スキル【検索】は当てにならへん
「ケン〜! これ食べれるか見て」
紫色の実がたくさんなっとったから、ひとつちぎって目の高さでブラブラさせる。
しゅっと目の前に出てきた光る画面。
文字っぽいなんかが書いてあるけど。
「読まれへんっつってるやん。読み上げてぇな」
いちいち言わなあかんの、ほんまめんどくさい。
もう三日も経つんやから、ええかげんなんつーかもうちょっと気ぃ利かへんもんかな。
『ファリアムの実。アミサード地方によく見られる。実は食用』
「あ、食べれるんか。ラッキー」
ぽいっと口にいれて噛んだ瞬間。
『ただし酸味が強く生食には不向――』
「酸っっっぱ!!!」
吐き出してもまだ舌がビリビリしとるんやけど?
『――はアミサード地方の特産品となっている』
こっち無視して続けんといて。
いくらスキルやゆうたって、もうちょいなんとかならん?
なんか異世界転移ってやつをしたらしく。ある日突然まったく知らん場所に来てた。
そこでキラキラした人型が説明してくれたんやけど。
私は【検索】ってスキルが使えるんやって。
検索って……あれやんなぁ……。
さすがにその名前で呼ばれへんし。
検索くんやと長いから、ケンて呼ぶことにしたんやけど。
すっかり私がケンて呼ぶんが起動の合図になっとるな。
なんかスキルもレベルが上がるらしいから。ケンもそのうちもっと使い勝手よくなるんかもな。……知らんけど。
それはええとして、もうほんまにお腹すいたんやけど。
なけなしの旅道具は用意してもろたけど、携帯食ももう尽きるし。いいかげんどっか人の居るとこ着かな死んでまう。
「ケン〜。言ってた町まであとどんくらい? あ、読み上げてな〜」
『ここからヤハスまでは約二十八リッター』
「ちょー待ち、リッターて何?」
『リッターは長さの単位です』
転移補正で言葉は通じるようにしてくれたんはええねんけど、単位とかは無理やったらしく。
いきなしわけわからんこと言われんねん。
こないだ時間聞いたらメッターとか言いよるし。
なんやねんメッターて。距離ちゃうねんから。
ほんで距離がリッターって。ややこしいっちゅうねん。そんなら水の量はミニッターとかゆうんちゃうやろな。
「ケン、水の量の単位は? 読み上げてな」
会話の間が空く度にいちいち読み上げろ言わなあかんのほんまどうにかなれへんかな。
『水の量を表す単位はオスロムです』
「なんでこれだけ全然ちゃうねんっ!」
せめてッターで揃えるやろフツウっっ!!
もうツッコむところ多すぎてしんどいねんけど。
話も進まんし。
そんなこんなで、結局ヤハスって町までは時間やと約四十六メッターかかるって言われてんけど。
一メッターが何分かわからんねんから、どんなけかかるかもわからんまま。
日暮れまでには着く言うとったから、今日中にごはんにはありつけると思うねんけど。
まぁ、歩くしかないんかなぁ……。
やっと着いたヤハスの町。
何時間かかってん? わからへんけど、四十……なんぼやっけな、言われたリッター……ちゃうくてメッターああもうややこしいわ。水の単位揃えんで正解や。もう覚えてへんけど。
まぁ五分や十分やなかったっちゅうことやね。
字は読めへんからケンに聞きつつ宿屋を見っけて。
やっとこさありついたごはん食べて。
旅道具ん中に入っとったお金は、ケンが言うには三泊すんのがせいぜいらしいし。
はよ仕事見っけて稼がんと。
異世界で私に何ができるんか。ここに来るまでに、ケンにこの世界のことを聞きまくって決めといた。
ギルドで調査職に就く。
戦闘は無理やけど、調査やったらこのスキルも役に立つかもしれんしな。
そんで向かったギルド。
もちろん字ぃ書けへんから、登録書はケンにお手本表示してもらって写して。
やっぱ字ぃくらい覚えなあかんかな。
覚えんのもめんどくさいけど、このままもめんどくさいしな。
まぁ生活できるようになんのが先やけど。
受付のおねえちゃんからひと通り説明聞いて。
早速調査職用の依頼をひとつ受けることにした。
依頼内容は薬草の採取。まぁよくあるやつやな。
めっちゃ似とる雑草があって。見分けんのがややこしい分報酬もええってこと。
それんしても、薬草はギフェナシで雑草がエフェアリて。名前逆やろ。なんで薬草が偽でナシやねん。ほんでなんで雑草がアリやねん。
単位もそうやけど。こっちの言葉わかっててふざけてつけとるとしか思えんわほんま。
まぁそれは置いといて。
私にはスキルがあるしな。余裕余裕。
場所は町を出たとこの草原やから近いし。上手いこと行ったら今日中にちょっとは稼げるかもしれん。
草原に出て、それっぽい葉っぱの前でしゃがんで。
特徴を描いた絵はもろてるけど、ほんま微妙な違いやねんな。薬草の方は雑草よりちょっとしゅっとしてるんかな、くらい。
目で見分けんのは慣れなあかんやろけど、私はケンに聞けばええもんな。
「ケン、これは? 読み上げてな」
『ギフェナシ、薬草』
「よっしゃ。次これは?」
『ギフェナシ、薬草』
「お、またか。じゃ、次これ」
『ギフェナシ、薬草』
「ツイとんな。今度こっち」
『ギフェナシ、薬草』
「ホンマか? 引きよすぎひん? 群生地か?」
五本見つかったら上等言われとってんけど。もう四本やねんけど?
