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5月中旬の平日。昼休憩中の真っ只中である2年2組の教室内では、生徒たちの談笑する声が響く。夏宮義朗もまた例外ではなく、夜海來太を始めとした仲の良い男子グループで集まって昼食を取り終えた後、他愛もない会話を交わし合っていた。
「ほいでぇ、田野と布留谷はもう新館のほうは行ってみたんかぇ?」
それぞれ名前を呼ばれたクラスメート、田野竜也と布留谷英治は順々に答える。
「おー! 俺は行ったで! 同中の奴と一緒に行ってきた!」
「俺も行ったー。なんか色々買った」
話題は、最近オープンしたばかりの西部のショッピングモールの新館についてだ。そして田野と布留谷は、義朗が來太を通して仲良くなった連れである。新しい環境及び2年2組というクラスに馴染んでいく中で、自然と友人同士のグループも出来上がっていった。最初こそ孫である凜ぐらいとしか行動していなかったものの、今となっては完全に男子生徒の中に溶け込んでいる。
「ほうね、ええじゃなぁか。ほいで來太ももう行ってみたんかいの?」
席に座ったままの來太に義朗が訊く。廊下側の席に居る來太の周りは、いつしか彼等の溜まり場のようになっていた。椅子の背もたれと机を肘置きにして楽な姿勢を取る來太は、口角を上げて回答する。
「ええ? 俺はまだ行ってないな! 中々行くタイミングがないんよねぇ」
「うおお、そりゃ意外じゃのぅ。今度妹誘って行ってみぃや? わしは凜と行ってきたで」
行ったのは、開店してからすぐのことだったか。そのため客足が多めだったことはよく覚えている。新館の中の構造は、改装工事が行われる以前と大体同じであったのも印象的だ。義朗の言葉に反応して、田野は何やら嬉しそうな表情を浮かべて言い寄った。
「やっぱ萩庭と行ってきたんか!」
「うおお? 行ってきたでぇ? それがどないしたんねや?」
「えー? いやぁ、いいなぁって思ってさ」
「誤魔化そうとせんでも分かっとる。どうせそのてのもんを期待しとったんじゃろ?」
もう何度目のくだりだろうか。義朗と凜が同居していることは、教室内どころか部活のチームメート経由で他クラスでも周知の事実だ。一応義朗が高校生の姿になってしまったことで、祖父と孫という間柄ではなく親戚同士の関係であるという認識で広まっているが、未だにやましいことを期待して食い付いてくる者が居たりする。そのたびに、義朗は呆れた調子で溜め息を吐いていた。
「だってさー! ああ、うへへ………」
「うおお……。田野、お前ぁ気持ち悪ぃのぉ………」
イヤらしさが滲み出るニヤけ顔を晒す田野に、義朗は真顔で身を引く。これがいわゆるドン引きであるという感覚を改めて知った気がする。心なしか、田野の表情はその風貌に映えているように見えなくもない。
元々の話題が成り行きでフェードアウトしていき、次いで布留谷が話題を展開させた。
「そういや来週からテスト週間じゃん」
「うおお! テストか! そりゃまた面倒臭ぁのぅ!」
テストとはまた懐かしい響きだ。社会人になってからは娘や孫が受ける際にその都度耳にしていた単語だが、それをまさかこの期に及んで自分も受けるようになるとは。普段の学校生活を過ごしているうちになんとなくそんな機会がくるのではないかと思っていたが、黄泉に戻る前に巡ってきた。
「ほしたら赤点回避せんにゃあいけんでぇ! の? 來太よ?」
「そりゃあね! じゃないとそれこそ面倒臭そうで!」
同意を求める義朗に対し、來太は高めのテンションで頷く。テスト範囲は各教科それぞれ4月の初回の授業から今週末までの箇所だろうが、当日までに対策が追い付くかどうかが不安要素ともいえる。少なくとも今の時点で分かる範囲だけやっておいても充分欠点は避けられるだろう。
二人で盛り上がっている義朗と來太を見据えつつ、布留谷は連れたちに誘い掛ける。
「みんなで一緒に勉強しようや」
放課後の教室ででも、もしくは学校外ででも、ともにテスト対策をしようと布留谷は言う。それに一早く賛成したのは田野と來太だった。
「いーね、それ! しよーや!」
「メッチャありだな!」
早くも乗り気になっている連れの二人だが、義朗は若干の逡巡を置いて返答を紡ぐ。
「うおお、わしもええ思うで? ただ、適当にくっちゃべって終わりみたぁにならにゃあええがのぅ」
集まって勉強するのは良いが、本題が脱線を繰り返してテスト対策にならなくなってしまうこともよぎった。しかし、よくよく考えてみればそういった経験も学生時代の特権だと思い直し、慣れ慣れしく右肩に手を置いてきた田野に対して楽観的な調子で答える。
