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文化祭当日の朝は、校内にて忙しないながらも楽しげな雰囲気に満たされていた。各クラスではそれぞれ開場前の準備が順調に進められており、お化け屋敷を始めとしたアトラクションがメインのクラスは設備の最終調整を行ったり、ダンスや寸劇等のパフォーマンスをするクラスは出演中の流れを再確認したり、飲食系を取り扱うクラスは食材の仕込みに勤しんでいる。


2年2組も例に漏れることはなく、義朗と凜は率先して文化祭実行委員とともに席の配置や教室内の装飾を進めながら、全体に指示を出す。出しものの提案者としての発言権を持ってして、用意の段階からスムーズに事を進行させていく。手すきになってスマホをイジっていたり、やる気はあるがどうすればいいのか分からず周囲を見回しているクラスメートへは、荷物の搬入をしつつ全体の様子を見ていた凜が催促をかけた。


「ねー、コーヒー運んでもらっていー? 置く場所は私が今から置くとこでええけん」


「……はいー」


仕入れてきたボトルコーヒーが入った箱を運び込めと凜は言う。厳しく注意するような口調ではなく、協力して欲しい意識を強調して気さくに促した。そういった気配りもあってか、これまでもクラス内の空気が悪くなることは一切無かった。現に今でも、一つの作業を終えた他のクラスメートが次の仕事が見当たりそうにないと判断したため、即座に義朗へ訊きに行く。


「夏宮、次何すればいい?」


「うおお、もう終わったんかいの! さすがじゃの! ほいじゃあ、あとは机や椅子の足を消毒しといてくれぇやの! 紙タオルに消毒液吹いてそれで拭いてくれてええけんの!」


「おっけー!」


効率も作業の割り振りもほぼ抜かりがないため、2年2組の準備は間もなく終わるだろう。しだいに余裕が出始めたところで、文化祭実行委員の男子生徒は義朗に歩み寄って一言添える。


「ありがとな、夏宮。ここまで手伝ってもらって」


「なぁに、細かいことは気にするまー! ええんよ!」


縁があって出会った今を生きる高校生もとい孫のクラスメートたちへの投資として、あるいは義務として、はたまた自らの好奇心に基づいた動向として、いずれにしても義朗の中には見返りを求めない確かな情があった。皆が平等に、可能な限り充実した高校生活を過ごしてくれればそれで良い。当然面倒を見きれない部分もあるが、出来るだけの支援はする。いうならば義朗でも分からないことがあれば、それはそれで本人が乗り越えなければならない課題なのだろう。


「若い時にしか出来んことを楽しんでいきゃええがね!」


「ふっ、なんか夏宮っておじいちゃんみたいよね」


「うおお? まぁ、よう言われるがね」


「萩庭もじいちゃんって呼んでるのも納得だわ」


思わず漏れた一言から、文化祭実行委員は話を掘り下げる。直接言う気はないが、4月の時点から今日に至るまで関わってきたクラスメートたちは皆、義朗にとって孫のようなものだ。見た目の若さに伴わない心の余裕から派生して、他の生徒たちとの程々の距離感を生む。だからこそ同級生に求めるものは何も無いし、年老いてから合法的に知り合った現役の女子高生にも恋愛感情も性的な欲求も湧かないのだ。後者に関しては、自身が既婚者である上に黄泉の彼方で待っている妻への一途な愛を抱いているからでもある。


開場の時間が近付いてくるとともに、2年2組の生徒たちは自身等の出しものである来客がくつろげるカフェスペースを完成させた。そして、今年度の文化祭の開始時刻に差し掛かり、シフトが入っていない生徒たちは賑わいを見せ始めた学校の敷地内を見て回る。ちなみに前年度から学校の方針として保護者や他校の生徒など、外部からの来場者の出入りを禁止としているため、今年も生徒だけで楽しむことになるのだという。


「いらっしゃいませー! 朝の1杯で一息吐いていきませんかー?」


2年2組の教室の前を通り過ぎる他クラスもしくは他学年の生徒に向けて、凜がはつらつとした声で呼び掛ける。午前中のシフトには凜の他にも義朗、美遥、來太たちが入っており、それぞれ持ち場についてカフェの流れを回す。主な振り分けとして、凜が呼び込み、來太と他のクラスメートたちがホール、義朗や美遥などがキッチンを担当している。


