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story:5

「おはよう、義朗さん! 昨日はよく寝れたかい!?」


落ち着きのある空間の中ではかなり浮いてしまうぐらいの、満面の笑みではつらつと挨拶をしてきたクラスメート。長身に癖毛のある茶色混じりの髪が特徴的だ。彼は義朗のことを知っている素振りだが、本人は相手のことを知らない。当然の如く、義朗は困惑気味に聞き返した。


「うおお? あんたぁ、誰かいの? 凜の友達かぇ?」


「もぉ、冗談きついってば、義朗さん! 萩庭の連れの來太よ、夜海來太!」


「う、おおぅ?」


冗談もなにも、本当に彼のことは知らないのだ。義朗は肩を竦め、言葉に詰まった。ただ、このままでは今後会話をする上で噛み合わなくなりそうなので、義朗はかまを掛けるようにして向こうから見た凜との間柄について確認する。


「ちょっと待て。わし、あんたと知り合うたとき、凜の何じゃあ言うたかいの?」


自分なりに熟慮して考えたが、結局こんな不自然な訊き方しか出来なかった。これでも会話として展開するには無理がある。可笑しなことになるのは、すでに目に見えていた。しかし來太は相手の質問を噛み砕き、それに応じた返答を紡ぐ。


「んんー? 萩庭の遠い親戚だろ? 前そういうふうに聞いたで?」


遠い親戚、どうやらクラスメートたちからはそのような認識で周知されているらしい。娘夫婦や孫と認識が違うのは、話がややこしくなるのを避けるためか。多少無理がありそうな制約だが、黄泉に戻るまでの辛抱だろう。


「凜の遠い親戚……。そうか、そうじゃったのぅ。すまんの」


「えーよ!」


傍らに立つ凜に視線を送りながら、義朗は來太と話を合わせた。彼への呼び方については名前か苗字か、とりあえず向こうは“義朗さん”と呼んでいたので、こちらも“來太”と呼ぶと心中で決め込む。次いで來太は、凜に絡んだ。


「萩庭は今日は来るの早いな! どしたん? 珍しく早起きでもしたん?」


いつもはギリギリの時間帯に登校してきている凜だからこそ向けられる問い掛けだった。すると凜は、余裕をかました態度でへらへらと言い返す。


「まぁねぇ、私でもやる時はやるし、たまにはねぇ」


毎日今ぐらいの時間に来れば、1年次の時のように遅刻が続くこともないであろう。2年次が始まってからも朝は滑り込みセーフなことが多いので、いつ遅刻してもおかしくはない。だからこそ、今回の程々のタイミングはまた望ましいことではある。


「でも聞いてや、昨日は夜中の2時半ぐらいにコンビニ行ってそれからなんやかんやしよったけん3時間も寝てないんよ!」


「え? なに? ここにきて寝てない自慢? しかも夜中の2時半って普通に補導対象じゃん!」


「……自慢じゃないし! それに出た時は親も一緒だったわ!」


昨夜の出来事を語る凜に、それについて揚げ足を取るように相槌を打つ來太。一連の会話を見ていても、2人の仲の良さが窺える。そんな、孫とその友人のやり取りが何処か微笑ましく見えて、義朗は間に入ろうとはせずただ見守った。


次いでこちらに振り返った凜は、改めて義朗の席へ案内する。同時に、彼女からの呼称に引っ掛かりを覚えた。


「あー、そういえばじいちゃんの席はあそこね?」


たとえ若返ったとしても、義朗が凜の祖父であることには変わりはない。しかし、学校という環境でも同じ呼び方をしていれば不思議に思う生徒も居るのではなかろうか。その疑問には、來太からの質問によって解消された。


