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特段予定も入っていない4月下旬の土曜日の午前、萩庭凜は部屋着姿で自宅のリビングのソファに横たわり、半ば無意識にスマホを操作していた。彼女の目に映っているのは、短文で自身の近況を発信するSNSの画面だ。基本的に開くことが少ないアプリケーションだが、今は気まぐれで閲覧する。タイムラインに上がっている投稿を見ていくと、凜の友人の呟きが目に留まった。


(へぇ、美遥今日は花畑行くんだ。いいなぁ)


クラスメートであり部活のチームメートでもある洲堂美遥の予定を知り、凜は微笑ましさを含めて頬を緩ませる。投稿を見る限りでは、美遥は両親や弟とともに遠方の花畑に行くようだった。俗にいう家族旅行というものであろう。凜は一面花に囲まれたのどかな風景の一画で、姉として弟の面倒を見る美遥の姿を想像し、ひそかに微笑んだ。常に冷静で落ち着き払った印象が強い美遥なだけに、そのギャップはどれほどのものなのだろうか。凜は一人で勝手に妄想を膨らませる。


彼女の弟は小学2年生の子どもであるため、性格しだいでは年相応の元気さに振り回されていそうだ。しかし美遥の人柄からして、平常心を保ちつつ世話を焼いていることだろう。表面上は淡々としているように見えても、その言葉の端々や胸中には確かな情がある。


美遥の投稿にリアクションを伝える意味でのハートマークをタップして、それからもタイムラインを見続けている凜。当の彼女といえば、部活もないので暇を持て余していた。家には両親が仕事のため居らず、高校生にまで若返った祖父、夏宮義朗は朝イチから何やら作業に勤しんでいる。物を各所に運んだりしている様子を見る限り、昨日購入した物品などの仕分けだと思われた。


学校から一度家に帰って自転車で出かけた先で買ったものを片付けて、一段落ついた義朗は灰色を基調としたコンパクトな箱を両手に持ち、凜に誘い掛ける。


「凜、昨日こないなゲームも買うてきたんじゃが、わしとやってみんか?」


義朗が持ち寄ってきたのは、20年以上も前に大流行したテレビゲームの復刻版だった。今ではレトロゲームと呼ばれるそれは、閉店間際の中古のゲームショップで買ったらしい。凜は物珍しさに目を輝かせて、祖父の誘いに乗る。


「え、やる! てかやってみたい! でも何でまたこれ買ってきたん?」


「うおお? 懐かしい思うたんと安かったけぇじゃ。まー、あんたぁ慣れてなぁ思うがぁ、暇潰しにならぁええがのぅ」


「なるほどね! 早速開けてみよーよ!」


こくこくと頷きつつ、義朗はゲーム機やケーブルなどが入った箱を凜に渡す。開封やテレビへの接続は、孫に任せてみることにする。箱の中には、コントローラーが二つとゲーム機本体と接続に必要なコードだけが入っていた。他でいえば、説明書と保証書もある。備品の少なさを見るに、起動をさせること自体は意外と簡単であると窺えた。


ソファの上に広げた備品をテレビに繋ぎ、リモコンを操作して表示される画面に切り替えてゲーム機本体の電源を入れる。すると、あらかじめデータとして内蔵されていたゲームを選択する画面が現れた。ここからゲームを選んで始めるようだ。凜はコントローラーの十字キーを動かして、ゲームの並びを見ていく。


「おおー、色々揃ってるんだねぇ。私が知らんゲームまであるわぁ」


世界的に有名な赤い帽子を被ったキャラクターが主人公のアクションゲームや、ファンタジー要素を全面的に取り入れたRPGまで選り取り見取りだ。およそ20種類近くある中で、どれをやってみるか。義朗が腕を組んで見守っていると、選んだゲームにカーソルを合わせてから凜が振り返って言った。


「じいちゃん、これやんない? てかこれ分かるかねぇ?」


それは、ピンクのボールのようなキャラクターが主人公の横スクロールのアクションゲームだった。つい最近このゲームのシリーズの最新作が発売されたばかりで、テレビでもCMをちょくちょく見掛けるので登場人物も多少なりとも見覚えはある。義朗は柔らかく笑うと、淀みなく首肯した。


