story:26
結局、義朗からの意見を踏まえて凜一行はカレーを第一に食べて順々に出店を回っていった。文化祭が始まってすぐに3年生から宣伝を受けた話を聞き、その上で行くように進めた運びだ。興味を持った出店に行って食べ歩きをしているうちに、たちまち腹はふくれていった。校内を散策している間に消化は進んでいるのだろうが、胃のキャパシティは中々空いた気がしない。凜たちの空腹が満たされたところで、ダンス部のパフォーマンスを見るために体育館に至る。
「らい、げぇっぷ! 來太が出てくるんはもうすぐよね!?」
「なんかゲップがピー音みたいになってたね」
「っんふ! 細かいことは気にしないの!」
満腹から由来した派手なゲップをかますのもそこそこに、凜はステージの方へ目を向ける。見えない気体の臭いを嗅覚に受けてか、義朗は手刀を作って左右に振り、払い退ける仕草をしていた。体育館内は窓に暗幕がされており、外からの光を遮断する。天井から垂れ下がる白の照明が、文化祭仕様の装飾や館内に居る生徒たちを照らす。間もなくダンス部や軽音部によるステージ発表が始まろうかという前に、義朗は凜の右手にあるものについて言及する。
「うおお? 凜、それまだ食いよったんか。周りに居る奴等に押されて落としちゃあいけんけぇさっさぁ食ってしまいぃや」
先刻串揚げの出店で買ったササミ肉の揚げ物が未だに串に刺さった状態で握られていた。義朗からの注意を受けて、凜は素早く口の中へ入れて咀嚼する。残った串は、義朗が持っていたビニール袋に入れて処分した。気に入ったのか、完食した凜は無邪気な調子で言う。
「てか串揚げメッチャ美味くなかった!? これ見終わったらまた買いに行こーよ!」
「うおお、別にわしは構わんが売り切れてなかったらええの」
「ほんとそれなーっ!」
はしゃぐついでに、凜は傍らに立つ美遥に抱き付く。次いで、美遥が右手にさげているビニール袋の中身について訊いてみる。プラスチックの容器に入った串揚げや焼きそばのようだ。学校の方針によって見に来られなかった身内への土産だろうか。
「ねぇー、美遥ー、それってやっぱり弟くんへのお土産ー?」
「ん? 凜にはあげんよ?」
「いや、いらんよ! 私は人のお土産を取ろうとするほどいやしくないし!」
「ならそれでいいよ」
何やら怒られるようなことをしていないのに窘められたような気分だ。義朗と美遥は1人だけ煩い凜を放っておいて再度ステージに視線を向けると、そのタイミングを見計らっていたかのように体育館内の照明が消えた。司会の生徒が出てきて進行をし、午後からのイベントが始まる。
來太たちのチームが登場したのは、1番目だった。天井から降り注ぐ赤い照明に照らされて、きらびやかな衣装に身を包んだ來太とそのチームメートたちがスタイリッシュな曲に合わせてしなやかに身体を動かす。來太の真剣な表情も合間って、連れたちから見える今の彼は格好良い以外何物でもない。目を見張って感動を覚える義朗は、思わずその感想を呟く。
「うおお、來太カッコええのう。こりゃまた今回のでファンが出てきたりするんじゃなぁか?」
音楽によって周囲の話し声はほとんど掻き消されているが、付近に居た凜はギリギリ聞き取れたので返答する。
「出てくるわけないじゃん、あんな奴に!」
「うおおー、そうかのぅ? ほいじゃがあれじゃのぅ、來太が躍るんを生で見るんはこれが初めてじゃわい!」
「えっ! なんて!?」
「來太の踊りを生で見るんは初めてだっちゅうに!」
「そーいやそーだねぇ!」
「凜、夏宮、うるさい」
「はい」
通話中に電波が悪くなって大声を出した時のように声量を上げたが、パフォーマンス中の私語は雑音にしかならない。この場においての無駄口を叩く凜と義朗に対し、美遥は睨みを利かせて黙らせた。友人が一生懸命に臨んでいるのだから、こちらも集中して目に焼き付けておけと。改めて凜と義朗は、ステージに向き直った。
躍動感と迫力のあるダンス部のパフォーマンスが終わった後は、続いて出てきた軽音部の演奏と歌唱を聴く。軽音部も複数の部員の中からそれぞれバンドを組んでいるようであり、1グループごとに違う楽曲を発表する。曲はどのバンドもオリジナルのものだ。歌詞も楽譜も、自分たちで相談を重ねながら制作したのだろうか。凜は胸中でそんなことを考えて、軽音部の大変さを想像する。
(文化部は文化部で大変だよねぇ)
自分等は運動部なので、体力的にしんどいことがあるのは当然か。文化部でも先程のダンス部のように激しく身体を動かすのだから同じことであろう。しかし、試合でも発表でも、日々の積み重ねの成果を発揮出来る舞台があるからこそ、その先の感動に巡り合えるのではなかろうか。ひとまず今だけは、体育館中に響いている音楽に耳を傾け、自らの感情を委ねる。アップテンポな曲には心が躍り、バラード系の曲には感傷的な気持ちを持ち寄った。