「てか何でじいちゃんなん? どっちかっていうと兄ちゃんじゃね? 顔も兄妹かって思うぐらいそっくりだし」


「元々の喋り方がじいちゃんに似とるけぇよ、それでそう呼ぶようになったっていうだけね?」


「あぁー、そういうこと」


つまり学校では渾名として呼ばれているのだと。凜の返答に納得し、來太は大きく頷いた。彼女に便乗し、來太も軽い調子で義朗に言い寄る。


「じゃあ、俺も今度から義朗さんのことはじいちゃんって呼ばせてもらおうかな!」


「お前を育てた覚えはなぁで?」


義朗の最もな突っ込みが入れられたのもさることながら、そのまま自身の席に向かう。教室の中央寄りの席だ。奇遇なことに、凜の席のちょうど真横だった。新しいクラスになってすぐであるがゆえの、出席番号順の並びによる恩恵だ。


「うおお、凜は隣だったんかいの」


「そうだよー? これからいつ席替えがあるかは分からないけど、当面はよろしくねー?」


「うおおぅ、」


左右で向かい合うかたちで言葉を交わす義朗と凜。もしかすると、それこそ黄泉からの援助によって席替えしても近くになったりするのではないかと思いながらも、義朗は何気無く机の中へ手を入れる。そして、早速黄泉からの支援物資が届いていた。


「ん? なんね? こら」


授業で使う教科書類が、全てある。家を出る前は凜のものを共有してしばらくしのごうと思っていたが、その必要はなくなった。どおりで机に鞄を置いた際に重い感触があったわけだ。しかもご丁寧にクラス番号や名前まで綺麗な字で書かれている。


「…………この歳になって人に自分の持ち物に名前を書いてもらうとは思わんかったわい」


誰に向けたわけでもない独り言を呟き、義朗は静かに噴き出す。脳裏に浮かぶのは、妖狐の面を被った黄泉の案内人だ。手厚い仕送りに感謝しかない。案外今でも、向こうからこちらが見えている可能性もある。


死後の世界の住民に対する思いを巡らせている義朗の一方、凜は自身の席に荷物を置いた後にクラスメートの女子生徒のもとに歩み寄っていた。


「おはよー、美遥。今日の部活の勧誘はじいちゃんが一緒にやってくれることになったからねー」


美遥と呼ばれた女子生徒は席に座った状態で顔を上げ、元々見ていたスマホの画面から視線を外す。おしとやかな風貌をした黒髪のボブカットが特徴的な彼女は、淡々とした口調で凜に言葉を返す。


「ほんまに? それはありがとうと言っておかなきゃだね」


無表情で答える様が、凜の友人でもあり同じ部活のチームメートでもある洲堂美遥の冷静さを際立たせる。容姿端麗な上に立ち上がれば長身が窺えることから、クールビューティーと呼ぶに相応しい。


美遥はユーザーの胸中の呟きを短文で投稿するSNSを閲覧していたようで、凜はそれについて言及する。


「あっ、ちょうど今おはよう投稿してたとこ?」


「いや、しないよ。そもそも私はしない派だから」


自身のアカウントをフォローしているユーザーに向けて朝の挨拶を呟きとして投稿したのかと訊いた。凜もそのSNSは利用しているが、ほとんど情報の収集や拡散の用途で使っている。どちらかといえば、SNSは写真をメインで投稿するもののほうを好む。


「なるほどね! 私もしない!」


「しないもなにも、凜は浮上すらしてこんじゃん」


「まぁ、私は見るだけだからねぇ」


一応、凜のアカウントもフォローしているようだった。また、写真をメインで投稿するSNSも互いにフォローし合っているので、そちらでダイレクトメッセージでやり取りをすることもある。それで間に合っているからこそ、ラインはあまり見ない。


2人の会話を隅で聞いていた義朗は、タイミングを見計らって割って入った。


「うおお、あんたかいね。生徒会のなんとやらで勧誘に来れんていうのは」


「うん。代わりにやってくれるんよね? ありがと」


短く礼を言われ、義朗は小さく頷き返す。口元しか動いていないような無機質な振る舞いをする美遥を前にしても、義朗はペースを崩さない。更に話しを続けたのは、美遥のほうだった。以前からの疑問を、彼女は問う。


