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第33話:【部屋の温もりと、止まった時計】

逃げるようにスーパー銭湯から帰宅し、アパートの古びたドアを開ける。 反射的に、いつもの「ゴミの腐敗臭」に備えて呼吸を止めたが、鼻腔をくすぐったのは微かな石鹸の香りと、出汁の効いた優しい匂いだった。


「……え?」


電灯のスイッチを入れる。 そこには、数時間前までの「汚部屋」の面影はどこにもなかった。 床を埋め尽くしていたコンビニ弁当の空き殻やペットボトルは一掃され、万年床の布団も綺麗に畳まれている。


テーブルの上には、ラップがかけられた数品のおかずと、一枚の紙切れが置いてあった。


あんた、部屋が汚すぎて死体でもあるのかと思ったわよ。 とりあえず目につくゴミだけは出しておいたから感謝しなさいよね。


あと、最近のあんた、なんだか変よ。 急に筋肉質になったからって、調子に乗って変なサプリとか飲んでんじゃないでしょうね? せっかく部屋を綺麗にしたんだから、ちゃんと食べて栄養つけなさい。 別に心配してるわけじゃないんだから、勘違いしないでよね!


陽葵


「……陽葵か」


翔太は思わず苦笑した。 彼女なりのツンデレな気遣い。だが、今の翔太にとって、その「当たり前の優しさ」が、異世界での殺伐とした戦いで荒んだ心に、じわりと染み渡っていく。


── 服の着こなしと、自嘲の決意

陽葵が作ってくれた肉じゃがを頬張りながら、翔太は今日の「失敗」を反省していた。 あの銭湯の客たちの視線、そして帰り道のカップルの女が漏らした「恥ずかしい」という言葉。


(……やっぱり、このパーカーがいけないんだな。サイズはデカくても、筋肉でパツパツになって、変な不審者みたいに見えてるんだ。もっと普通の、街に馴染める服を探さないと……)


明日、服を買いに行こう。 そう決意したところで、ふと自嘲気味な笑いが漏れた。


「まあ、無職の俺にとっては、どのみち毎日が休日みたいなもんだけどな」


社会からドロップアウトし、部屋に引きこもっていた自分。 [Lv. 20] という圧倒的な力を得てもなお、現実の自分は「ただの無職」という肩書きから逃げられずにいた。 だが、今の自分なら、少しは外の世界へ踏み出せる気がした。


── 震える指先のSNS

翔太はスマートフォンを手に取った。 画面は埃を被っており、メッセージアプリの通知欄は数年間、陽葵からの小言以外で動いた形跡がない。


「……あいつを、誘ってみるか。一人じゃ、どんな服が『普通』なのかも分からないしな」


自分から誰かを遊びに誘うなんて、一体何年ぶりだろうか。 引きこもる前、まだ「普通の少年」だった頃まで記憶を遡らなければならない。 震える指先で、陽葵のアカウントにメッセージを打ち込む。


『明日、空いてるか? 服を買いに行きたいから、付き合ってほしいんだが』


送信ボタンを押した瞬間、心臓が異世界の魔物と対峙した時よりも激しく脈打った。 数分後、即座に既読がつく。


『えっ、急にどうしたの? あんたから誘ってくるなんて珍しいじゃない。 まあ、確かにあんたの服のセンスは心配だし、放っておけないわね。 いいわよ、明日付き合ってあげる。午前10時に駅前ね。 ……ちゃんと待ってるんだから、遅刻しちゃダメよ?』


相変わらずの口調だが、どこか弾んでいるような彼女の返信に、翔太は深く息を吐いてベッドに倒れ込んだ。 明日は、陽葵と二人で街へ出る。 その緊張と、依然として閉ざされたままの「異世界への門」に対する不安が、混ざり合って胸の奥で渦巻く。

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