story:16
路面電車の駅に降りて階段を上り、そこから直結した屋根付きの歩道橋を行く。平らなエスカレーターのような動く歩道に乗って前へ進みつつ、西部のショッピングモールの別館や本館、その間に挟まれている広い公園などの景色を一望する。そして本館のメイン通りから伸びる連絡通路を経由し、義朗は凜に連れられるかたちで目的地に到着した。
昨日オープンしたばかりの、西部のショッピングモールの新館だ。出来立ての新しい店舗ということもあって、正面玄関から出入りする客は当然の如く多い。加えて、テレビカメラを肩に担いだ報道陣の姿も見受けられる。
まるで小さな歩行者天国のような光景を眼前にして、義朗は開き直った態度で呟く。
「案の定じゃの」
「ほんまね! 意外と今日こそ知り合いに会いそうだわ!」
知り合いに会いそうだからこそ、オープン初日の昨日は来ることを控えていたというのに寧ろ今日こそ鉢合わせてしまいそうだ。予想以上の人の多さに、義朗も凜も竦み上がる。とはいえど、例の鍵がある可能性が少しでもあるのなら、流行に乗ることも含めて来てみる価値はあった。
元より新館は以前は別のテナントが入っていた建物なのもあり、当時の凜は義朗を始めとした身内と何度も来たことがある。上品な出で立ちをしたドーム状の外観が、過去の面影を映し出す。中の間取りは変わっても、建物自体は変わらないので記憶の破片がある可能性はなくもない。今回ばかりは凜の好奇心から派生しての探索だ。
「知り合いに会いそうなんはええが、ほんまのことを言うたら凜が来たかっただけなんじゃないんね?」
「それは、ある! けど私は真面目に記憶の破片を探すつもりで来たよ!」
「うおお。まー、なかったらなかったで適当にぶらぶらしてみりゃええがの」
これまでの言動を指摘して口元を緩める義朗に対し、本音だけをはっきりと言い述べる凜。主な目的としては心当たりのある場所に出向いて記憶の破片を探し出すことだが、せっかく話題の新店舗に来たのだから満遍なく散策してみても損はないだろう。
しかしながら、およそ1週間程前に来た時は改装工事中だった現地だが、果たして中は一体どのようになっているのだろうか。一種の期待を抱きつつ、凜は祖父とともに店内へ足を踏み入れた。
厚いガラス張りの重いドアを引いて開ける。二重になっている出入り口の間には、来客の体温を表示するモニターと長机に置かれたポンプ式の容器に入った消毒液があった。近頃はどの店も感染症対策には抜かりがない。
「こういうのも、ちゃんとしとかんといけんよの」
「えらいね、じいちゃん。私もやっとこ」
各々手指の消毒を済ませて二つ目のドアを開けると、いよいよ新店舗に突入する。おそらくは大理石をあしらったものだろうか、艶のある床や小綺麗な壁と天井が内装の真新しさを物語っていた。心なしか、店内に充満する空気も澄んでいるように感じられる。
周囲の家族連れや学生の友人グループの流れに合わせて奥へと歩みを進めていると、まず先に見えたのはキャンプ用品を取り扱うコーナーだった。テントやランタン、バーベキューコンロやハンモックなどといったアウトドアグッズが数多く取り揃えられている。それらの商品一式を見渡して、義朗は自身の中で思い出を巡らせながら口を開いた。
「うおお、キャンプか! 凜が中学校に上がってすぐの頃にやったんが懐かしいのぅ」
「ん? 中学校に上がってすぐ? やったっけ? そのとき」
「んん? やぁ違うの、凜が小学校の6年生になったばっかの頃じゃったかいの……? あれ? どうかいの?」
明らかに記憶違いが起きている様子だ。義朗の脳内では様々な記憶がぐるぐると回る。しだいに凜が不安げな苦笑を滲ませ始めたところで、義朗は素早く頭を上げて、確かな情報を捻り出した。
「そうじゃ! あら凜が小学校2年生ん時じゃ! うわはは! すまんすまん!」
「ああー! やったわ、そのとき! でもじいちゃん! 小6の時と小2の時とでは全然違うと思うよ?」
学生時代の1年は大きい。思い出した上でも情報に差異があったことは、凜も突っ込まずにはいられなかった。対する義朗は、お決まりの口癖を用いて返答する。
「ほうかいの? まぁまぁ、細かいことは気にするまー!」
「う、うん………?」
「ほいでのぅ、そんな言うならそこにこそ記憶の破片があったりするんじゃなぁかえ?」
実際に記憶が曖昧だったこともあり、本当にそこへ黄泉への鍵があるのではなかろうか。逆に鮮明に覚えていなかったことが、次の目的地へのヒントになったような気がした。それでも凜は、らしくもなく機嫌を損ねている様子だ。
「………そうかもね。でもじいちゃん、そこはちゃんと気にして欲しかったかな。まぁ、別に無理は言わないけど」
彼の孫として、家族との思い出ははっきりと覚えていて欲しかったと凜は言いたい。加齢とともに自身の中で過去の出来事が薄れてきていたのは分からなくもないが、そのちょっとした記憶違いが多かれ少なかれショックだった。孫の顔を振り返って血相を変えた義朗は、隠しきれない焦りを持ち寄って謝る。
「うっ……、す、すまん……。細こうは、なかったの……」
「いーよ。実際記憶の破片があるのかどうか知らないけど、今度の休みの日とかそこ行ってみようね?」
「うおお………」
威圧感を放つ凜の言葉に、義朗はただたじろく。対して凜は言いたいことははっきり言ったとばかりに気持ちを切り替えて、祖父をリードする。
「じゃ、他にも色々見て行こ? なんか面白そうなものとかないかなぁ?」
凜を先頭に、その後は各階を巡っていった。新館自体は1階から4階まであり、現在地の2階からエスカレーターを経由して行き来する。建物内の中央は吹き抜けとなっていたため、上から下までが広々と見渡せた。1階のスーパーや雑貨店、3階の家電量販店、4階の百円均一やフードコートなど、くまなく散策する。一通り見終えるとまた外に出て、連絡通路まで戻ってきた。
新館の内装について、義朗は納得したように頷きながら感想を述べる。
「そーじゃのぉ、中は前ん時とほぼ同じじゃったのぉ。まぁ、同じ建物を使うとるけぇ当たり前じゃわいねぇ」
いわゆるリフォームか模様替えか。新鮮さはあったが、以前の面影が色濃く残っていた印象だ。西部のショッピングモールに加わった新しい要素なだけに着目しがちではあるものの、本題も忘れてはいない。
「んー、どうなんだろ? でも結局、記憶の破片はここにはなかったねぇ」
「うおお……、ほんまにの。なかったもんはなかったでしょうがなぁわな」
それらしき場所を狙ってはきたが、黄金色の軌道さえも見えなかった。だが、全く収穫がゼロだったわけではない。前向きな心持ちで、凜と義朗は得たものを抽出して意見を出し合う。
「うーん、まぁ、ありそうなとこが思い浮かんだのは良かったんじゃない?」
「そうよのぉ、あたぁ新しい店に来れたんもの」
手に入れた情報は、必ず今後に活かす。確実にそこにあるとは限らないにしても、それも行ってみなければ分からない。心当たりのある地は後日赴くとして、凜と義朗は一旦の休息を挟むべく本館へ向かうのだった。