「どうぞー! 朝ご飯食べてきてない人はここで食べていっちゃってくださいー!」


ありきたりな文言にならぬように、不自然な日本語にならないように、人を引きつけられる言い回しになるように、凜は声を発する前に都度考えてから言う。すると、凜の努力が功を奏して1年生の二人組が歩み寄ってきた。


「凜先輩! ここに居たんですね!」


「私たち入っていーですか!?」


2人とも、凜の部活の後輩である女子生徒だ。凜に対する尊敬と会えた感動に乗じて表情が華やいでおり、その純粋で輝いている視線は1学年上の先輩に向けて注がれる。彼女たちにつられるようにして、凜の表情も喜びに満ちた。


「うおおーっ! 来てくれたんだ! ありがとー!」


「そりゃ来ますよぉ! 私、凜先輩のクラスは真っ先に行くって決めてました!」


「マジで!? そんなん感謝しかないじゃん! ささ! 入って入って!」


素直で可愛げのある後輩からの言葉を受けて上機嫌になりながら、凜は1年生の2人を室内に通す。続いて、後輩たちの後ろに並んでいた3年生の男子生徒3人組も、興味を示した様子でカフェスペースを訪れた。


「え? ここで朝飯も食べれるん?」


「ちょうどいいじゃん、ちょっと寄ってこうで?」


「おー、そうしよ」


出だしから上がったモチベーションを保ったまま、凜がまた接客に当たる。眼前の3年生たちとの面識は無いが、客が来てくれることは大変有難い。凜は笑顔を崩すことなく、3年生たちを教室へ促す。


「どーぞどーぞ! トーストもありますのでパン派の方はぜひ!」


当初の段階ではトーストはメニューになかったが、金銭面と生徒たちの余力、企画のクオリティを高めることを重んじて途中から追加した。その恩恵もあり、午後だけでなく午前からの集客効果も期待出来るようになったわけだ。早速それが結果に出ている。


「どうもー、よかったら後で俺らんとこも食べに来てよ」


「うおおーっ! 何やられてるんですか?」


「カレー」


「カレー! いいですねぇ!」


来たついでに自分のクラスの宣伝もされた。凜は後で連れと行ってみることを決め込む。後の接客を任された來太たちは、営業時の明るさを振り撒いて後輩と先輩の対応に当たる。


「空いてる席へどうぞーっ! 注文が決まりましたらお声掛けくださーい!」


中心となって来客を案内する來太の誘導のもと、1年生は奥側の席に座った。そこで、3年生のうちの1人が來太に絡む。


「お、來太じゃん! 昼からの頑張ろうな!」


「えっ? おっ! あー、はい! 頑張りましょう!」


昼から何かあるのだろうか。疑問に思った3年生の連れが訊いた。


「昼から何かあるん?」


「言ってなかったっけ? 昼から俺ら、ダンス部で体育館のステージで踊るんよ。で、こいつはダンス部の2年の後輩」


「どうも」


「ああー、そういうことね」


つまるところ、來太に絡んできた3年生はダンス部の先輩だったのだという。そして來太は自分のクラスの出しものとは別で部活のパフォーマンスがあるので若干忙しい。先輩からの紹介に合わせて、來太は初対面の相手に対し軽く一礼した。


メニュー表は、テーブルクロスが掛けられた机の真ん中に置いてある。あらかじめパソコンの文書作成機能を用いて作り、印刷して出した用紙をラミネート加工したものだ。上からアイスコーヒー、茶菓子、トースト等の商品名が記載されている。パソコンで作成出来るため文字のフォントも変えられるので、ポップなデザインに工夫して作られていた。作成者の拘りがありありと伝わる。


1年生と3年生の来客は、各々連れ同士で何を注文するかメニューを見ながら相談する。全体的に目を配り、室内を歩き回っていると、先に1年生の女子生徒たちから注文が来た。呼ばれてすぐに、來太が応じる。


「すいませーん!」


「はいっ! はいはい!」


「えっと、アイスコーヒー2つとトースト2枚お願いしますー!」


「アイスコーヒーとトーストが2つずつですねー! はいー」


注文を聞きつけて、机を並べてテーブルクロスを掛けただけの簡易的なカウンターの向かい側で待機していた義朗と美遥が動く。オシャレな柄が外側に入った紙コップを取り出す美遥と、それらにコーヒーを入れる義朗。加えてシロップとスティック状の砂糖を付けて、ホールの担当に受け渡して客へ提供する。トーストはオーブンで焼き、紙皿に盛って出した。義朗の予想でいえば、午前中はこれの繰り返しであろう。