「そういえば凜と夏宮って遠い親戚なんよね? どれだけ遠いんか知らんけど、ある程度いったらもはや他人じゃん。そういう気まずさはないん?」


再びスマホに視線を戻しながら訊く美遥。傍から見れば今の義朗と凜は祖父と孫ではなく、一つ屋根の下で暮らす年頃の男女に見えるのだろう。本来なら人目も気になるであろう事柄に対して、義朗はきっぱりと答える。


「他人? そんなこたぁなぁよ! どれだけ離れとっても大事なま……、身内じゃい!」


一瞬孫と言いかけたが、ギリギリ軌道修正した。大胆に告げた言葉に凜は照れた様子で爆笑し、訊いた本人である美遥は尚も冷静さを貫いたまま首肯する。そのつもりはなくとも、態度だけ見ればあまり興味が無さげだった。


やがて教室内に担任の教職員が入ってきて、朝のホームルームに移行する。生徒たちは各々の席につき、そのままつつがなくホームルームを経て10分休憩を挟み、午前中の授業に臨んだ。


授業は1時間目から4時間目まで全て座学であり、皆一様に静かに各教科の内容を聞いていた。ただしそれはまだ新学期が始まったばかりなため、生徒たちも教科担当も様子見だからである。今の新体制が当たり前となれば、教科しだいでは私語が目立つようになったり内職をしたりする者も出てくるのだ。曰く、私語が酷い時には休憩時間よりも喧しいらしい。


そして4時間目の授業が終わって昼休憩に入ると、義朗はすでに疲れ切った様子で右隣の席に居る凜に声を掛ける。


「うおお、おおぅ……。やっと昼か……、わしはもう疲れたで……」


学校の授業など久方振り過ぎて感覚を忘れていた。始めのうちは現役の頃のように勉強が出来ると思い前向きな姿勢で取り組んでいたが、後になるにつれて退屈さが出てきたのだ。集中力を主とした気力が、枯渇寸前である。


「くああ、私もだよ……。メッチャ眠かった……」


授業中は睡魔に苛まれていたものの、休憩に入った瞬間に眠気が晴れるとはどういう皮肉か。凜は大きなあくびを一つして、両手で自身の顔を拭う。昨夜の寝不足が祟り、授業の内容はほぼ頭に入っていない。ほとんど話が左から右へ流れていった。重くなった瞼に力を込めながら、なんとか意識を保っていられたのだという。いや、保っていられたかどうかも怪しい。


「凜も途中落ちてたしね」


朝の時点のように、スマホの画面に目を向けたままの美遥が指摘してきた。やはり知らずのうちに寝落ちしていたらしい。気が付いたら落ちていたというパターンか。


「マジでぇ? ヤバいねぇ」


「そりゃあんたぁ、さっき寝たようなもんじゃったしの。ほんまになんじゃあゆてぇ2時頃にコンビニなんて行ったんね」


義朗のごもっともな突っ込みに何も言えず、凜は適当に頷いて話を黙殺する。いずれにせよ、睡眠と規則正しい生活の重要性はよく分かった。現に今でも身体の火照りもあるため、いつ体調を崩してもおかしくはない。


「ところで凜さ、今日昼どうすんの? 私は弁当があるからこっちで食べようと思うけど」


「えっ?」


昼休憩ということで、皆が昼食を取る時間でもある。美遥からの問い掛けに、凜は思い出したように目を見開いた。そういえば昨夜は昼食までは買ってきていなかったし、弁当も作っていない。ならば消去法で、答えは一つに絞られる。


「食堂行こうかな?」


ついでに義朗へ学校の中を案内するのにもちょうど良い機会になるだろう。飯は無くとも金はあるので、まさに一石二鳥な具合で都合が良い。美遥は意識だけを2人に向けたまま、凜と義朗を見送る。


「そう。人が多いと思うから、気を付けて行ってきなよ?」


「はーい。ありがと、美遥」

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