純子は幸せ者
純子は三つ年上の姉がキライです。
「純子には多すぎるから食べてあげる!」
おやつの時間になると、姉面をして純子の分まで食べてしまうからです。
純子が不満を訴えると、えらそうに小言を言うので腹が立ちます。
純子は、五つ年下の弟がキライです。
「これ、ほしい」
純子のお気に入りのおもちゃを欲しがって、持って行ってしまうからです。
純子が不満を訴えても、お姉ちゃんなんだから我慢しなさいと言われるので腹が立ちます。
純子は、自分の祖母がキライです。
「ちょっと手伝ってくれないかい」
姉も弟もいるのに、純子にばかり用事を押し付けるからです。
純子が不満を訴えると、両親まで出てきて怒られるので腹が立ちます。
純子は、自分の母親がキライです。
「どうしてアンタはそんなに冷たいの」
一生懸命やっているのに、純子の頑張りを認めてくれないからです。
純子が不満を訴えると、わざとらしく泣きだすので腹が立ちます。
純子は、自分の父親がキライです。
「……そうか」
いつも黙っていて、自分の欲しい言葉をかけてくれないからです。
純子が不満を訴えても、頭をかきながらどこかに行ってしまうので腹が立ちます。
純子は、自分の友達がキライです。
「えー、それはスミちゃんが悪いよ!」
当事者でもないくせに、勝手な解釈で純子を悪者にするからです。
純子が不満を訴えると、勝手に距離を置くのも腹が立ちます。
純子は、自分の旦那がキライです。
「そんな事を言っても仕方がないだろう」
自分のことを理解してくれると思って結婚してやったのに、全く見当違いの事ばかりするからです。
純子が不満を訴えれば、一億倍にして言い返してくるので腹が立ちます。
純子は、自分の子供がキライです。
「ママ、ひどいよ……」
子供は親のことを優先するのが当たり前なのに、純子を蔑ろにするからです。
純子が不満を訴えるたび、顔色を窺うようになって腹が立ちます。
純子は、自分に関わってくる人がキライです。
「もう少し、感謝の心を持ってみてはいかがですか」
「とてもいい娘さんだと思いますよ」
「ご主人の気持ちを考えてみたらどうですか」
「どこも悪くありませんね、ただの気のせいです」
「すみませんが割引はできかねます」
「では、解約ということでいいですね」
「解約してしまったので何もできませんが」
「新規契約しないとダメですね」
「契約金を払ってもらわないと無理ですね」
「こういうシステムなんですよ」
「それは無理です」
「どなたか他にご家族は?」
年寄りは大切にするのが当たり前なのに、純子の話を聞こうともしないからです。
純子が不満を訴えても、何一つ解決せずに逃げ出すので腹が立ちます。
純子は、姉も、弟も、祖母も、母親も、父親も、旦那も、子供も、他人も、すべて排除しました。
おやつを盗られなくなり、宝物を奪われなくなり、面倒なことを押し付けられなくなり、わざとらしい涙を見せ付けられなくなり、気に入らない顔を見なくてよくなり、憎たらしい人に会わなくて済むようになり、気の利かない奴らと縁を切り、自由で快適な暮らしを手に入れました。
純子を阻害するものはどこにもいません。
純子には、不満を訴える誰かはいません。
「どうして自分ばかり」
「どうして自分がこんな目に」
「どうして自分はこんなにも不幸なのだろう」
純子は、一人ぼっちで不満を訴えています。
自分一人が暮らす、快適な場所で、常に不平不満を口にしています。
黙っている時は、ただただ恨みの言葉をノートに綴っています。
純子は自分を不幸せだと言います。
純子は自分を不幸せだと言い続けています。
純子は自分を不幸せだと言い続けていくことでしょう。
純子は幸せ者だと思うのですが…、それは、私だけでしょうか?