今し方来た客からの注文を一通り消化すると、美遥は淡々と義朗に同意を求める。


「連携ってさ、いいよね」


「うおお、そうじゃのぅ」


呼び込み、ホール、キッチン、それぞれの持ち場同士での動き、即ちクラスメート同士の連携のことを言ったのだろうか。特にそれ以上言うことのない無難な振りと返しだったため、短い会話だけで終わった。次いで、またしても凜の呼び込みも合間って客が教室内に入ってくる。先刻と同じように、ホール側からの注文を聞いて手を動かす。


「ほれ美遥、注文がきたぞい?」


「だね。てかさ、客との距離近いし何頼んだか聞こえるけホールいらんくない?」


「うおお? まぁ、今になってどうこう言うてもしょうがなぁしの。細かいことは気にするまー」


美遥は会話を黙殺し、義朗はコーヒーを仕上げた。




時刻が12時に差し掛かり、2年2組によるカフェスペースの当番が交代する。タイミングを見て教室に戻ってきた布留谷と田野とクラスメートの女子生徒たちが凜へ呼び掛けた。


「夏宮、交代だよね」


「まー、後は俺らに任せときんさい! 夏宮には後でたっぷり奢ってもらうけ!」


「……気が向いたらの」


得意気にヘラヘラと言い寄ってくる田野に対し、義朗は微笑を浮かべて一蹴する。割と本気で、田野への奢りは気が向いたらやるぐらいだ。一方の凜は、來太に先を見据えて促す。


「來太は、そろそろ行かんといけんのんじゃないん?」


「おお! 行ってくるぜ!」


「頑張ってきんさい、応援しとくけ」


「なに? 見に来てくれるん?」


「ん? 見に行かん」


「なんやそれ! 見に来いや!」


「そー言われると逆に見に行きたくなくなるんよねぇ」


中身のない浮付いた会話もそこそこに、來太はダンス部が披露する予定のパフォーマンスの用意に向かう。他クラスの出しものでもダンスはあるが、それとは比べものにならないぐらいの洗練された動きになるのではないかと思われる。昨年度の例を挙げてみれば、2年生と3年生はイメージしやすい。


2年2組の教室を一旦後にして、他学年及び他クラスの生徒たちがまばらに行き交う廊下を行く凜一行。文化祭のパンフレットを見ながら、行き先を考える。昼食時でちょうど腹が空いているが、果たして何から食べていこうか。先程宣伝されたカレーから、焼きそば、うどん、串揚げ、唐揚げ、フライドポテト、たこ焼き、綿菓子など、夏祭りの屋台の定番のようなものは大体ある。どうせなら一通り寄ってみる気概だが、凜の中では寄る順番が悩みの種だった。


「で、何処から食べていこうか? どれも気になるよね? 美遥は今何が一番食べたい?」


「別に、特にこれといったものはないかな」


「うん、だよね。そう言うと思ったよ」


分かってはいたが、こういう時はつい聞いてしまうものか。美遥の毎度の言動からして、何でもいいというような返事がくることは予想出来てはいても、まるで癖のように質問してしまう。迷った挙句、凜はすがるように語気を強めて義朗を呼んだ。


「じいちゃあんっ!」


「うおお、わしに振ってくるんかいの……っと、凜!」


「ん?」


急に立ち止まる義朗と美遥に対し、パンフレットから目を離さずにそのまま歩みを進め続ける凜。義朗が呼び掛けて顔を上げた瞬間、凜は廊下の端にある教室のドアに衝突した。波打つような衝撃音が響くと同時に、凜自身も勢い余ってひっくり返りそうになる。痛いという以前に驚きのほうが大きく、痛覚はワンテンポ遅れて作用する。不幸中の幸いというべきか、ぶつかったのはたまたま空き教室だった。


「……………………」


「ほれみぃや! 歩きスマホしよるけぇそんな情けないことになるじゃろうがや!」


「歩きスマホっていうより歩きパンフだけどね」


歩きスマホの危険性を身を持って体現するとは。堪え切れずに腹を抱えて爆笑する義朗に美遥が指摘を入れたのもさることながら、凜は苦笑を貼り付けてよたよたと体勢を立て直す。そして、2人を視界に捉えた凜は、親指を立てて負け惜しみのように豪語する。


「細かいことは気にしないの!」


いや、今回に至っては気にするべきだ。

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