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story:24

バスターミナルの敷地内から離れ、義朗が凜を連れて歩いてきたのは2階建てのこぢんまりとした建物だった。1階は半分が焼肉屋になっており、もう片方にはコインランドリーが入っている。更に2階では、お好み焼き屋が営業中のようだ。義朗は窓から漏れ出る黄色の照明の灯りを見上げながら示す。


「ここじゃここじゃ、ここに何かがあるんじゃろうて」


果たして、先刻からの何かに誘われるような感覚は定かなものなのであろうか。コインランドリーの中から届く蛍光灯の白く力強い光に目を細めつつ、凜は思い付いたままの特に意味も持たない質問を投げ掛ける。


「え? ここ? もしかしてじいちゃん、ただお好み焼きが食べたかっただけなんじゃないの?」


「そなこたぁあるわけなかろう! ほいじゃったらわざわざこっちまで来とらんわいね!」


「ははは、だよね」


相手の言葉に則った突っ込みを返すのもそこそこに、義朗は凜とともに2階まで続く階段を上がった。店の広告や求人情報が記載された用紙が壁に貼られている段差を上がりきると、まず先にショーケースの中に入れられたいつの年代のものか分からない人形が2人を出迎えた。


怪獣や銀色を基調とした身体に赤の模様があるヒーロー、招き猫など、凜にとっては逆に新鮮味が感じられるものばかりだ。時代の移り変わりとともに中々見られなくなったためか、義朗も物珍しげにまじまじとそれらを見詰める。


「うおお! こやつこんなところで生きておったか!」


「なに? どしたん? じいちゃんの友達?」


「ほーよね! わしがガキんときによーこやつと遊びよったわいね! うわはははははは!」


「あ、そーなん! ええーっと思うよ! 何して遊んどったんか知らんけど!」


「うおお! あんときゃのう………! ………凜、やっぱりもうええにせんか?」


「………そだね」


オチが見付かりそうになかったため、苦笑を滲ませて項垂れる義朗と凜。店のものを使ったボケでスベるとは如何なものか。これではショーケースの前で勝手にはしゃいでいる煩い高校生の2人組だ。気を取り直して、義朗は出入り口のドアの取っ手を引いて店内に入った。


「いらっしゃいませー」


店に入ると、無地のバンダナを頭に巻いて紺色の制服を着た店員が来客の対応に当たる。人数を確認されたため、2人で来たことを伝えると、義朗と凜は空いているテーブル席へ案内された。テーブルの真ん中には、焼き物を焼くための鉄板がはめ込まれている。客は今の時点で、義朗と凜の2人だけだ。ガラガラの店内には、一昔前に流行った楽曲がBGMとして流れている。


しかしながら、この店の内装は懐かしさが充満していた。先刻のショーケースの中の人形に然り、BGMの選曲に然り、設置されたモニターで再生されている画質の粗い映像に然り、丸い形をした黄色の照明が照らす年季の入った床や壁面やテーブル等に然り。まるでここだけ、開店当初の年代から時間が止まっているかのようだ。おそらく初見でこの店を訪れた者からしても、いつか来たことがあるような懐かしさに駆られるであろう。実際の記憶と照らし合わせながら周囲を見回す凜は、胸中で何度も唱え続けている感想を口にする。


「いや……その……、懐かしっ」


他に別の感想を言おうとしても、結局それしか出てこなかった。語彙が追い付かないほどに、不思議な感覚なのだ。いうならば、時間と時間が溶け合っているような、過去と現在が交信しているような、それこそ現世と死後の世界が入り混じっているような。そんな不安定な文脈が、凜の頭の中で浮かんでは弾けて消えてゆく。義朗も尚も好奇心を持ち寄って視線を動かす凜に相槌を打つ。


「うおお、レトロってやつかの? 凜らーの言葉で言うたら」


「レトロ? んー、そうかも!」


「……あんまもう言わんかいの」


「どーだろ? 分かんない! それよりじいちゃん、一応中まで入ってきたけど何か見えたり感じたりする?」


言われてみれば、黄泉への鍵の気配は強くなっている気がするが視覚的にも感覚的にも自らの内に入ってきてはいない。もしや店内の雰囲気も合間って手掛かりが保護色のように溶け込んでいるのではなかろうか。確証を得られない義朗は、正直にその旨を伝える。


「どうとも言えんわい。感じるにゃあ感じるが、そのことものに靄が掛かっとるみたぁにはっきりせんのんよぉの」


「マジ? 難しいね」


「それなんよぉのぉ」


そこまでいったところで、凜と義朗の腹の音が同時に鳴った。今の今まで空腹に気が付かなかったわけだ。2人は顔を見合わせると、本題を逸らしてテーブルの奥側にあったメニュー表を構える。


