story:28
全ての記憶の破片が揃い、黄泉への帰り道は開かれた。孫の成長過程と思い出を映したその鍵は、夏宮義朗の生まれ故郷である離島を示す。初夏の街中にて最後の記憶の破片を手に入れた義朗は、自身の孫である萩庭凜とともに一旦自宅に戻り、体裁を整えることにする。そこで義朗が自分の口から、娘夫婦へこれまでの経緯と今からの動向についてを伝えた。
「………そうですか。もう、お戻りになられるのですね」
作った笑顔を貼り付けて、神妙な口調で言葉を返す栖盛。彼の名残惜しげな心情は手に取るようにして分かったが、義朗は固まった意思を持ってして淡々と言う。
「うおお、短い間じゃったが世話になったの」
「…………………………」
黄泉の国から戻ってきて約4ヶ月間、寝食を提供してくれたことには心底感謝している。あの日、夜が更けきった時間帯にも関わらず居合わすことが出来たのは単なる偶然ではないだろう。義朗と栖盛の間に長い沈黙が流れかけているところを、真波が割って入った。
「でもさー、なんか永遠の別れみたいな感じだけど、実際お父さんは戻ってこれたんだからね? もしかすると、また戻ってきたりして」
「うおお、勘弁せぇやの」
仮に再度こちら側に戻れば、記憶の破片も集め直しか。高校生活もそのまま継続であろう。部分的に会話が止まり、そのたびにリビングに静けさが横たわる中で、義朗は踵を返そうとするついでに言い添える。
「とにかくじゃ、わしがこうして戻ってくる前に戻るだけなんじゃけぇの、あんま深う考えんこうにやってこうで?」
そうして、命ある身内たちへ背を向けて歩き出した。
「しっかりの。凜、真波、そして栖盛よ」
呆然としたまま、義朗の去り行く姿を見詰める孫と娘と義子。本当にこれで、言い残すこともないのだろうか。だが、まだ伝えておくべきことはある。我に返ったように踏み出したのは、黄泉から戻って最も多くの時間を共有した凜だった。
「待って! じいちゃん!」
「うおお?」
後ろを振り返らず、義朗は意識だけを凜に向ける。数十年振りの高校生活で関わってきたのは、身内だけではない。友人及びクラスメート、部活のチームメートもそうだ。
「美遥や來太たちには、じいちゃんのことは私から言っておこうと思うけどさ、逆にじいちゃんから言っておきたかったこととかない?」
ここには居ない友人たちへ本音を言うのならば、これが最後のチャンスである。激励でも説教でも、何かあれば知っておきたいところだ。対する義朗は、声を張らせて返答した。
「ない! わしは前しか見とらんけぇの。ほいで、あやつらとの縁があるのも時間の問題じゃあって分かっとった!」
「………そっか」
いつか黄泉に戻るとしても、高校を卒業して離れるようになったとしても、人と人との縁には期限があるというものだ。74年以上もの人生を経てきた中で、一体どれほどの出会いと別れがあっただろうか。元の場数から数えていけば、美遥たちとの縁はほんのごく一部でしかない。極論をいえば、凜でもそれは当てはまる。
「まぁの、凜。強いて言やぁ元気に頑張りぃっちゅうぐらいじゃわい。そら凜にも言えるわぁな」
「………じいちゃん」
「これから凜が生きていく中での、何かあったらわしが護っちゃる。あたぁ、それだけじゃ」
ただ、何も言えずに立ち尽くす身内たちの視線を受けつつ、義朗は萩庭家を後にした。玄関のドアが閉まる無機質な音が、室内に留まっている虚無を色濃くする。別れの挨拶でもするべきかと思っていても、その暇すら与えず義朗は出ていってしまうとは。
欠けたわけではない。元通りになるだけだ。
現世と黄泉を越えた奇跡は、凜とその両親や友人たちの中で確かな記憶として残り続けるのだった。
「………細かいことは気にするまー」
ここに来るまでに何回その口癖を心中で繰り返し続けただろうか。ついには呟きとして漏れ出てきている。やはりというべきか、路面電車で西部のショッピングモールの最寄り駅まで向かい、そこから在来線に乗り換えた後も、港から船に乗って島に渡る間でも、ずっと凜や娘夫婦、クラスメートたちのことが頭から離れなかった。
人との出会いや別れなどはよくあることで、それこそ義朗にとっては細かいことなのか。いや、厳密にいえば、僅かながらでも込み上げてくる寂しさを抑えるために雑さを含んだ言い分を延々と唱えているだけである。要するに、義朗は柄にもなく自身の心に嘘を吐く。
無事に故郷である離島に辿り着き、日差しが反射して煌めく海の向こうに見える美しい水平線を臨む。昔から変わらない情景が広がる浜辺で漠然と遠くを見詰めていると、1艘の木製のボートが何処からともなく現れた。先端の方には、妖狐の面を被った黄泉の案内人が乗っている。
「お待たせいたしました、夏宮様」
「ほんまよーの、迎えに来るんが4ヶ月ぐらい遅いわい」
停泊したボート越しに、義朗は案内人に対して冗談交じりの文句を言う。黄泉に戻るのはすぐすぐのことだが、義朗の気概にも焦点を当てつつ最後の確認を取る。
「そうですね、凜様にも大変ご足労をお掛けしました。しかしながら夏宮様、このボートに乗ればもう後戻りは出来ませんが、本当によろしいでしょうか?」
元来の丁寧な口調で尋ねる案内人に対し、義朗は一拍置いて首肯した。
「………ええよ。他に言い忘れたことがあったとしても、それぁ別に言わんでもええようなことだったんじゃろうけぇ」
「………そうですか。………では、参りましょう」
「うおお」
振り向かず、ただ前向きに。
黄泉に行こうとも、記憶と想いの輝きは消えない。