ダンス部並びに軽音部の演目が全て終わり、体育館にはいつも通りの白い照明が灯る。まばらに解散していく生徒の群集がはけるのを待っている凜、義朗、美遥は体育館の出入り口の方面を見据えていた。適当なタイミングで、自分たちも外へ出るつもりだ。待機中の暇を持て余していた義朗が、軽音部の演奏と歌唱について言及した。
「しっかしあれじゃのう、軽音部のバンドの奴等が唄いよったんは全部自分等で作ったとは凄過ぎるのう。とても素人が作ったもんには思えんかったわい」
本当にあんなハイクオリティな楽曲が、プロの証明もない一般の高校生が作ったものなのだろうか。それもまた、1つや2つなんてものではない。自分が真の現役高校生だった頃の同級生と照らし合わせてみても、にわかに信じられないことだ。近頃の若者は才能が有り余っているのであろうか。
「はーもう、あやつ等は金が取れるでぇ!」
「それよねー、どうやったらあんな良い曲とか作れるんだろー」
収入を得られるかどうかは別として、彼等のセンスには脱帽するしかない。パフォーマンスの余韻が未だ胸中にこびりついているのもさることながら、美遥は淡々と冗談で勧める。
「作曲してみたら?」
「いや無理無理、作ろうっていう気にすらならないよ」
「仮にわしらが作ってみたとしても、それは多分雑音を越えた何かじゃわいな」
凜と義朗が脱力感を含んだ笑顔で否定した。先程までのイベントに基づいた会話を交わし合っていると、いつの間にやら粗方の生徒がはけていたため外へ出る。あとは來太と合流するだけだ。
ちょうど体育館から出たタイミングで、凜一行は來太と鉢合わせた。服装もダンス用のきらびやかな衣装から制服に戻っている。文化祭を少しでも長く満喫する意向で、部内でのミーティングは先送りしたらしい。連れの存在を認識するや否や、義朗と凜は來太に詰め寄った。
「うおお! かましてきたのぅ、來太よ! あんたぁよう頑張っとった!」
「でも何でセンターじゃなかったんー! はじっこってどーなん!」
実の孫を褒めちぎるように全力で称賛する義朗と、わざとらしい煽りで情のある突っ込みを入れる凜。小規模な歓迎ムードに包まれる來太は、隠し切れない照れ顔を浮かべて凜へ返答する。
「別に何処に居ろうがそっちには関係無いだろ! 俺はやれるだけやったぜ!」
そこでまた、凜は浮かれ気味な來太を遊んでやった。
「へー、まぁ、実際カッコ良かったしいいんじゃないの?」
「えっ?」
「とか言うわけないじゃん! でも楽しそーにやってて良かったと思いましたっ! それだけっ!」
「ええー? 感想雑かよ。まぁ、いいけどさ」
後に付け加えた感想だけは本音だ。楽しそうに物事に熱中している姿こそ、人は魅力的に映るのではなかろうか。凜の素直でない言動に対し、來太は頬を赤く染めながら視線をそらす。次いで、彼の前に歩み寄ってきたのは美遥だった。背の高い相手の影を視界に捉え、來太は振り返る。
「ん? 洲堂」
すると美遥は、無表情で何も言わずに自身が持っていたビニール袋を突き出した。中には出店で買った食べ物が入っているようだが、唐突な動きに來太は困惑する。そのまま、美遥は機械的な声色で詳細を紡いだ。
「はい、これ。準備とかで全然食べられんかったでしょ? あげる」
來太は美遥の顔とビニール袋を交互に見詰めた。午前中の仕事もあって出店へ行けなかったであろう來太への差し入れか。彼女の意図を理解するまで呆然としていた來太は、ぎこちない笑顔と動作でそれを受け取る。
「あ、ああ……、ありがと。洲堂」
「ええー? それお土産じゃなかったのー?」
「そんなこと一言も言ってなかったけど?」
後ろから凜が会話に入ってくるが、美遥はきっぱりと冷たく言い切った。身内への土産は、ストラップなど形に残るものを買って帰るつもりでいる。そして來太は、いまいちまとまらない暖かな感情を抱いたまま、連れを横目に見る美遥に集中していた。
「……………………………」
行動と言葉と物を伴っての気遣いが、こんなにも嬉しいものだとは。この場において來太は、美遥の中にある優しさや情にはっきりと触れることが出来た気がした。それはまさに、彼女本来の冷静過ぎる出で立ちが勿体無いと思ってしまうほどに。
引き続き凜一行は、まだ行けていない出店を中心に見て回っていく。アトラクションの類いであるお化け屋敷や、ストラップを販売する雑貨コーナーなどを巡り、時間の限り今年度の文化祭を満喫していった。
またその一方で、義朗が黄泉へ戻る日はいつか。先日の北の街へ行って以降は何も音沙汰はないが、黄泉にまつわる気配がない時は高校生たちの華やかな日常に身を投じる。