「………とりあえず何か食べない?」


「ほうじゃの、店のもんも注文を待っとるじゃろうし」


飲食店に来たからには、たちまち何かは食べる。何かとはいえメインはお好み焼きにはなるが、サイドメニューにも目を通してみた。カルビやタンといった肉類や野菜の炒め物もある。店員が冷水を持ってきてしばらくして、義朗と凜は希望の品を注文した。一般的なお好み焼きが1枚ずつと、義朗だけがカルビを頼んだ。


お好み焼きとカルビが運ばれてくるまで待っている間も、相変わらず気配だけはするが進展はない。義朗が何も考えずに虚を眺めている一方で、凜はデザートのチラシに着目する。バニラの他にチョコや抹茶などの味が選べるソフトクリームのようだ。


「これ美味しそーじゃない? 後で頼もうかなぁ?」


「うおお? 太るでぇ?」


「いやいや、ちゃんとその分運動するから大丈夫! 細かいことは気にしないの!」


適当な雑談もそこそこに時間を潰していると、注文したものは滞りなく運ばれてきた。小さな鉄板の上に、2つの満月が並ぶ。テーブルの端には、黒い器に盛られた赤い肉の切り身を置く。カルビは鉄板に油を敷いて自分で焼くようだ。


早速義朗はトングを使って肉を鉄板に移動させる。美味な食材が焼ける良い音と香ばしい匂いが、鉄板を中心に広がった。機嫌良く肉を焼く祖父に対し、凜は皮肉のような指摘を入れる。


「じいちゃん元気だねぇ、そんなの食べて胃がもたれんのん?」


「なぁにを今更なこと言よるんなら? 内蔵も若うなっとるわいね! 細かいことは気にするまー!」


「ああー、そうなの?」


本人がそう言うのならば、身体に負担を掛けることなく食べることが出来るのだろう。凜は笑って会話を黙殺すると、視線を鉄板の方へ落として小さなヘラでお好み焼きをカットする。食べやすい大きさに切った具沢山の焼き物を、程々に冷まして口へ運ぶ。ソースと混ざり合った野菜や卵、麺の美味しさが刺激となり、より一層食欲を助長させる。


「美味い!」


小学生の頃の自分も、この味を体感したというのか。はっきりとした覚えはないが、これで間違いは無い。高校生になって今一度、北部のバスターミナルの近くにある店のお好み焼きを実食したのだ。その後も、凜と義朗は合間合間に会話を挟みながら食事を進める。


店内に居る客は、未だに凜と義朗の2人だけだ。夜が更けていくごとにまた客足も増えていくのだろうが、今だけは貸し切りのような空間である。だが、凜と義朗が食べ始めてから5分程経過したところで、店の出入り口のドアが開かれる音が聞こえた。店員の挨拶も響く。人数は店員曰く2人らしい。


そして、来客は凜たちの反対側のテーブル席に座った。


「美愛、奥いいよ」


「うへへ、ありがと」


凜は横目で、チラリと今来たばかりの客を見やる。小柄な体格に色白の肌と茶色掛かった長髪が特徴的な女子高生と、彼女の性別をそのまま逆にしたような男子高校生だ。2人とも制服姿で、学校帰りにここへ立ち寄ったのだろう。加えて彼等の制服を見るに、この近辺の高校の生徒のようだ。


美愛と呼ばれた女子高生とその連れは、いわゆるカップルだろうか。いや、それ以前に顔立ちや雰囲気が似過ぎでいる。だからこそ、どちらかといえば双子の兄妹のようだった。


2人の高校生もとい赤星美愛と赤星由磨は、ともにメニューを見ながら注文を決める。先に美愛が目星を付けたようで、表情の上半分を動かさずして示す。


「私これにする。由磨もこれね?」


「えぇー? 何で美愛が勝手に決めるんよ?」


「だって由磨、こういうときっていっつも中々決められんくてみんなを待たせるじゃん! 私もそんな待ってられんけんね?」


「もー、美愛はせっかちなんじゃけ」


「せっかちじゃないし。由磨が遅いんよ」


いきなり痴話喧嘩が始まった。それでも美愛は冷水を持ってきた店員が来るとそちらに向き直り、愛想良く注文を伝える。先刻の凜や義朗と同じように、美愛と由磨は待っている間に会話を挟む。由磨はここには居ない先輩について触れ、話題を展開させた。


「純哉さんも来てくれればよかったのになー」


ラインのトーク画面を開き、相手のユーザーネームを見詰めながら呟く由磨。冬田純哉、それがその先輩の名前のようで、彼と今まで交わしたメッセージの履歴を見直す。しかし、ラインを交換した、もしくは連絡先として追加したのは割かし最近のようで、メッセージの量は少なめだった。それまでは、写真をメインに投稿するSNSのダイレクトメッセージを用いてやり取りをしていたのだという。