……ちょっと離れたとこのんちぎってみよか。
「……ケン、これは?」
ああもう、続けて言わんかったからって画面開くなて。ほんま融通利かへんな。
「読み上げてて」
『ギフェナシ、薬草』
……いやおかしいやろ。
五連続て、宝くじ一等くらいの運のよさやない?
検索は今まで紙に書かれたことのある情報の中から目的のもんについて引っ張り出しとるだけで、鑑定のスキルと違て対象を分析できるわけやない。
要するに私が資料を見て調べてんのと変わらんっつーことやねんな。ただその資料の量と見るスピードがどえらいだけで。
「ケン、これギフェナシやんな? 読み上げてな」
『これはエフェアリです』
「これは?」
『これはギフェナシです』
「お前さっきエフェアリ言うたよな??」
見せる角度変えただけで結果変わるてなんやねん?
ふざけんのも大概にせぇやっ!!!
聞く度に変わる結果にイラつきながら、一日かけてなんとか二本見っけたけど。
ほんま当てにならんわ、ケンのやっちゃは。
報酬もろて宿に帰ろうとしとったら、エントランスのホールのでっかい壺に気ぃついた。
緑と青の間みたいな、綺麗な色。のっぺり一色やなくて、ところどころで青が勝ったり緑が勝ったり、濃淡があって。
なんか深い水とか覗いてる感じやな。さっきまでイライラしとったんが落ち着いてくるわ。
台座のとこになんか書いてるプレートあるけど、もちろん読めへん。
「ケン、これ読んで」
『アミサードの伝統工芸サラトリ。ヤハスの名工ダーサイン作』
壺やけどな。
ほんで名工、名前もうちょいなんとかならんかったんか……。
「いい壺でしょう?」
「ぅわっ」
急に声かけんなや。びびるやろ。
いつの間にか人のよさそうなおっちゃんが隣に立っとるし。
「えと、はい。すごく綺麗な色ですね。水の中にいるみたいで。見てるとなんかすっと入ってくるってゆうか、落ち着くような気がします」
お世辞やないのは伝わったんかな、おっちゃんなんか嬉しそうや。
「ありがとうございます。作者のダーサインは私の父なのです。……もう亡くなってしまいましたが」
息子さんやったんか。そら褒められたら嬉しいわな。わかるわかる。
「この不均一な色が特徴で。こんなに美しい模様はなかなか出せるものではないのですよ」
嬉しそうに語るおっちゃん。
お父さんの壺、大好きなんやなぁ。
「確かに素人の私でもわかるくらい、なんか不思議な色してますね。えっと、あなたも職人さんなんですか?」
「ええ」
「じゃあお父さんの後を継ぎはったんですね」
なんやおっちゃん急にしゅんとしはったけど。
私なんか変なこと聞いたんか?
「……どうかしはったんですか?」
「……実は……」
おっちゃんが言うには、お父さん、おっちゃんに技を引き継ぐ前に急に亡くなってもうたらしく。おっちゃんにはお父さんのみたいなんが作れへんままやねんて。
「ギルドを通して鑑定もしていただいてわかったこともあったのですが、それだけではどうにも……」
「お父さん、メモとか残してはらへんのですか?」
「昔は色々書きつけた手帳を持っていたのですが、家中探しても見つからず。きっともう身体に染み付いているので見ることもないだろうと処分したのでしょうね」
おっちゃん、もう目に見えてしょんぼりしとる。
「見て覚えている限りを試してみましたが上手くいかず、今となっては幻の技法です」
ふぅっと息をついて、おっちゃんは壺を見た。
「私が未熟なばかりに失われてしまって。本当に父に申し訳ないことをしました……」
お父さん、急に亡くなりはった言うてたもんな。きっとおっちゃんに継いでもらいたかったやろなぁ。
って、ちょっと待ち。
書いてる可能性があるんやったら、検索できるかもしれへんやん!
