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story:3

影の電車の中は、全体が真っ黒なだけで一般的な内装と何も変わらなかった。義朗が座席につくと、それを合図とばかりに車体は音もなく動き出す。


照明もついていない暗い車両に揺られること約10分、義朗は目的の駅に降り立った。運賃の支払いや、それを請求するような注意もなかったため、義朗は無料だと判断して気を改める。あとで求められれば、きっちりちゃんと払うまでだ。


線路と車道を仕切る踏み切りと、そこから前方に伸びた先にある交差点、夜の街を見下ろす洋風の城を模した外観の結婚式場。目に映る景色そのものが、義朗の胸中に安心感を募らせた。この街こそ、娘夫婦と孫の住まいがある地域だ。


「さーてさて、行くところは分かっとるんだがのぅ、こんな夜更けにあれらは出るんかぇ? ちと夜は冷えるけさっさぁ入れてもらいたいんじゃが……」


時間帯的に、向こう方の家に着いたとしても娘たちは寝ている頃だろう。加えて真夜中に見知らぬ訪問者が現れれば、確実に警戒される。肌寒さが緩くなる春の夜でも、ずっと外に居れば寒い以外何ものでもないので早々に屋内に入れてもらいたいが、身内と合流出来る望みは薄い。


深く息を吐いて歩いていると、交差点に接した歩道側にある24時間営業のコンビニエンスストアが見えた。闇夜の中で強い存在感を放つ店は、夜間ならではの独特な安堵感を与える。


「やっぱりの、ずっと開いとる店は便利じゃろうて。ほいじゃけど、働いとるもんは大変じゃろう」


深夜勤務の従業員に同情し、こくこくと頷く義朗。社会人経験を経てから客の立場になれば、どうしても労働者の心情までもを想像してしまう。本当に、夜遅くまでお疲れ様といったところである。


所持金は無いので店に入るつもりはないが、義朗は何気無く出入り口の方へ近付く。客足は少ない上に駐車場には一台も車が停まっておらず、自動ドアの周辺のガラス張りには従業員の募集を謳う貼り紙や、地域のイベントに関するポスターが貼られている。


何も考えずに呆然と広告を眺めていると、軽快なメロディに合わせて自動ドアは開いた。こんな夜更けにコンビニで買い物をする輩が居たのか。いや、もしかすると夜勤の現場作業員が買い出しに来ていたのかも知れない。


中から出てきた二つの人影を見やると、義朗は目を丸くした。


「うおおっ………?」


決して見間違いなどではない。まさかの遭遇に、義朗は絶句する。背中まで伸びた美しい黒髪と整った顔立ちをしている小柄な体格の女子高生、いわば義朗の孫である萩庭凜だ。その隣に居るスキンヘッドの強面な男性は、凜の父親であり義朗の義理の息子でもある萩庭栖盛だった。


二人の格好は、凜がスタイリッシュなデザインをあしらったジャージで、栖盛が部屋着の上からコートを羽織っている。


「凜……」


不意に義朗は、孫の名前を言い溢す。話し掛けたいが、さすがに先程からの状況を踏まえると言動が躊躇われる。多少のリスクがあったとしても希望があればすぐに動いていた義朗でも、今回ばかりは尻込みした。


「あーあ、これでまた昼夜逆転だよぉ」


軽い足取りで闊歩する凜は、菓子パンやジュースなどが入ったビニール袋を右手に提げて楽しそうに呟く。眠気の一切を感じさせない明るい表情をしているのは、いわゆる深夜テンションからくるものだろうか。


まるで開き直ったような態度ではしゃぐ凜に対し、彼女の父親は重厚感のある口調で注意する。


「分かって言っているのか? もう学校は始まっているんならそろそろ切り替えるべきだと思うんだがな」


春休みはすでに終わり、2年次の授業も始まっているのなら、相応の生活リズムにするべきであろう。そもそもこんな夜中にわざわざ父親と二人でコンビニに来たのは、凜の眠れないという理由や、朝食として食べるパンを買いたいといった意向からだった。今に思えば、逆に凜の昼夜逆転を助長させているような気がして、栖盛は頭を悩ませる。