「うおお! ええぞ! なんならわしもそれがええ思いよったんじゃ!」


まるで前々からそのゲームを知っていたかのような食い付きようだ。もしや、生前にやったことがあるのか。軽く拍子抜けする凜の予想は、意外にも的中していた。


「え、じいちゃんもしかしてこれやったことあんの?」


「うおお、あるでぇ! 昔ちぃと気まぐれで買うたんをやってみたんよの!」


「マジかー、それは意外」


「ほうじゃろ? ほいじゃけん、実を言うと現物も持っとったんじゃわいね」


現物を持っていたという既成事実があり、今回も半ば気まぐれで購入に踏み切ったのならば、当時と状況がかなり酷似しているではないか。自身の中で点と点が繋がった凜は、なんともいえない感動を覚えて義朗に突っ込む。


「なんだろ、エモいね」


「エモいじゃとぉ? なんねぇ、エモいて?」


「えー? なんか尊いっ! みたいな?」


「うおお……。よう分からんが、とにかくエモいんじゃな……」


「そうそう、別に変な意味でも悪い意味でもないからね! 細かいことは気にしないの! それより早くやろーよ!」


「うおお、ほーじゃの」


一応テレビで聞いたことのある若者言葉だったが、具体的な意味までは分からない。孫のペースに呑まれるのもさることながら、義朗はゲーム機本体に繋がれたコントローラーに触れる。一番手のコントローラーを握る凜は、粗方の感覚で操作してゲームを進行させた。オープニングから始まり、タイトル画面を経てセーブするデータを選び、最初のストーリーを進めていく。


凜はピンクのボールのようなキャラクターである主人公を、義朗は目からビームを出すアシストキャラを動かし、順調にそのステージのゴールを目指す。行く手を阻む敵は、容赦なく蹴散らしていった。二人のゲームテクニックがあれば、クリアはすぐだ。


「じいちゃん、ほんまにゲーム上手いね! これは予想以上だよ!」


「ほいじゃけ言うたろぉ! やったことあるぅちゅうてのぉ! ほうでもうて凜も中々上手ぁじゃなぁか!」


「じゃろ! 私天才じゃけん!」


「うおおー、自分で言うか! まー、細かいことは気にするまー!」


凜に関しては、完全にゲーム慣れだった。時代も義朗の頃より進み、ゲームに触れる機会が多くなったことが裏付けか。そして、午前中の2時間ずっと休憩も無しにプレイし続けた果てに、すでに全体の半分以上をクリアしていた。時間帯でいえば昼食時に差し掛かり、ゲーム内の進行度合いで見てもキリが良かったのでたちまちゲーム機の電源を落として中断する。


「お腹すいたー」


「ほんまよのぅ、昼何しようかのぅ?」


テレビの前から離れて空腹を訴える凜と義朗。果たして昼食に何を食べようかと考えを巡らせる凜に対し、義朗は即座に思い付いて気前良く提案を述べる。


「うおお、ほうじゃ! 出前取ろうでよ! なん、たしかバイパスの方にお好み焼き屋があったろーに! そこでえんじゃなぁか?」


自宅の向かい側に見える洋風の城を模した結婚式場、その下方面にあるバイパス沿いに位置する最寄りのお好み焼き屋に電話して出前を取ろうと義朗は言う。対する凜は、大仰に頷いて賛成する。


「うおおーっ、いいねぇ! たまには出前もありでしょ! 父さんと母さんが居らん間に美味しいもの食べよー!」


「うわはははは! 早速向こうに電話じゃ! 凜、まずぁチラシを持ってきてくれぇやの?」


年甲斐もなくハイテンションになり、義朗は踊るような調子でスマホを手に取ってお好み焼き屋の電話番号が記載されている広告を持ってくるよう促す。だが、凜の補足によってその手間は省かれた。


