泥臭い手のひら、綺麗な手のひら
「で、何からするの? 私はどんなのでもどんとこいだよ!」
「そんなに気合い入れなくても、いきなり変な事はしないって。でも、そうだなぁ……」
イチャイチャと一言で言っても、今までそう言った経験がなかった為に俺と梨花はいきなり躓いていた。
俺は勉強に、梨花はソフトボールに学生生活のほとんどを捧げていたのだから当たり前だ。
それだと言うのに、梨花は妙に自信満々だ。どこからその自身が湧いてくるのだろう。俺と同じで、未経験だと言うのに。
そんな中で俺はスマホでとある事について調べていた。
───『イチャイチャ』についてを。
スマホは便利だ。手軽になんでも調べられるのだから。
そう、恋愛事情についても、だ。
そして調べた結果、俺たちにとっておきの『イチャイチャ』が見つかったのだった。
それが何かといえば
「ひとまず、手を繋いでみるっていうのはどうだ?」
『手を繋ぐ』事だった。
手を繋ぐ事にも色々な段階があるみたいだが、今回行う予定のものは『シェイクハンド』、いわゆるスタンダードな手繋ぎである。
その参考画像を梨花に見せると
「ん? そんな簡単な事でいいの?」
妙にあっさりしていた。
「まぁ、手始めにって感じだよ。……もしかして嫌だったか?」
梨花があまりにもあっさりし過ぎていたので、俺は不安になってしまい顔色を伺い始めてしまった。
が、その不安は的中していた。
「嫌って事じゃないよ! ただ……その……」
「その? どうしたんだ?」
「手マメが、ね?」
「あー……そういう事か」
梨花から左手を見せられて俺は合点がいった。
どうやら、自分の手がゴツゴツしている事を気にしているようだ。
その手のひらからは梨花が如何にソフトボールに打ち込んできたかがはっきり伝わってくる。
カチコチしたマメに、まだ少し柔らかいマメ。赤黒いマメに真新しいマメ。
さまざまなマメが彼女の左手に宿って離さない。
それが俺にはとても魅力的に思えて───
「ね? 女の子らしくないでしょ?」
「……確かに、女の子らしい手ではないかもな」
「だからさ、別の方がいいんじゃないかなって……」
「で、それがどうかしたのか? 俺は梨花がどんな手をしていても気にしないぞ?」
思わず俺はさっきまで以上に彼女の左手を包み込む。
「ほ、え……?」
あまりに突然の事だったのだろう。気の抜けた声を出す梨花。
そんな彼女が、少しマヌケでそれでいて可愛らしくて、もう少しこの表情を見ていたいとさえ、思えた。
そう考え、俺は自分の右手を梨花の方へと差し出し、そのまま口を開く。
「というか、昨日まで練習漬けだったんだから手マメだらけなのは当たり前だと思うぞ? 俺だって、ペンダコ出来てるしな」
「本当だ、手のひらはプニプニなのに、中指に固いのが出来てる。ちょっと意外……」
「意外ってなんだ意外って。俺だって、梨花に負けないように勉強だけでもって頑張ってるんだよ……って、いつまで手を触ってるんだ?」
「いや、ゴメン。なんか、こう……大和のマメが新鮮で、つい」
ふにっ、ふにっと俺の手のひらに自らの人差し指を押し込む梨花。
その表情はとても楽しそうで、くすぐったい手を引っ込められる気がしなかった。
仮に引っ込めた場合、『どうしてもっと触らせてくれないの!?』と癇癪を起こされる気がしたのもある。
が、『俺のマメが新鮮』って言うのが少し引っかかった。
「新鮮って、梨花の手にだってあるだろ?」
「いやぁ……私のは泥臭いからさぁ……」
「だからどうした? それが梨花の頑張ってきた証だろ?」
マメに新鮮も何も無いだろう、日常的にそう思っていたからだ。
そんな俺の言葉に、納得できているのか頷く梨花。しかし、その表情は少し赤く───
「それはそうなんだけどなんか、こう……大和に言われると、嬉しいというかなんか、ムズムズするよ」
思わず、ドキッとしてしまった。
梨花の普段見せない表情に。
突然の美しさに。
そして、彼女が“女の子”であると自覚させられた事に。
そんな事を意識した途端、急激に緊張感が走ってきた。
鼓動が早くなる。握られた手のひらが熱くなっていく感覚がある。手のひら越しに胸の鼓動が彼女の知られてしまう気がしてしまう。
「で、でもまぁ、梨花がそこまで言うなら、別の事でも……」
打って変って臆病になった俺は、さっきまでの心配を一切気にせず差し出した右手を勢いよく引っ込めた。
気づけば、特別に熱くも無いのに汗が出ている気もしてくる。
そんな時、梨花はゆっくりと口を開いて声を出すのだった。
「───ううん、やろう大和」
「……今なんて?」
「手、繋いでみよう! 大和と手、繋いでみたい!!」
顔を赤らめたまま、自分の気持ちを前面に出した声を。