「えーっ? んー、まぁ、なんとかなるでしょ! 細かいことは気にしないの! ちゃんと起きれるし、なんだかんだで遅刻もせんはずよ!」


飄々と笑い飛ばし、凜は軽く豪語した。あの根拠のない前向きさは義朗譲りだろうか。対する父親、栖盛は前年度の凜の生活態度を交えながら指摘する。


「うーん、信用ならんな。去年もそう言って何度も遅刻して、特別指導に引っ掛かっていたような気がするんだが?」


もはや遅刻の常習犯と言われても文句は言えまい。栖盛は凜の遅刻や彼女に対する指導についての報告を何回も妻や学校から聞かされたことを思い出しながら、娘の要望に押し負けたことを悔やんだ。


「大丈夫! 私でもやる時はやるって!」


はつらつとした調子で言いながら、凜は正面に向き直る。すると、付近に居た男子高校生、もとい若返った義朗を視界に捉え、そのまま目が合った。義朗はたちまちの挨拶として右手を振りつつ声を溢す。


「おお……」


誰か分からない男に絡まれた。どれだけ穏やかに言っても、相手は反応に困るだけだろう。しかし、凜から返ってきたものはとても意外過ぎるものだった。


「……じいちゃん?」


「はああ?」


「じいちゃんだよね! 私、凜だけど分かるかな? 帰ってこれたんだ! やったじゃん!」


反応に困るのは自分の方だったとは。嬉しそうに言い寄ってくる孫に、義朗は誤魔化すつもりもなく聞き返す。


「うおお、わしが分かるんか! 凜のことも栖盛のことも分かるがのぅ、なんしにあんたらはわしが分かったんね?」


半ば感情的になって問う義朗に対し、凜は続けて答えた。


「分かるよ! だって若くなってもじいちゃんの感じは何も変わってないんじゃもん!」


雰囲気や本人の面影などとは全く異なる、筆舌し難い感覚で凜は分かったのだという。つまるところ、老人の姿を経た延長線上に今の男子高校生としての姿があるような。知り合いの子どもが、しばらく見ないうちに大人になっても当時の子どもだと分かるシチュエーションに近い。


凜に次いで、栖盛も義朗に歩み寄る。


「お義父さん、どういった巡り合わせかは分かりませんが、お戻りになられたことは私も嬉しく思います」


疑うこともせず、栖盛は若返った義理の父親に微笑み掛けた。死んで生き返った人間への対応ではなく、長旅から帰ってきた家族を出迎えているような立ち振る舞いである。どうやら凜たちの言動を見る限りでは、高校生の姿をした義朗が幻覚や心霊の類いに見えているわけでもないらしい。


栖盛の言葉を汲み取って、義朗は一部始終を語る。


「戻って来られた理由はわしにも分からん! 向こうのほうでの、海を渡りよる時に霧がむわーって出てきてのぅ、ほんで目が覚めたらこんなんになっとったんじゃ!」


「とりあえず家に戻ろうよ! 母さんも待ってるだろうし、そこで教えて!」


「うおお、真波もまだ起きとんかいの」


手短に事情を共有するといった意図で催促する凜により、義朗は孫と娘夫婦の住まいに向かう。凜と栖盛は手厚く迎えてくれたが、自身の娘はどうであろうか。孫と同年代の高校生になった一児の父親は、一抹の不安を胸に抱いて対面する。




「ただいまー! じいちゃんも帰ってきたよー!」


「凜、静かにしろ。近所迷惑だ」


玄関のドアを開けた矢先に、深夜帯に相応しくない大声を出した凜に対して栖盛は威圧を含んだ口調でたしなめた。そして彼等の後ろを、義朗がついていく。


「おかえりぃー。じいちゃんも帰ってきたぁ? もぉー、冗談は凜の可愛さだけにしてよぉ」


酒で酔っているのか、凜の母親は部屋着姿で顔を赤くし、思ったままのことを口に出しながら出迎える。先刻まで晩酌していた様子だ。父親譲りの凛々しい顔立ちをした彼女こそ、凜の母親にして義朗の愛娘である萩庭真波だ。いわずもがな、苗字は結婚して夏宮から萩庭に変わった。