「いや、ネットで検索すれば番号出てくるよ!」


「うおお! そりゃええの! ほんだらそのままかけてくれぇやの!」


「任せろっ!」


店の住所や営業時間だけでなく電話番号まで出てくるとは、便利であること以外何ものでもない。凜は10桁の数字が表示されている項目をタップして、バイパス付近のお好み焼き屋との連絡を繋ぐ。すぐに店員が出たので、スムーズに注文の品を伝える。はずだった。


「あっ……! もっ、もひもひ! ちゅ、ちゅーもんしたいんですけけどど、いいいいーですか……?」


日頃の日常会話ではハキハキと喋れる凜からは想像が出来ないほどの緊張だった。先刻の堂々とした態度は何処へやらと、義朗は苦笑を溢す。しかし義朗はすぐには代わろうとはせず、公的な電話に慣れていない孫の姿勢を見守った。


「じ、じーちゃん……、にっ、にに、肉卵そば……2枚でいーい……?」


「うおお、ええぞ? それにしてくれぇや」


注文の品は考えないまま動いてしまったため、今ここで決める。やがて電話が終わると、凜は笑顔を解放しながら義朗を見詰める。


「………何で電話ってあんなに緊張するん!? マジで意味が分からんのんじゃけど!」


「まーまー、慣れてない分にはしゃーないわな! ほいでもええ経験にゃあなったじゃろうて」


「ううー、確かにそうかも知んないけどさぁ……」


まさか自分がまともに喋れなくなるほど電話が苦手だとは思わなかった。自信満々に豪語しただけに、恥ずかしさまでもが湧き上がってくる。見過ごしていた自分の短所を再認識出来たのはある意味収穫とはいえるのだが、凜の頭まで上った熱は中々拭えなかった。


「ほんまね! 電話はなくなっても良いと思うんだ!」


何やらやけくそのようなことを言い出したが、義朗は目を細めて意地悪げに問い掛ける。


「ほおお、ほんじゃったら美遥みたぁな連れとも電話できんのぉ」


「友達との電話は別だよ! お店とかそういう公的? なところと電話するんじゃあ訳が違うけん!」


「うわはは! まぁ、細かいことは気にするまー! の?」


凜が突っ込み、義朗が陽気に笑う。そうしてしばらく待っていると室内にインターフォンの音が鳴り響き、義朗が玄関先まで出て配達に来た従業員から注文したものを受け取り、支払いを済ます。重みのあるビニール袋からは香ばしい匂いがしてきており、義朗は食卓テーブルの上に白くて丸い容器を2つ並べた。対面の席に座り、義朗と凜は蓋を開ける。


中から現れたのは、炒めた野菜や麺の上に乗った円形の卵にソースや青のりがトッピングされたお好み焼きだった。食べやすいよう、それぞれ4等分にカットされている。


「うおおーっ、美味しそーだね! 早く食べよー!」


視覚や嗅覚から入ってくる情報は、凜の空腹を助長させる。義朗は持ち帰り容器の蓋を固定するために施された輪ゴムに挟んであった割り箸を割り、昼食を取り始めた。それに凜も続く。


「いただきます」


食べ始めると、箸が止まらない。具の下に敷いた生地のもっちりとした歯応えも、もやしやキャベツのシャキシャキした食感も、ソースの甘辛い風味も、味わい尽くす前に胃に運んでしまう。しかも配達されている間に程良い具合まで冷めていたので、尚更食が進んだ。


見かけ通りボリュームのあったお好み焼きは、あっという間になくなってしまった。


「ごちそうさまーっ! ねぇ、じいちゃん! また今度頼もうよー! げふっ!」


「うおお、ゲップするなぁええが、ちたぁ遠慮せぇの? ……げふっ!」


「じいちゃんもだよ!」


上品に振る舞うように注意を促す義朗に、凜はそのままそっくり言葉を返す。対して義朗は無言の返答で会話を黙殺し、爪楊枝で自身の歯に挟まった食べかすを取り除いていく。男子高校生の姿をしているだけに、なんともジジ臭い仕草である。これが本来の老人の姿であれば、何ら違和感は無く寧ろ様にはなるのだが。


満腹感に身を預け、凜と義朗はソファに座って呆然と垂れ流しになっているテレビを眺める。空になった持ち帰り用の丸い容器はリサイクルプラに分別して捨て、コップはシンクに置いた。もちろん、割り箸は可燃ゴミとして捨てる。