おっちゃんにスキルのことを説明して、手伝わしてって言った。
おっちゃん半信半疑やったけど、素人が知るわけもない標準的な釉薬のレシピをスラスラ言うもんやから信じてくれはったみたい。
あとは家で、って。夕飯ごちそうしてくれることになった。
案内されたおっちゃん家で、おっちゃんの作った壺見せてもろたけど、色は同じやけどのっぺりしとるかなんかわざとらしく斑か。
一般的なんはのっぺりしたやつなんやって。
まぁこれも綺麗やけどな。
奥さんが私の分もご飯作ってくれとる間に、おっちゃんと色々試してみてんけど。
ケンの画面も声もおっちゃんには見えへんし聞こえへんらしい。
私が画面丸写しするのはヒマかかりすぎるから、ケンが読み上げたんを私がおっちゃんに言って、それをおっちゃんが書き起こすことになった。
ひとまずケンが読み上げてくれたんをおっちゃんに伝えたけど、これはごくごく一般的な作り方やねんて。
「ケン、サラトリの技法について書かれとるんってどんくらいある? 読み上げて」
『該当数は約三十八億二千六百四万件です』
あかん。無理やそんなん。
どうにか絞らな話にならんわ。
「じゃあ、サラトリの壺を濃淡つけて塗る方法は?」
『該当数は約八千七百二十一万件です』
「なんでそんなにあるん?」
『サラトリはアミサード全域で製作される陶器全般を指し、北部メルメル地方では赤茶色の濃淡をつける技法が一般的に使われる』
えらいかわいらしい地名やな。
おっちゃんに聞いてみたら知ってはって。もちろん試してみたけど、色が赤黒く変わってしもたらしい。
うーん、あかんか。
知りたいんはおっちゃんのお父さん、ダーサインさんの技法やねんから……。
「ケン。ダーサインさんが書いたサラトリの技法……ってある?」
ああもう。読まれへん言うとるやん!
「読んでて」
『該当数は五百十三件です』
まっ、まだ多い、けど!!
なんとかなりそうか??
おっちゃんに話したら、できたら全部書き起こしたいって言われた。
お父さんの遺せんかったもん。ちゃんと引き継ぎたいんやて。
その間はここに泊まらしてくれて、ご飯も出してくれて、ギルドにも正式に依頼として連絡して報酬も出すから言うてくれた。
もちろんそれもありがたいけど。何よりほんまに嬉しそうなおっちゃんの顔見といて断れるわけないからな。
そっから毎日おっちゃんと奥さんと娘さんとがかわりばんこで私の読み上げる資料を書き起こしてった。
延々長いやつがあると思たら、ほんのひと言の走り書きみたいなやつまで色々で。
結局全部書き起こすまで十二日かかってもうたけど。
書いた資料抱きしめて泣きそうなおっちゃんと。
そのおっちゃんを涙ぐんで見つめとる奥さんと。
そんなふたりを嬉しそうに見とる娘さん。
そんな三人を見とったら、声ガラガラになってもうたんもどうでもええ。
あんま当てにならんスキルやけど。
役に立ててほんまよかった。
おっちゃんは今から順番にお父さんの残した技法を試してみるて張り切っとった。
読み上げてもちんぷんかんぷんやったけど。あん中にちゃんとあるとええな。
おっちゃんが報酬弾んでくれたから、懐はだいぶあったかい。
せっかく転移したんやし。
ほかんとこにも行こっかな。
「ケン! ここから一番近いおっきな街ってどっち?」
ああもう懲りんなお前も私も!!
「ええかげん言わんでも読んでや!」
『ここから一番近い大きな街はシューマウンター、方角は――』
わからんことだらけやし。
役に立つんかわからんスキルしかないけど。
まぁ、気楽にいこか。
お読みくださりありがとうございます!
実はチートなスキル【検索】、失われた古書でも閲覧不可の禁書でも、本当は調べ放題なのですが。
使う本人がお気楽なので、まっっったく本来のチートを発揮できません。
宝の持ち腐れなのですが。
その分平和、ですね。