story:4
黄泉から戻り一夜が明けた早朝、夏宮義朗は萩庭凜とともに自身等が通う高校に向かっていた。現在時刻は7時45分前後を示し、通勤通学ラッシュの路面電車に揺られる。そのため乗客の半分以上は、凜たちと同じ灰色の上着のブレザーの制服に身を包んだ高校生ばかりだった。
まだ着慣れない制服に違和感を覚えながら、義朗は現時点での自分と孫の同志たちをぐるりと見回す。
「なーんか、同じような顔ばっかじゃのぅ。さてはみな兄弟かぁ?」
同じデザインの服を着て、年相応の面構えの若者ばかりが目立つため、ついそんな感想が漏れ出る。見知った相手が居ないからこそ思ったことだろうか。凜は義朗の意見を汲み、当たり障りのない相槌を打った。
「じいちゃんからしてみたらそう見える? もしかして、前に言ってたアイドルはみんな同じ顔に見えるっていうそれかな?」
生前の義朗は、かつてそういった極端な見方を述べていたらしい。対する義朗は、やや大袈裟なリアクションで返答した。
「うおお、凜もよう覚えとんな! 確かにそんなことを言ったこともあったのぅ!」
車両の中の客は多めというだけであって満員ではないため、普段通りの声量で喋る。いつかの記憶を刺激され、義朗は嬉しそうに頷いた。対する凜は、祖父に同調してから主張を言う。
「言った言った! でもね、私はそうには見えないかな? ちょっとでも見慣れてくれば、じいちゃんにも違って見えてくると思うよ?」
こればかりは慣れも関係してくるのか。アバウトな見え方も、少しでも生徒たちをよく見ていれば明確になってくるであろう。4月になって新入生も入ってきているので、凜も多少は理解出来る感覚だった。
「ほうね、違って見えてくるね。あとあれじゃのう、ほとんどの奴がマスクをしとる」
「あぁ、あれは感染症対策だね。最近は電車とかバスとかに乗る時はマスクをつけるのをよく言われるよね」
「みんなちゃんとしといて偉ぁじゃなぁか」
不織布マスクを着用している乗客を見渡して、その行いについて言及した義朗と凜。体調管理に対する意識の高さが窺えた。義朗たちのようにマスクをしていないほうが、逆に目立ってしまうぐらいである。
会話が休題し、また新たな話題を凜から振った。
「今さー、メッチャ目が冴えとんじゃけど分かる? あんま寝てないけん絶対眠いと思ったんじゃけどそうでもない?」
結局、義朗と再会してコンビニから帰ってきたあとにしばらくして寝たが、その睡眠時間は3時間にも満たなかったという。寝不足も著しい。しかしながら、その割に睡魔も来ないため、起床した際に少しばかり拍子抜けしたらしい。
「分かるで、凜。わしも向こうに行ってから眠気がないんよ」
「向こうってのは死んだ後に行った場所ってこと? ちょっとその話も聞かせてよ?」
「うおおぅ、ええぞ? まず、わしが向こうで見たのは虹色の空と白黒の草とかでのぅ、身体も軽ぅなっとって疲れもなかったんじゃ」
「虹色の空? それでそれで?」
黄泉の国について、凜は興味深々に義朗の話に聞き入る。誰もが平等に、いずれは死を迎える以上はその先のことに興味を引かれるのは至極当然か。傍から見ればオカルトな話をしていると、路面電車は学校の最寄り駅に到着した。
続々と生徒が降りていく中で、凜と義朗も彼等の後についていく。下車する際は、非接触型の電子カードを用いた定期券で運賃の精算を行うため、あらかじめすぐに対応できるように凜は鞄からそれを出して用意する。
「うおお、わしそれ持ってないで? どうしようかのぅ?」
そういえば、と凜も思い出す。義朗の電車賃を払う段取りが頭から抜けていた。よって凜は、すぐに財布も取り出して現金で支払いを済ませる。
「そうだね、これからずっと通うようなら定期とかも必要になってくるのかなぁ?」
定期券までとはいかなくとも、運賃の支払いに使用する非接触型の電子カードはそれなりの値段で購入できるし、便利なので持っておいて損はないだろう。車両の出口付近に置かれた硬貨投入口に電車賃を入れた凜に、義朗は礼を添える。
