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放課後、自身が所属しているダンス部での練習を終えた來太は、校舎の正面玄関にある下駄箱前で外靴に履き替えて帰路につく。教科書類や部活で着る練習着が入った私物の鞄を背負い、軽い足取りで歩き出す。忘れ物は、おそらくない。
下校終了時刻の直前ということもあり、校門まで伸びる広い通りには彼と同じような部活終わりの生徒たちが続々と学校の敷地外に向かっていた。夕景に染まりつつある空の下では、高校生の活気溢れる話し声が響く。一日の活動を経たことによる解放感が、その声色から感じられた。
來太は自転車で通学しているため、校舎から出るとそこから駐輪場へと足を伸ばす。現地に着くと、その場で不意な鉢合わせがあった。
「ん? あれ? 洲堂じゃん。おーい」
左の手のひらを左右に振って、自転車を押して歩く美遥に呼び掛ける來太。すると美遥は立ち止まらぬまま、安定の無表情を貫いて彼を見送ろうとする。
「やぁ」
「今日も生徒会の集まりがあったのか?」
「うん」
「そっかぁ、それはお疲れ様だな! 洲堂も頑張ってんだな!」
「まぁね」
短い返事しかしないあたり、美遥は來太との会話を続ける気がないらしい。それでも來太が質問を投げると、少しでも歩く早さを緩めてくれているのはせめてもの救いか。当の來太も、どんな塩らしい対応でもめげるつもりはなかった。立ち去ろうとする美遥に、來太は更なるアプローチを仕掛ける。
「洲堂! 今から遊びに行こうぜ?」
単刀直入すぎる誘いに、美遥は怪訝そうに眉を潜めて小首を捻った。彼が言うには、自身等の行きつけである西部のショッピングモールよりやや離れたところにある複合商業施設に行こうという。
「なんで?」
「なんでって、そんな怖い顔すんなよー。たまにはいいだろ?」
気さくな笑顔で聞き返す來太に、美遥は視線をそらして小さく唸った。本来ならば真っ先に断るところだが、たまには男子の友人と二人切りで放課後に出掛けてみるのもまた違った発見があって良いかも知れない。好奇心も上乗せした完全な気まぐれだが、美遥は軽く頷いた。
「そうだね、たまには」
「おっ? マジで? やった!」
「…………………」
感情の起伏を窺えない美遥と、表情の変わりようが明確である來太の温度差は傍から見てもはっきりと分かる。まるで、チャラついた陽気な男子高校生が真面目でお淑やかな女子高生を口説いているかのような構図だ。だが、元から凜を通しての友人関係という間柄もあってか、不埒な要素は感じられない。
「親に連絡しとかないとな」
言いながら美遥はスマホを取り出し、ラインを起動して親に帰りが遅くなる旨のメッセージを送る。誰と居るかなどの詳細は省くにしても、最低限度の情報共有はあったほうがいいだろう。余計なところで家族に心配を掛けさせないのが吉か。
「おっけー? じゃあ、行くか」
「うん」
スマホを制服の胸ポケットに入れて、美遥は來太の後ろに続くかたちで出発する。二人とも自転車にまたがり、生徒たちの間を縫うようにしてすり抜けていき、校門を越えた先へと出た。あらぬ疑いを掛けられぬよう、美遥と來太は距離を取ってペダルを漕ぐ。
そうして30分以内に、目的地へ到着した。建物の正面は下側から照明器具によりライトアップされ、複合商業施設の外観は高尚な雰囲気を醸し出している。中には大型の書店やコーヒーのチェーン店、ゲームセンター、衣料品店、フードコートなどが入っており、学生だけでなく家族連れにも親しみやすい場所だ。築年数も長いほうではなく、開業してからはまだまだ日が浅い。
