第30話:【終焉の咆哮と、昏き覚醒】
── 現実世界:侵食の共鳴
六畳間の湿度は、翔太の身体から立ち昇る異様な熱気で限界に達していた。 陽葵は、翔太の首筋から腕、そして胸元へと広がり始めた黒い紋様──「高純度濃縮神経毒」の侵食を、うっとりとした表情で見つめていた。
翔太、苦しい? 大丈夫、あたしがここにいるよ。あんたの身体に毒が回るなら、あたしが全部吸い出してあげたいくらい……。
彼女は、翔太の硬直した左手に自分の指を絡ませた。感覚のないはずのその手が、微かに、しかし強烈に陽葵の手を握り返す。 翔太の胸の鼓動は、今や壁一枚隔てた隣人にも聞こえそうなほど激しく、不規則に打ち鳴らされていた。現実と異世界の境界が、翔太の肉体を触媒にして、壊れる寸前の楽器のように共鳴していた。
── 異世界の王城:泥濘の意地
崩落し続ける玉座の間。 「影の牙」頭領は、全身の毛細血管を破裂させながら、その瞳に凄絶な執念を宿していた。 彼の脳裏に、消したはずの過去が濁流となって溢れ出す。
名前も、親の顔も知らない。 ゴミ溜めで生まれた瞬間から、世界は彼に牙を剥いた。 這いつくばり、泥を啜り、生きるために他人を殺し、殺すために自分を削ってきた。 天賦の才能も、システムという名の恩寵も、何一つ与えられなかった。 目の前に立つ「怪物」のように、ただ歩くだけで理をねじるような力は、彼には一度も微笑まなかった。
理不尽だ。この世界も、お前という存在も……!
頭領の声は、喉を焼かれた獣のような掠れ方だった。 彼は自身の心臓に、魔導短剣の柄を叩き込んだ。 心拍数を限界を超えて強制励起させ、全エネルギーを「一撃」に変換する暗殺奥義。
俺の人生の全て──数万回の殺人と、数億回の絶望を込めて、お前を連れて行くぞ、化物ッ!!
頭領の周囲に、霧状の鮮血が舞い上がる。 彼は音を置き去りにした。 ただの突きではない。 空間そのものを削り取り、標的の分子構造すら破壊する、命を代償にした極点の一撃。
── 限界突破の激突と、崩壊
翔太の身体が、真っ赤に熱を帯びた。 神経毒の影響で、視界は二重三重に歪み、内臓を直接握りつぶされるような痛みが全身を駆け巡る。 だが、その激痛が、翔太の生存本能を極限まで呼び覚ましていた。
目の前の男は、手加減などという傲慢を許してくれる相手ではない。 ここで自分の全てを解き放たなければ、確実に死ぬ。 翔太は、麻痺した左半身さえも「絶対質量」の重りとして使い、全霊を右拳に乗せた。
悪いな。……お前の地獄を笑うつもりはない。だが、俺にも帰る場所があるんだ!
翔太の脳裏に、現実世界で自分を待つ陽葵の、あの執着に満ちた瞳が浮かぶ。
ドォォォォォォォォォォンッ!!
頭領の「命を賭した突き」と、翔太の「全てを乗せた右拳」が真正面から衝突した。 爆圧が玉座の間を粉砕し、城の天井が夜空へと吹き飛ぶ。 衝撃波は王都全域を震わせ、数キロ先の城門までを揺るがした。
静寂が訪れる。
頭領は、翔太の拳を胸に受けたまま、立った状態で事切れていた。 その表情には、すべてを出し切った者特有の、薄い満足感が浮かんでいる。 システムに依存せず、己の腕一本で「最強」の片鱗に届いた、一人の人間の意地だった。
[レベルが上昇しました:Lv. 15 → Lv. 20] [ミッション完了:王都を支配する牙を粉砕しました。]
翔太は、動かなくなった頭領に一瞥をくれ、そのまま糸が切れたように膝をついた。 右腕の骨は軋み、首筋の神経毒は容赦なく彼の意識を刈り取ろうとしている。
リーズ……。
翔太の声は、途切れ途切れだった。 彼はリーズに手を伸ばそうとしたが、指先が触れる前に、意識が真っ暗な闇の中へと沈んでいった。
彼がその場に崩れ落ちると同時に、玉座の下──城の最深部にある「古の装置」が、翔太が放った絶大な「質量エネルギー」を吸い込み、異様な光を放ち始めた。