「うおお、すまんの凜や。あとで返すわい」
「いいよ、これぐらい。細かいことは気にしないの!」
そして二人は路面電車から降り、周囲の高校生の波にまぎれて学び舎へと向かう。駅から歩いて数分のところで、その目的地はあった。
それは、近年新築されたばかりの真新しい校舎だった。最近設立された高校というだけあって物好きな受験生からの人気も高く、県内でも特に注目を集めている学校である。歴史もまだかなり浅いほうで、開校してから5年にも満たない。まさに新世代の高校といえよう。
綺麗過ぎる校舎を眼前に、義朗はその感想を口にする。
「うおお、凄いのぅ。なんというか、今風の学校じゃの。ほいじゃけど中はどんな感じの構造なんね?」
キョロキョロと外観を見ながら、内部の間取りを窺う義朗。彼の呟きに反応し、凜はまた生前について触れる。
「そっか。じいちゃんって建築士やってたよね。だから中の構造とか色々気になったりするんかな?」
となれば、一種の職業病か。義朗は凜の質問に頷いて、そのまま話を続ける。
「ほうよ、今は見る影もないただの高校生じゃがのぅ!」
「あはは、まぁね。それで、建築士ってことは結構給料とかも良かったんじゃないの?」
「どうかの? いうても働くんには金じゃないんよ。結局は自分が何をして生計を立てたいかじゃけぇ」
「あぁー、どっちかといえばやりがいみたいな?」
「ほうじゃの、そうともいうわ」
職業選択の際に参考になりそうな話題から変わり、今度は凜が義朗に対して依頼を伝えた。放課後に実施される予定のようだ。
「なるほどねぇ。あ、そういえば全然話は変わるんじゃけどさ、今日学校終わったら新入部員を勧誘するの手伝ってくれん? 一緒にやる予定だった子が生徒会の仕事が入って来れんくなったけぇさ」
「うおお、新学期にようある部活の勧誘かぇ。ええで? ほんで凜は何部だったかいの?」
「バドミントン部だよ?」
「うおお、そうじゃった。すまんの、前に教えてくれたのに抜けとったわ」
「いいよー」
ちょうど昨年の今頃のことか、高校生になったばかりの凜が病室まで見舞いに来てくれた際に教えてくれたのを思い出す。不思議なもので、自分が年老いてベッドで寝た切りになったのが遥か昔のことのように感じる。歳を取れば時間の流れを早く感じる傾向が出てくるのはよくある話だが、それを越えると一周回って遅く感じるようになるのかも知れない。
他愛もない会話の中に少し異質な話を交えながら歩みを進めていると、たちまち校舎に入って下駄箱の前に着いた。そこで外靴から中靴に履き替え、廊下を経由して2年2組の教室へ向かう。あろうことか、義朗の中靴はまるで以前から籍が存在していたように当たり前に置かれていた。これも黄泉からの援助か、もはや机や教科書類まで用意されていそうである。
クラスに入れば見知らぬ顔ばかりだろうが、義朗の胸中に緊張や不安はなかった。もはや開き直って、クラスメートとは孫の同級生として堂々と接するまでだ。凜が居てくれることも心強いし、なんとかなるであろうという考えでしかない。
ドアを開ける。そこには文字通りの小綺麗な教室が目の前に広がっており、義朗にとっては50年以上振りに見た光景だった。クラスメートたちは登校してきたばかりなのもあって会話は少なく、各々仲の良い者同士で控えめに談笑したり、スマホをいじったりしてホームルーム前の時間を潰している。
また、この落ち着きようは新クラスになってからまだ日がかなり浅いため、生徒同士の距離感がよそよそしいのも一因だった。そうとなれば、義朗はある意味良い時期に黄泉から越してきたわけであろう。皆と平等のタイミングで、人間関係を構築できる。
「うおお、なんねぇ。えらいみんな大人しいのぅ。いや、それにしても机も黒板も綺麗とは、さすがは新しくできた高校というだけあるわぁな」
無遠慮に室内を物色し、クラスメートの様子や設備に対して突っ込みを入れる義朗。凜はその言動を咎めたりしようとはせず、彼を席まで促そうとする。だが、一人の男子生徒が義朗に声を掛け、それは中断された。