第22話:【傲慢の障壁と、絶対的な力】
霧の向こうにそびえ立つ「白銀の塔」は、月光を反射して冷酷なまでに美しく輝いていた。 ヴァルハイト家の象徴であるその塔の周囲には、幾重にも重なる魔法陣が青白く明滅し、空気そのものを拒絶するような静謐な威圧感を放っている。
リーズの足取りが、わずかに鈍った。 彼女にとってその塔は、温かな家などではなかった。地下の暗い実験室、冷たい石床、そして自分を「出来損ない」と呼ぶ親族たちの蔑んだ視線。その全てが凝縮された、呪いの象徴だった。
「……高橋さん。あの塔を覆うのは『絶魔の三重結界』です。並の魔導師では、触れるだけで魔力を吸い尽くされ、灰になります」
リーズの声は震えていた。 だが、その震える手を、翔太の大きく熱い掌が包み込んだ。
「灰になるのは、その結界の方だ」
翔太は前だけを見据えていた。 現実世界で摂取した過剰なエネルギーが、彼の肉体の中で「高密度の魔力」へと昇華され、常に外部へと漏れ出している。 彼が歩を進めるたび、周囲の草木がその重圧に耐えかねて平伏し、空間が「ミシミシ」と音を立てた。
「侵入者を確認! 警告なしに排除せよ!」
塔のバルコニーに陣取った上級魔導師たちが、一斉に杖を掲げた。 瞬時に、天空から巨大な「極光の槍」が数条、翔太めがけて降り注ぐ。
[危険感知:高エネルギー反応を確認。] [防御スキル:『金剛の呼吸』を展開。]
ドォォォォンッ!
雷鳴のような轟音が響き、翔太の周囲で激しい爆炎が上がった。 リーズが息を呑み、土煙の中を凝視する。 魔導師たちが勝利を確信し、冷笑を浮かべたその時――。
「……少し、熱いな」
煙の中から、無傷の翔太が悠然と歩み出てきた。 彼の周囲では、高密度の魔力が物理的な壁となって、極光の槍を霧散させていた。 スウェットの裾が少し焦げた程度。その下の、鋼鉄を練り上げたような肉体には、かすり傷一つついていない。
「な、なんだあの怪物は……! 防御魔法も唱えずに、ヴァルハイトの秘術を耐えただと!?」
魔導師たちが狼狽し、次なる大規模魔法の詠唱を開始する。 だが、翔太は彼らに二度目のチャンスを与えるつもりはなかった。
「リーズ、しっかり掴まってろ」
翔太はリーズを横抱きにすると、地を蹴った。 爆発的な推進力。 彼は「道」を行くのではない。 最短距離――すなわち、幾重にも張られた「絶魔の結界」に、真正面から突っ込んだのだ。
バリバリバリィィィッ!
空間を割るような不快な音が響く。 結界が翔太の魔力を吸い取ろうとするが、逆に彼の内側に秘められた「圧倒的な質量」に耐えきれず、結界の基盤である魔法文字が次々と砕け散っていく。 それはまるで、鋼鉄の巨球が薄いガラス細工を粉砕しながら突き進むような、蹂躙の光景だった。
[結界の強制突破を確認。] [パッシブスキル:『反逆者の領域』が敵の魔力を吸収し、自身のエネルギーへ変換します。]
「……壊れる。結界が……一人の男の突進だけで……」
リーズは、翔太の腕の中でその奇跡を目撃していた。 彼女を縛り、絶望させてきた名家の威光が、翔太がただ「歩く」だけで瓦解していく。
やがて翔太は、塔の巨大な白銀の正門の前に降り立った。 重厚な魔導合金で作られたその門は、軍隊の攻城槌ですら数時間は持ちこたえると言われている。
翔太は静かに右拳を引き、腰を落とした。 彼の周囲の空気が一瞬で収縮し、絶対的な静寂が訪れる。
「……どけ」
[アクティブスキル:『重力衝突』最大出力。]
拳が門に触れた瞬間、音は後からやってきた。 爆圧が塔全体を激しく揺らし、白銀の門はひしゃげたアルミ缶のように中へと吹き飛んだ。 内部にいた守備兵たちが、その衝撃波だけで壁まで吹き飛ばされ、意識を失う。
翔太は土煙を払いながら、ゆっくりと塔の内部へと足を踏み入れた。
「リーズ、行くぞ。……お前を捨てた奴らは、この上にいるんだな?」
「……はい」
リーズの声は、もう震えていなかった。 彼女は今、世界で最も安全な場所にいる。 そう確信しながら、彼女は翔太の隣で、誇り高く前を見据えた。




