流していた。


(翔太の内心:狭い。絶対に狭い。俺の身体がデカすぎて、陽葵が壁際に押し潰されてる。顔を赤くして……きっと苦しいんだ。早く撮影を終わらせないと!)


── 加工の暴走

機械の指示に従い、いくつかのポーズをこなす二人。 撮影終了後、画像を確認するモニターを見て、二人は絶句した。


「……まぁ、なんということでしょう」


そこには、最新AI加工が「Lv. 20の覇王」を無理やり「今風の美男子」に落とし込もうとした結果、バグに近い奇跡が起きていた。


もともと精悍になっていた翔太の目は、加工によって少女漫画のようなキラキラとした巨眼に。岩盤のようだった顎のラインは、鋭利な刃物のように細く削り取られている。 圧倒的な筋肉の質量と、AIが施した「美白・小顔」のミスマッチ。そこに映っていたのは、もはや人間を超越した「究極の2.5次元生命体」だった。


「……なんだよこれ。俺、こんな顔してないだろ」


「あははは! 翔太、顎で人が殺せそうよ! 面白すぎるわ!」


陽葵がお腹を抱えて笑い転げる。その無邪気な笑顔を見て、翔太の緊張がふっと解けた。


「……まあ、陽葵が楽しそうならいいか」


「……えっ」


不意に、翔太が優しく微笑む。 加工機の中ではない、本物の、包容力に満ちた男の笑顔。 陽葵は再び顔を熱くし、落書きコーナーのタッチペンを握りしめたまま、逃げるように「デコり」作業に没頭した。


── 帰路、そして眠りへの誘い

「今日は、楽しかった。ありがとう、陽葵」


駅前で解散する際、翔太は今日一番のまともな顔で礼を言った。


「べ、別に。あたしも服選ぶの楽しかったし。……また、気が向いたら誘ってあげてもいいわよ?」


陽葵は繋いでいた腕を名残惜しそうに離し、手を振りながら夜の街へと消えていった。


一人、静まり返った自室に戻った翔太は、買ってきたばかりの服を丁寧に畳み、ベッドに横たわった。 退職金のおかげで金銭的な不安はない。陽葵との時間も、かつての引きこもり時代からは考えられないほど充実していた。


だが、目を閉じれば、あちら側の「リーズ」の悲鳴が耳の奥でリフレインする。


(……リーズ、俺はここだ。今度こそ、お前を助けに行く)


翔太は自身の肉体を包む心地よい疲労感に身を任せた。

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