延々とリビングには沈黙が横たわっていたが、不意に凜が口を開いた。


「ねぇ、じいちゃん」


「うお? なんねぇ?」


「じいちゃんが死んだあとのところに戻るために必要な記憶の破片のことなんだけどさぁ」


まさか凜のほうからその手の話題を振ってくるとは。想定外の発言をしてきた孫に対して、義朗は驚きのあまり目を丸くする。凜はゆっくりと祖父のほうへ顔を向けると、そのまま言葉を続けた。


「私と、じいちゃんやばあちゃんたちと昔一緒に行った場所に大体あるんじゃないかと思うけど、どう?」


あくまで今までの傾向を踏まえた上での仮説だ。一つ目にあった西部のショッピングモール付近にある大きな公園であったり、二つ目が見付かった世界遺産に認定されている神社がある島の砂浜にあったりと、過去に凜と義朗が家族とともに訪れた場所で発見出来ている。


となれば、自分たちの記憶こそが黄泉へ戻るための手掛かりか。澄まし顔で訊いてきた凜に対し、義朗も真面目な表情で頷く。


「そうじゃの、それはわしも薄々そう思っとったわい」


「やっぱり? そしたら、探しに行く場所とかも絞られてくるよね」


「じゃのう」


考えることは、二人とも同じだった。本気で死後の世界へ行くのならば、まずは思い出の地を巡っていこうと。だが、例の鍵が何処にあるのかは明確には分からない。極端な話、今自分たちが居るこの家も家族にとって思い出の場所ではないか。凜が居て、真波と栖盛も居て、そして純乃も居た。果てしないが、記憶の破片は出先にあるのだろうと睨む。


孫の動向と意思を汲んで、義朗は外出する意識を胸中で決め込んだ。しかし、次に凜が投げ掛けた質問によって、義朗の思考は一瞬だけ停止した。


「でも」


「うおお?」


「じいちゃん的にはさ、まだ向こうに戻りたいって思ってる?」


その問いは、不思議と意味深なものに聞こえた。特に意味は無いにしても、義朗は自身の意見も混ぜながら聞き返す。


「………なんねぇ、改まってから。わしはもう未練を残しちゃおらんし、やるべきこともやったつもりじゃけぇはよ向こうに行きたい思うとるよの」


74年の生涯を全うし、悔いを残すこともなく自らの死を受け入れることが出来た。あとは死んだ後の世界で妻と合流し、凜を見守り生かすだけだ。その意思は現世に戻ってきてから一切揺らいでいない。対して凜は、安堵の中に僅かな寂しさを包含した微笑みで首肯した。


「そっか、それならいいんだけどさ」


「お? 寂しいんか? ええ?」


チラついた小さな感情を見逃さず、義朗は遠慮を抜きにして突っ込む。まさか見透かされるとは思っていなかったため、凜は苦笑しつつ補足を入れる。


「んまぁ、それもちょっとあるけど、ほんの少しの間だったとはいってもこっちで過ごしたりしてるうちに戻りたくないとか思ったりしてるのかなーって思って聞いてみた」


一人の男子高校生として、凜や美遥、來太たちと学校生活をともにして情が出てきていたりしたのではないか。それで黄泉に戻ることに対して躊躇いも出てきたりしていたのではないかと、凜は一抹の心配を吐露した。


すると義朗は、軽く笑みを称えて淡々と答える。


「そういうことね、納得じゃわい。ほいじゃけど今も言うたようにわしの考えは変わっとらんよ」


「うん。だったら、記憶の破片を見付けるために積極的に動いていかんといけんかもね」


「ほうじゃの、受け身じゃったら見付けられるものも見付けられんじゃろうて。大事なんは行動、動くことじゃろうの」


そう言って、義朗が相槌を打つと、凜が行き先について提案した。


「そうじゃね。だったら早速、最近出来たあのところに行ってみん?」


「………はぁ?」


「閉店する前は、家族でよく行ったと思うんだけど」


「………うおお」

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