「まぁ、その時はその時よ! 夏宮もよく言うじゃん! お決まりのアレ!」
「うおお? 細かいことは気にするまー?」
「そう、それ! ひゃははははははははは!」
田野を中心とした男子グループの高笑いが、室内にこだました。まさしく昼休憩中の2年2組の賑やかさを、彼等が更に色濃く塗りたくっているかのようだ。活力に溢れたその様は、義朗の目に若さの象徴と言っても過言ではない輝きに映った。ましてや自分も今となっては現代を生きる高校生なため、文字通りの若者ではあるが主観的に見て実感はない。いかに男子高校生の群れに溶け込んでいても、中身は一度死んであの世に行った老人なのだから。
ここでまた話題が一段落付き、田野は相手の肩に置いた手をどかさずに義朗の言動について触れる。
「お、そうよ。夏宮の言う『うおお』がさ、どういうリアクションの時に言ってるものか当てるゲームせん?」
「はああ? 田野ぉ、お前何を言うとんねや? 言っとることがさっぱり分からんぞ?」
「夏宮が喋る前とかよく言っとるじゃん? それを、夏宮の表情とか声のトーンとかを見て俺らが当てるんよ! おもろそーじゃね?」
「いや、知らんわい」
義朗の脳内で力強く疑問符が浮かぶ。正直な感想を言えば、玩具にされて遊ばれている気分だ。向こうはそのつもりはなくとも、義朗の中では多少の不愉快さがチラついた。また、田野の言い分に稚拙さが見えたのは定かであろうか。義朗の心情を知ってか知らずか、田野は勝手に話を進める。
「とりあえず夏宮は『うおお』って言えばいいんよ! じゃー、早速うおおって言ってみてや!」
「う、うおお……?」
「難しい問題が出てきて考えとる時の『うおお』! 合っとる?」
「わーからん! ちゅうか何が面白いんでや? よー分からん趣味しとるのぉ」
「趣味じゃねぇし! それより答えは今ので合っとん?」
「ほいじゃけ知らん言うとろうがいや、何をしたいんかも分からんわ」
既存のパーティーゲームで似たようなものはあるが、義朗はそれを知らない。逆に田野はそれを元ネタにしているからこそ、伝わっていないことに違和感を覚えた。しかしながら、これまでの会話の中で互いの認識にギャップが生じていることを当人たちは未だに気付いていない。
いずれにしても、このまま話がまとまらずに進むといざこざが起きてしまいそうだ。そんなピリ付きかけている空気を察した來太は、どうにかして話題を逸らそうとする意思を固める。だが、唐突に飛んできた笑い声が、第一にその淀みを掻き消した。
「ギャハハハハハハハハハハハ!」
威勢の良い女子生徒の声がクラスメートたちの鼓膜を突く。義朗や來太たちは、反射的にそちらへ振り向いた。砕け散るかの如き勢いで爆笑していたのは、友人の席の机にすがってスマホの画面を眺めている凜だった。
スマホをイジっている最中に面白い画像でも見付けたのだろうか。自分の席に座ったまま迷惑そうに睨みを利かしている美遥は、遠慮を抜きにして文句をぶつける。
「いきなりなに? 怖いんだけど」
突然発狂したように笑い出しもすれば、周囲に居る人間が驚くのも無理はないだろう。遠目から、義朗たちが呆然と凜に注目しているのもさることながら、当人は浮かれた調子でスマホを見せつつ美遥に共感を求める。
「ヒヒヒ……っ! いやぁ、ここの文章の言い回し? が面白くてさぁ……! ヒっ! ツ……、ツボに入ってしも……ギャハハハハハ!」
「…………………………」
凜の笑いは止まらない。笑いのツボに入ってしまった以上、しばらくは収まらなさそうだ。つまるところ、凜はたまたま読んでいたネット小説の中で笑えるシーンがあったため、こうして腹を抱えているのだという。周りの人間からすれば理解が追い付かないこともあり、今の凜は浮いている。
彼女に対して思うことは皆同じで、義朗が苦笑交じりに呟く。
「………なにがそないにおもろいんねや」
至極当然のことを言って孫を見据える義朗。一方の凜の勢いは留まることを知らず、そのまま興奮して美遥に抱き付くと、どさくさ紛れの暴挙に出る。
「ギャハハハハハ! あっ………」
「っ!? ………………」
なんと、凜は美遥の胸に触れた。美遥の眉間にはしわが寄り、凜は謝ってからまた笑い出す。
「ごめん! ごめん! ごめん! ハハハハハハハハ!」
そんなハレンチな光景を目の当たりにした男性陣もとい義朗、來太、田野、布留谷は、良いものを見たとばかりに口々に感想を述べる。
「うおお! あらわざとじゃろうがや! ほんま何しよんね!」
「それな! 確信犯じゃろ!」
「いやっ! ……いいなぁ」
「そこ替わって欲しいって思ったじゃろ?」
予想だにしないハプニングもありきで、2年2組の教室内は今日も色んな意味で平和なのだった。




