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いつもとは違う朝食2

「ご馳走さま」

「はいよく食べました」

 少々苦い朝食を食べ終わり手を合わせていると、先ほどまでリビングのソファーでゴロゴロしていた梨花が、いつの間にか向かいの席に座りニコニコと微笑んでいた。

 まるで自分の作った料理を息子が美味しく食べてくれて嬉しい母親のような表情で。

 おかしい……。俺が作った料理なのになぜか梨花が作ったように錯覚してしまいそうだ。

 おそるべし母性力!これが彼女としての母性力だと言うのか!!

 なんて事を考えていると、食器を片付ける間も無く、腕を引っ張られソファーの元に引き寄せられる。

「さ、イチャイチャしよ!」

「はいはい、分かってるよ」

 少しだけいつもより凹んでいるように感じるソファーに、さっきまで梨花が思う存分くつろいでいたのを感じてしまう。

 そんな些細な事に過敏になっている自分が少しばかりキモチ悪く思えた。

 自意識過剰な自分を表に出さないべく、少しばかり気を引き締めて返事をする。

「む、なんでそんなに投げやりなのさ!」

 けれど言葉遣いを少しばかり間違えてしまい、梨花を怒らせてしまった。

 しまった。刹那にそう思ったが、彼女の表情を見る限り起こっているわけではなさそうだ。

 その証拠に、グイグイと体を押し付けてくるのだから。

 ……正直、梨花は自分がどれだけ可愛くて魅力的な女の子なのかを自覚して欲しい。

 彼氏らしい事未だに出来てないけど、これでも一応俺、男なんだぞ……。

 腕越しに感じる女性特有の柔らかい肌。ほんのり感じる温もり。そして少しだけ荒い梨花の息遣い。

 これらが俺に男を自覚させてくる。

 それでも俺はなんとか、“男”を押し殺して正直な気持ちを言葉にした。

「投げやりってわけじゃないよ。ただ、さっきも言ったけど俺、何していいか知らないんだよ」

 さっきは梨花の豪快な腹音で中断してしまったが、今回はきちんと話す事が出来て少しほっとした自分がいた。

 正直、梨花にどんな反応されるのか怖かったが、何も言わないのも気が引けたのだ。

「あー言ってたね。でも、大丈夫だよ大和!」

 実際の梨花の反応は、こんなにも軽いというのに。

 それどころか、「私に任せて」と言わんばかりに胸を張るのだから、危うく惚れてしまいそうだ。……いや、もう既に惚れているんだった。

 そんな男顔負けの誇らしげな表情の梨花に、惚れ直していたのも束の間───。

「私もやり方分からないから!!」

「……は?」

 一気に現実に引き戻される感覚に襲われた。

「え、今なんて? 分からない?」

 俺は落ち着くように自分に言い聞かせながら、梨花に事情を伺ってみた。

 けれどそんな俺のことなど気にせずに、梨花は真顔であっさりと答える。

「うん、全然分からないよ? だって大和が初めての彼氏だもん」

「だもんって、そんな胸張って言う事じゃ……」

 ノー、と。

「え、大和は嫌じゃないの? 私が大和に隠れて、誰かとイチャイチャする練習していたら」

 どうやら梨花にも言い分があるようだった。しかもそれは、俺のことを考えての言葉。

 そんなことを聞かされたら俺の答えなんて一つしかなくなってしまう。

「ものすごく嫌に決まってるだろ」

 ノーである。

 彼女が俺の知らない場所で誰かと予行練習? どこのエ○ゲーだよ。

 絶対に嫌だし、許せない。

「梨花とイチャイチャするのは俺じゃなきゃ嫌に決まってるだろ」

 だったら、分からないまま俺に迫ってくれる方がいい。節度は守って欲しいとは思うけれど、それはそれだ。

 ソファーに座ったばかりの時の密着度は下がったとはいえ、未だに腕は組まれたままで、ドキドキしたままの俺を無視して梨花は再び胸を張る。

「でしょ? だから私は間違ってません! えっへん!!」

「別に間違っているなんて言ってないんだけどなぁ……」

 細かいツッコミを入れながら俺は彼女に笑いかけた。同時に、ちょっとした疑問が湧き上がる。

「でも、だからっていきなりイチャイチャって……普通はデートとかじゃないのか?」

 経験はないとはいえ、ある程度の男女の付き合いのセオリーは知っている。

 例えば、“初めてのデートは個室を避ける”など。

 そんな中で、付き合いこそ高校入学して間もない頃からあるが、交際内容としてはほぼ無いに等しい俺と梨花にとって、いきなりイチャイチャはハードルが高いのではと、思ってしまうのである。

 しかし、梨花は頑として“イチャイチャ”を譲らない。

「だって、手帳に書いてあったんだもん」

「手帳……?」

 ポソリと梨花の拗ねた言葉が漏れ出ると同時に、彼女のカバンから出された手帳が可愛らしいもので少し驚いてしまった。

 そのまま渡された手帳の表紙には『一年生の私から、引退後の私へ』と書かれていた。

 そして俺は梨花に促されるまま、ページをゆっくりとめくっていく。

 一枚一枚、紙を捲る度に梨花が如何に真剣にソフトボールに向き合っていたのかが伝わってくる強い筆圧の文字が目に入る。

 その中で、一ページだけ内容が他のと違うものがあり、それが梨花が見せたいものとすぐにわかった。

 甘酸っぱい筆圧で『部活が終わったら、思う存分大和とイチャイチャしたいなぁ……』と書かれていたのだから。

 そんな可愛らしい一面を見せる彼女からの要望に勝てるはずもなく───。

「ね? だから早く、しよ?」

「あぁ……して、みるか!!」

 俺は覚悟を決めたのだった。

 梨花とぎこちないながらもイチャイチャする覚悟を───。


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