第13話:【温もりの食卓と、血に染まる森】
現実世界の台所から、じゅうじゅうと肉が焼ける音と、醤油の焦げた香ばしい匂いが漂ってくる。 陽葵が手際よく作ったのは、あり合わせの野菜と冷凍肉を炒め合わせた、山盛りの「特製スタミナ炒め」だった。
「はい、お待たせ! とりあえずあるもの全部使ったから、冷めないうちに食べなさい」
テーブルに置かれた大皿を前に、翔太は我を忘れて箸を動かした。 口に放り込むたびに、枯渇しかけていた細胞一つひとつが歓喜の声を上げ、熱を取り戻していく。かつての「ただ食べるのが好きだった自分」とは違う。今の彼は、生存するために、そしてこの鋼の肉体を維持するために、猛烈な勢いでエネルギーを吸収していた。
「……うまい。生き返る」
「ふふ、そんなに喜んでもらえると、作り甲斐があるわね」
陽葵は、自分の分は用意せず、翔太が食べる姿をじっと見つめていた。 咀嚼するたびに動く鋭い顎のライン。スウェットの肩口を押し上げるほどに盛り上がった僧帽筋。 かつては、ただ「大きいな」と思っていた背中が、今は触れることさえ躊躇われるほど、完成された「雄」の魅力を放っている。
「……ねえ、翔太。あんた、なんだか……少し遠くに行っちゃったみたい」
ふと、陽葵が寂しげに呟いた。 翔太は箸を止め、少しだけ視線を上げた。
「遠く……?」
「そう。身体だけじゃなくて、雰囲気っていうか。……あたしが知らないところで、あんた、すごく怖い思いとか、大変なこと、してきたんじゃないかって。そんな気がするのよ」
陽葵の直感は正しかった。 翔太が今、この温かな食卓にいられるのは、異世界の泥濘の中で、自らの魂と肉を削り取って「レベルアップ」してきたからだ。 彼は、何も言わずにただ力強く、陽葵の作った料理を胃に流し込んだ。
一方、その頃──異世界の深い森。
「ぐっ……、ああぁッ!」
リーズの悲鳴が、冷たい夜気に響いた。 彼女が放った必死の氷結魔法は、騎士の分厚い鎧に弾かれ、逆に反動で彼女の魔力回路を焼き、その場に崩れ落ちさせた。
「無駄だと言っただろう、リーズ。回路が歪んだ不浄の魔導師に、我ら王宮騎士の盾を破れるはずがない」
騎士の一人が、冷酷な足取りで近づく。 その手には、月光を反射して青白く光る剣が握られていた。 騎士の背後には、依然として死人のように動かない翔太の巨躯が横たわっている。
「……ど、いて……。その人に、触るな……!」
リーズは鼻から血を流しながら、這いつくばって騎士の脚に縋り付いた。 自らの家系を誇りに思う心は、とっくに壊れていた。 ただ、自分という絶望を「連れて行く」と言ってくれた、この眠れる怪物を守りたい。その一念だけで、彼女は指先を泥に染めた。
「汚らわしい。手を離せ、ゴミめ」
騎士が忌々しげにリーズを蹴り飛ばす。 彼女の小さな身体が森の腐葉土の上を転がった。
騎士は、眠り続ける翔太の喉元に剣の先を突き立てる。
「さて。まずはこの『豚』の首を貰い受ける。王女殿下への良い土産になるだろう」
「やめ……て……! 逃げて、高橋さん、起きて……!」
リーズの絶叫が森を震わせた、その瞬間。
[現実世界でのエネルギー補給、完了。] [宿主の意識、転送を開始します。……同期率100%。]
騎士の剣が、翔太の皮膚に触れる直前。 それまでピクリとも動かなかった「丸太」のような腕が、雷光のような速さで騎士の剣身を掴み取った。
「……あ?」
騎士が呆然と声を漏らす。 剣は、翔太の素手に握られ、一ミリも動かなくなっていた。 翔太が、ゆっくりとその瞳を見開く。
その眼光は、現実世界で陽葵に向けていた優しさは微塵も存在せず、ただ自分たちの獲物を屠る「捕食者」の冷徹な光を宿していた。
「……お前ら、誰の許可得て……あいつに触れてるんだ?」
翔太の身体から、凄まじい熱気が吹き出した。 彼が起きた瞬間、周囲の空気が物理的に重くなり、騎士たちの膝がガクガクと震え始める。




