第14話:【蹂躙の鉄槌と、冷徹な慈悲】
異世界の深い森。 月明かりの下で、翔太の素手に握られた騎士の長剣が、歪な音を立ててひしゃげていく。 現実世界で陽葵が作ってくれた「スタミナ炒め」の熱量が、今、魔力と筋力へと完全に変換され、全身の細胞を爆発的に活性化させていた。
「な……貴様、素手で王宮支給の鋼を……!?」
騎士が驚愕に目を見開く。 だが、その視界から、翔太の姿が掻き消えた。
重力の加護を受けた爆発的な踏み込み。 次の瞬間、翔太の拳が騎士の腹部へ突き刺さっていた。
「が……はぁっ!?」
分厚い鉄の胸当てが、まるで紙細工のように陥没する。 衝撃波が騎士の背中へと突き抜け、背後の大樹を数本なぎ倒しながら、その身体を森の奥へと吹き飛ばした。
「……あ、あぁ……」
地面に転がされたリーズが、呆然と、しかし縋るような瞳でその光景を見つめていた。 彼女が必死に守ろうとしていた「動かぬ石像」は、今や迷宮の主をも凌駕する「暴力的なまでの守護者」へと変貌していた。
「おい、次だ。……リーズを蹴ったのは、どいつだ?」
翔太が低く呟く。 その一言が、残された二人の騎士の心臓を凍りつかせた。 彼らの目には、翔太の巨躯が、物理的な大きさを超えて「死」そのもののように巨大化して見えていた。
「ひっ……化物め! 構えろ、こいつは人間じゃない!」
騎士たちが震える手で剣を構え直すが、翔太はそれを鼻で笑うことさえしなかった。 彼はただ、静かに一歩を踏み出す。 そのたびに、足元の腐葉土が衝撃で弾け、重圧が空気を押し潰す。
[パッシブスキル:『威圧』が発動。] [敵対個体の全能力値にデバフを付与します。]
「くるな、くるなあああッ!」
正気を失った一人が闇雲に剣を振り下ろす。 翔太はそれを避けることさえせず、鋼の密度を増した左腕で受け流した。火花が散り、剣が手元から弾き飛ばされる。 返す刀ならぬ「拳」が、騎士の兜を、中身ごと粉砕した。
生き残った最後の一人が、腰を抜かして後ずさる。
「ま、待て……! 助けてくれ、我々はただ、命令に従っただけで……!」
「命令か。……あいつをゴミ扱いして、殺そうとしたのも命令か?」
翔太の瞳に、現実世界で陽葵が見せてくれた「信じている」という光が微かに過る。 自分を信じてくれる者がいる。守るべき者がいる。 それだけで、彼にとってこの異世界は、ただの悪夢から「戦い抜くべき現実」へと変わっていた。
翔太は、這いつくばる騎士の首根っこを掴み、そのまま虚空へと放り投げた。
森に静寂が戻る。 翔太は荒い息を吐きながら、ゆっくりとリーズの元へと歩み寄った。
「リーズ……。遅くなって、悪かったな」
彼は無骨な手で、リーズの頬にこびりついた血と泥を拭った。 現実世界での陽葵の熱を、まだその指先は覚えている。 リーズは、その手の熱さに触れた瞬間、張り詰めていた緊張が解けたように、翔太の胸に顔を埋めて泣き崩れた。
「……高橋さん、私……私は……っ」
「いい。何も言うな。……お前は、俺を守ろうとしたんだろ」
翔太はリーズの細い肩を、壊れ物を扱うように優しく抱き締めた。 この国からも、家族からも見捨てられた魔導師の少女。 かつて自分もまた、社会から見捨てられた「何者でもない男」だったからこそ、彼女の孤独が痛いほど分かった。
[緊急クエスト:『追跡者の抹殺』完了。] [経験値を獲得。……レベルが上昇しました。]
レベルが上がる。 それは、現実世界に帰ったとき、さらに「怪物」に近づくことを意味していた。 だが今の翔太にとって、その力は呪いではなく、二人の女性を守るためのたった一つの「牙」だった。
「……行こう。ここはもう、安全じゃない」
翔太はリーズを軽々と横抱きにし、深い闇が支配する森の奥へと歩みを進めた。




