第18話:【名家の烙印と、静かなる誓約】
現実世界の朝。 木戸たちが逃げ去った後のアパートには、嵐の後のような静寂が残されていた。 翔太は、ひしゃげたドアのノブを無造作に直し、椅子に深く腰を下ろした。
「……翔太。あんた、本当にもう大丈夫なのね」
陽葵が、震える手で淹れたてのコーヒーをテーブルに置く。 彼女の目は、翔太の顔から離れなかった。かつての肥大した面影は消え、そこにあるのは彫刻のように無駄のない、精悍な「男」の貌だ。
「ああ。……少し、騒がしくして悪かった」
翔太がコーヒーカップを手に取る。その拍子にスウェットの袖が捲り上がり、鋼のように硬く練り上げられた前腕が露わになった。 陽葵は思わず息を呑む。 ただコーヒーを飲むという日常の仕草さえ、今の翔太が行うと、猛獣が休息をとっているかのような圧倒的な絵力があった。
「……あんたが強くなるのは、嬉しいわよ。でも、なんだか凄すぎて……あたし、置いてかれちゃいそうで、ちょっと怖いかな」
陽葵が冗談めかして笑うが、その瞳には本気の寂しさと、それを上回るほどの熱烈な憧憬が入り混じっていた。 翔太は、陽葵のその小さな手の上に、自分の大きな掌をそっと重ねた。
「置いていかない。……俺を信じてくれたのは、お前だけだったからな」
その言葉に、陽葵の顔が爆発したように赤くなる。 かつての優しさに、今の強さが加わった翔太。その「全肯定」に、陽葵の心臓は再び、壊れそうなほどの鼓動を刻み始めた。
一方、異世界の深い森の奥。 翔太が現実世界での「過去」を一つ断ち切ったことで、彼の精神はより研ぎ澄まされ、それはこの世界の肉体にも劇的な変化をもたらしていた。
「高橋さん……。体調は、いかがですか?」
木の洞の中で、リーズが心配そうに翔太の顔を覗き込む。 翔太が目覚めた瞬間、彼女は彼の瞳に宿る光が、以前よりも深く、鋭くなっていることに気づいた。
「大丈夫だ。それよりリーズ、お前の家系のことを教えてくれ。……王宮魔導師と言ったな」
翔太の問いに、リーズは暗い影を落とした。 彼女の家系――「ヴァルハイト家」は、この国でも屈指の魔導の名門だ。しかし、彼らが求めているのは「血統の純度」と「効率的な兵器」としての才能のみだった。
「私は……彼らにとって、磨き損ねた石ころのようなものです。魔力回路が歪んでいる私は、名門の看板を汚す『不浄』として、最初からいなかったことにされました」
今回の迷宮送りも、身内が差し金となって仕組んだ「体裁の良い処刑」だった。 リーズは自嘲気味に微笑むが、その瞳には隠しきれない絶望が滲んでいる。
「そうか。……なら、壊してやるよ」
「え……?」
翔太が静かに立ち上がる。 彼が動くだけで、周囲の空気が重圧を伴って震えた。
「お前を捨てた家系も、お前をゴミ扱いした王家も、全部だ。……お前は、俺を護ろうとした。なら、俺がそいつらを全部踏み潰してやる」
翔太の言葉には、復讐心というよりも、もっと純粋な「意志」が宿っていた。 社会から、そして世界から爪弾きにされた者同士。 現実世界で陽葵に支えられた温もりが、この世界ではリーズを守るための冷徹な刃へと変わる。
「……高橋さん。私、あなたについていきます。どこまでも」
リーズは、翔太の逞しい背中に向けて、静かに、しかし生涯で最も強い決意を込めて告げた。 名門の称号も、家系の誇りも、今の彼女には不要だった。 ただ、目の前のこの「怪物」の隣にいること。それが、彼女が選んだ新しい自分の居場所だった。
[宿主の決意を確認。] [ユニークスキル:『反逆者の領域』が開放されました。]