自分の娘が気持ち良さそうに酔っ払っているのもさることながら、義朗は先程からの不安を一蹴して外靴を脱ぎながらズガズガと踏み入る。そんな、若返った父親を認識した真波は、一時的に酔いを覚ます。


「うおおぅ、真波よぉ! ずいぶんと楽しそうじゃのぅ! わしが死んでから飲んだくれとらんかったじゃろうの!?」


「お父さぁん!?」


「だから、二人とも落ち着いて……」


周囲の迷惑もお構いなしに、堂々と大声を交わし合う義朗と真波。たじたじ気味に注意する栖盛の言葉も、耳に入ってはいない。傍らに立つ凜は、まるで試合の行く末を見守る観客のような愉快な気になって親子のやり取りを眺めていた。


「見てみぃ! わしゃなんかよう分からん、死んでから行った先でなんやかんやあっての、こんな格好になってしもうたんじゃ! それにこりゃどうかいの!」


そう言って、義朗が提示したのは凜が通っている高校の生徒手帳だった。生き返った経緯は端折りながらも、義朗は現状とこれからの意向を踏まえて伝える。


「向こうの世界に居った案内人の兄ちゃんが言うにゃあの、こっちでまた向こうに戻るための方法を探せみたいなんを言うんじゃ! ほいじゃけんの、ちとあんたらには手伝ってもらいたいんじゃあね!」


「ええっ!? そうなの!?」


大袈裟なリアクションで他人事のように突っ込む凜の一方、真波はリビングの方を示す。


「あははっ、それでさっき気付いたらあれがあったんじゃね!」


「……なんね、そら?」


あれとは何のことだろうか。疑問符を浮かべたのは義朗だけでなく、凜と栖盛も後に続いてリビングへ入った。そして、壁の縁にあるハンガーに掛かった真新しい制服に着目する。あの制服は、凜が通う高校の男子仕様のものだった。灰色の上着と縞模様のネクタイが目に付くブレザーだ。


どうやら、義朗が高校生になって手掛かりを探すという、黄泉からの導きは確定しているようだった。となれば、制服まで手配してくれた案内人には改めて感謝したい。


(うおおぅ、ありがとの。案内人の兄ちゃんよ)


早々に援助をしてくれた案内人に対し、義朗は心中で礼を言う。いつの間にか共有され、必要なものも用意したわけか。真に準備が良い。


「うぅー、まぁ、お父さん。せっかく帰ってきたんだからさ、ゆっくりしていきなよ。これも何か縁があってのことだと思うよ?」


呑気に真波は言っているが、現世と黄泉を越えた縁なんてものが本当にあるのだろうか。いや、あるからこそ、夏宮義朗はここに居る。となれば、もはや現状を前向きに捉えて目の前のことをこなしていくのがこの場における正解だろう。


「ほうじゃの、どっちにしても向こうに戻らんといけんのは決まっちゃあおるが、それまで世話になるわいな! じゃけん凜よ、学校では今日から頼むけんのぉ?」


「今日? 明日じゃないん?」


「日付が変わっとるけぇ、今日じゃないんね?」


「あー、そうね」


早速、凜は義朗と登校する予定を組む。二度目の高校生活に不安が無いわけではないが、いちいちそれに足を取られていてはいけない。そうでなければ、前向きに進むという義朗の思考にももとる。


時刻は深夜3時半前後を示す。このまま延々と喋っていれば朝になるし、また凜の学校生活に支障をきたしそうなので、栖盛はさり気なく就寝を促す。


「なら凜、お前はもう寝ろ。お義父さんの寝床は、私と真波さんで用意しますので少々お待ちになってください」


「うおおぅ、悪いねぇ、栖盛や」


こうして、夏宮義朗と萩庭凜による奇妙な高校生活が始まった。

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