これからどうするの?
ルゼリアの家に戻った健司とセリーヌは、静かな客間に身を落ち着けていた。夜の帳が下り、外では木々が風に揺れている音だけが聞こえる。
ルゼリアは席を外していて、室内には健司とセリーヌの二人だけが残っていた。セリーヌは窓の外をぼんやりと眺めながら、ふいに口を開いた。
「……ねぇ、健司。これからどうするの?」
その問いには、明確な意図が感じられた。ただの未来に対する問いではない。彼女の瞳は、何かを見極めるように、健司の横顔を見つめていた。
健司はその視線に気づいていたが、すぐには答えなかった。代わりに、静かに息を吐き、テーブルの上に置かれた花瓶の中の花を見つめた。
「……正直、まだよく分からないんです。でも、少なくとも今は、2人でいるかな、って思っています。」
「2人で……?」
セリーヌは眉をひそめる。健司の言葉に含まれた意味を、彼女なりに探ろうとしているようだった。
「ルゼリアと?」
健司は頷いた。
「はい。彼女の心に触れて、少しだけでも、寄り添えた気がしたんです。だから……彼女が望むなら、傍にいてあげたいって、そう思いました。」
セリーヌは目を伏せた。そして、自分の膝の上で両手を組み、静かに唇を噛んだ。心の奥にある複雑な想いが、その仕草に滲んでいた。
「あなたが来るまで、あの子はずっと孤独だった。私には分からなかった何かが、あなたには見えるのかもしれないわね。」
健司はセリーヌの言葉に感謝を込めた微笑みを返した。
「でも、あなたも……彼女を想ってる。それは、よく伝わってきます。」
「当たり前よ。ルゼリアは私の大切な人。あの子が苦しんでるのに、何もできない自分が……ずっと悔しかった。」
その声には、かすかに震えがあった。セリーヌは一瞬、言葉を止め、やがて自嘲気味に笑った。
「水の魔法なんて、こんなときには役に立たないのね。」
「そんなことないと思いますよ。」
健司は優しく言った。
「誰かを想う気持ちがあるなら、それはちゃんと伝わります。あなたの言葉も、態度も、きっと彼女の支えになってる。」
セリーヌは目を見開いた。
「……どうして、そんなふうに言えるの?」
「僕も、同じだったからです。昔、信じていた人たちに裏切られて、それでも誰かを信じたいと思って、今ここにいます。」
「……あなたは、やっぱり変わってるわね。」
そう言って、セリーヌはふっと微笑んだ。だが、その瞳の奥には、まだ迷いの色が残っている。
「ねぇ、健司。あのとき……私が本気であなたを傷つけようとしたとき、なぜ怒らなかったの?」
健司は少し黙ってから、まっすぐに彼女を見た。
「あなたが、誰かを守ろうとしてるって分かったからです。」
「……っ」
その言葉に、セリーヌの瞳が揺れた。彼女は一瞬、言葉を失い、うつむいた。
「私……ずっと、自分の力が人を傷つけるだけだと思ってた。だからこそ、先に攻撃して、自分が傷つかないようにしてたのかもしれない。」
「それでも、あなたは守ろうとしてる。ルゼリアさんも、自分自身も。」
セリーヌは顔を上げ、健司を見つめた。彼の目に浮かぶ真剣な光に、なぜか胸が締めつけられた。
「あなたって……本当に不思議な人。」
「よく言われます。」
健司は照れくさそうに笑った。その笑顔に、セリーヌの心が少しだけ軽くなったような気がした。
ちょうどそのとき、ドアが静かに開き、ルゼリアが戻ってきた。
「お待たせ。」
彼女の姿を見て、セリーヌはそっと立ち上がった。
「私はもう寝るわ。……2人とも、あまり遅くならないように。」
そう言って、セリーヌは微笑みを浮かべたまま部屋を出ていった。
彼女の背中を見送りながら、健司は小さく呟いた。
「……ありがとう。」
それは、彼女がくれた理解と、彼女自身の変化に向けた感謝の言葉だった。
ルゼリアはその言葉の意味を察したのか、静かに微笑みながら健司の隣に座った。
そして、夜は再び静けさに包まれていった。