能天気な調子でスマホを構える由磨に対し、美愛は明るさを装って答える。


「純哉はねぇ、仕事が忙しいらしいし、何か色々あるらしいんよ」


「色々? 美愛、何か聞いとん?」


「え? まぁ、それなりには?」


「何それ? 俺何も知らんし、何も聞いとらんよ?」


「そっか。まぁね、純哉も社会人1年目だし覚えることも多くて大変なんじゃない?」


「あー、そうなん?」


何やら内々で、あまり聞かないほうが良い話をしているのではなかろうか。今の今まで美愛と由磨に見惚れていた凜は、その場から逃げるようにして前を向き、食事に戻った。最も、向こうの話を耳にしたところでその内容は何も分からないと思われるが。


カルビが焼けたので、義朗はそちらも食す。熱を加えたことによって赤色から茶色に変色し、程良い加減に焦げ目が付くと、タレで味付けをして咀嚼する。肉本来の旨味と油やタレが混じり合い、贅沢な食感が舌を中心に反響した。無条件に白ご飯も食べたくなる。義朗は口元に左手を当てながら、凜へ肉を勧めた。


「うおお、ほんまに美味ぁでこれぁ。凜も食ってみいや?」


するとその直後、ついに先刻からの気配の実体を視界に捉える。まるで満を持して現れたかのような黄金色の軌道は、店の奥側の座敷の席から伸びていた。凜もそれが見えたようで、咀嚼していたお好み焼きを一気に飲み込んで追跡を促す。


「じいちゃん!」


「うおお!」


「私、荷物見とくけぇ行ってきんさいよ!」


「うおお、おおお! 頼むでぇ!」


今、この近辺では見慣れない制服を着た女子高生が連れの男子高校生のことをじいちゃんと呼んでいたのか。反対側の席から聞こえてきた高校生同士の会話に違和感を覚え、美愛と由磨は不思議そうな表情を浮かべて、席を立った義朗を見送る。その先には座敷の席があるだけだが、一体どうしたのだろうか。気付きの1つとして、美愛が由磨に一言問う。


「あの制服って、何処の高校だっけ?」


「さぁ?」


由磨が短く返答したところで、注文したお好み焼きは運ばれてきた。双子の意識は、同時にそちらへ向く。次いで美愛が取り皿とヘラと箸を配り、食事を進める。


「うへへ、さー食べよーか。マヨいる?」


「いるー! ありがと、美愛! あと、早速追加で何か頼もうかなー?」


「いや、早速が過ぎるよ! まず今来たのを消化しよ?」


「だなー」


美愛と由磨が和気藹々と食べ始めている一方で、義朗は座敷の座布団に座るようにして浮かぶ光の球体を見付けた。そういえば、以前凜と来店した際に座った席はここだった気がする。過ぎた時の情景は、記憶の破片によって展開された。


今から9年程前、当時8歳だった凜は義朗とともに北の街を訪れる。切っ掛けは、凜が義朗に対して夜間のドライブに行きたいと言ったことだった。高架の上でローカル線が走る長い車道にて移動していたところ、空腹を覚えた祖父と孫は付近の飲食店に立ち寄る。それがこの、時が止まっているような懐かしさに満ちた空間だった。思い返してみれば、その時の凜も現地の雰囲気に気持ちを委ね、万能感に駆られていたことだろう。


場面が切り替わるように脳内で記憶がはけていくのもさることながら、義朗は黄泉からの声を聞く。死後の世界で調査を進める、案内人だ。


『夏宮様、記憶の破片が集まりつつあるため、以前よりも探しやすくなっているのではないでしょうか?』


「なんじゃあゆてぇ? よー分からんが、そのての気配が遠くから感じたんはそゆうことかいの?」


ここに来るまでに感じていた記憶の破片の気配は、これまでに入手した黄泉の鍵が共鳴し合ってのものだったということか。義朗の推理に対し、案内人は姿を見せられないながらも首肯する。


『左様でございます。つきましては夏宮様、黄泉への戻り道が開かれる日もそう遠くはないでしょう』


「……ほんまかいの」


もう少し、あと一息で、自らの本来の死を取り戻せるという。訝しみつつ小首を傾げる義朗に、案内人は意味深な指摘を残して時間制限のある交信を終える。


『しかし、夏宮様とは別に一度死を経験しておられる方が近くにいらっしゃいますね』


「は?」


自分と同じように、死んでまたこの世に戻ってきた人間が居るというのか。近くに居るといえば、真っ先に先程の双子が思い浮かんだ。だが、確証はないし、無理に関わる気概もなかったため、義朗は自身の中でその疑問を仕舞った。

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