第31話:【閉ざされた門と、鋼の休日】
現実世界の六畳間。 翔太が目を開けると、そこは見慣れたアパートの、シミのついた天井だった。 身体を起こそうとした瞬間、全身に凄まじい「重圧」を感じて顔をしかめる。異世界での激闘、そして【LV. 20】への急激なランクアップに伴う肉体再構築の代償だ。
(リーズ……! 大丈夫か!?)
崩落する王城、そして謎の光を放ち始めた装置。 あんな状況で彼女を一人残してきたことが、心臓を直接握られるように不安だった。翔太はすぐさま布団に潜り込み、固く目を閉じた。 この世界から異世界へ行くための唯一のトリガーは「眠ること」だ。
(頼む、寝ろ……! 戻らせてくれ……!)
必死に意識を闇へ沈めようとする。 数分後、意識は一度途切れた。普段なら、次に目を開けた時は異世界の土の匂いや空気を感じるはずだった。 しかし。
「……クソッ、なんでだ!」
数十分後、翔太が再び目を開けた先にあるのは、やはり現実世界の殺風景な壁紙だった。 何度試しても、ただの「昼寝」に終わってしまう。 深層のレベルアップによる干渉か、あるいはあの装置の影響か。今は異世界への門が完全に閉ざされているようだった。
── 異質な肉体と、街の喧騒
焦っても今はどうにもならない。 そう自分に言い聞かせて立ち上がると、足元の床板が「ミシッ」と悲鳴を上げた。 ふと自分の身体を見下ろし、翔太は絶句した。
「……うわ、なんだこれ。汚ねぇな」
数日間、異世界で命を懸けて暴れ回った結果、スウェットは返り血と泥、そして激しい汗がこびりつき、異様な悪臭を放っている。 鏡に映った自分の姿は、もはや別人だった。 かつての締まりのない脂肪は完全に消失し、代わりに鋼鉄を編み込んだような筋繊維が、肌を突き破らんばかりに盛り上がっている。
「……とりあえず、風呂だ。リーズのことは気になるが、このままじゃ動く気にもなれない」
サイズを間違えて買ったはずの特大パーカーを羽織り、小銭を持って外へ出た。
── 勘違いの往路
近所のスーパー銭湯へ向かう道中、異変はすぐに起きた。
「……え、ちょっと見て、あの人。ヤバくない?」 「格闘家かな? 肩幅、岩みたいなんだけど……」
すれ違う女子高生のグループが、頬を赤らめてヒソヒソと囁き合っている。 買い物帰りの主婦や、ジョギング中の男たちまでもが、思わず足を止めて翔太の後ろ姿を二度見していた。
だが、翔太の脳内は別の結論を導き出していた。
(……やっぱり、臭うよな。あんなに血と泥だらけだったんだし。みんな、汚いものを見る目であたふたしてるんだ。申し訳ねぇ……)
過去、ずっと「醜いデブ」として嘲笑の視線を浴びてきた翔太にとって、自分に向けられる強い視線はすべて嫌悪や嘲笑でしかなかった。 視線を感じるたびに、彼は俯き、周囲を刺激しないように足早に歩く。
「あの、すみません! 握手……」
一人の男が声をかけてきたが、翔太は「すみません、汚いんで!」と食い気味に断り、逃げるように角を曲がった。
圧倒的な覇王の風格を纏いながら、中身は怯える小心者のままの翔太。 そのギャップが、周囲には逆に「ストイックで近寄りがたい強者」としてのオーラをさらに増幅させていた。
── スーパー銭湯「極楽の湯」
ようやく目的地に辿り着く。 自動ドアを潜ると、受付の女性店員が翔太の姿を見た瞬間、持っていたペンをポロリと落とした。
「……い、いらっしゃいませ。……大人一名様、ですね?」
店員の視線が、パーカーから覗く翔太の分厚い首筋と、丸太のような腕に釘付けになっている。
「あ、はい。……あの、そんなに汚いですかね、俺。臭ったらすみません」
翔太が申し訳なさそうに尋ねると、店員は「えっ!? い、いえ! とんでもないです! むしろその、凄すぎて……!」と顔を真っ赤にして激しく手を振った。
(凄すぎて……引かれてるってことか。はぁ、早く洗おう)