店内に入ってすぐのところ、書店とコーヒーチェーン店が合併した区域があったので、まずはそちらに寄る。時間帯でいえば夕食時なため、空腹も感じていた。よって、コーヒーだけでなくそれらに合うサイドメニュー、もといタコスやドーナツにも手を伸ばす。
レジにて会計を済ませる際に、來太が財布を取り出すと同時に言った。
「あ、いいよ。誘ったのは俺だし、俺が出すよ」
「いや、いい。自分のぶんは自分で出す」
「ええ? そんな遠慮すんなって」
「別に遠慮はしてないんだけどな」
「うーん、そうか?」
借りは作りたくないという美遥の意思のもと、來太はその心情を汲み取って引き下がる。注文を経て支払いを終えると、付近に来客用のソファがあったのでそこに腰を降ろして飲食を進めた。胃の中を少しでも満たすために真っ先にタコスを食した來太は、間を持たせるために美遥へ他愛もない話題を振る。
「洲堂、今日の生徒会の集まりではどんなこと話したん?」
「ん? 学校行事のこととか」
「へぇー、それこそ今週末にある遠足のこととか?」
「それそれ」
「あー、なるほど! あとはクラスマッチとか?」
「うん」
來太の会話の引き出し方が悪いのか、そもそも美遥が喋る気がないのか。どうも会話がいまいち弾まない。しかし來太は心を折らすことなく、自らを律する。ここで気落ちしたり相手のペースに呑まれていては、単に気まずいだけになってしまう。せっかくサシに誘ったのだから、少しでも彼女を楽しませたいものだ。とはいえ、何が美遥にとって良いものなのか分からない。
(うーんと……)
來太が次に投げる質問を考えている最中、美遥は突然席を立つ。その視線の先には、向かい側に見える漫画が陳列されている本棚があった。次いで、導かれるようにしてそちらに歩みを進める。
「お? どした、洲堂? 何処行くん?」
願わくば、彼女との会話を発展させるチャンスになってほしいところだ。疑問符を浮かべた來太は、相手の後を追うように立ち上がり、そのままついていく。当の美遥は、彼の呼び掛けに応じることはなかった。
そして、本棚の前に立つ。棚の下側には入荷したばかりの新刊が山積みになっており、新発売である旨を宣伝する見出しが施されている。漫画のラインナップは青年漫画で、どちらかといえば美遥たちにとっては年相応のジャンルだ。大人向けの際どい描写も過激過ぎない程度に加減されて出てくる。
「…………………」
右手にコーヒーが入ったプラスチック製の容器を持ったまま、美遥は新刊の山から一冊の漫画を左手に取った。白地の背景に主人公の女の子がピースしている表紙だ。
(表紙の絵、手抜きになった……?)
イラストのシンプルさに、美遥はついつい胸中で呟く。作者の何らかの意図があってのものなのか、内容の展開に合わせてのデザインか、はたまた本当に手抜きか。以前から読んでいた漫画のため、どうもそういった点が気になってしまう。少なくともこれより前の巻は表紙のイラストに拘りがあるように感じられたし、ましてや物語の進捗状況とは一致していない。
いずれにしても入荷していたのは美遥にとっては好都合だったため、躊躇いなく購入を決め込む。
「お、洲堂もそれの原作読んでんだ」
後方から、美遥の手元にある漫画に着目して來太が言った。彼もこの漫画を知っている様子だ。静かに振り向いた美遥は、短く訊いた。
「知っとん?」
「あぁ! 俺もたまに妹から借りて読んでるぜ? アニメの方もちょくちょく観よるよ!」
アニメ化されたことで原作である漫画も頭角を現しているのか。しかし、内容も相俟ってかアニメが放送されている時間帯は深夜だ。だからこそ來太は、夜遅くまで起きている時にリアルタイムで視聴しているのだという。
「妹と一緒に読んでんだ。妹って、二人とも中学生だったっけ?」
「そうそう! 中3と中2ね!」
「いいね」
「洲堂も弟と一緒に読んだりするん?」
「いや、これは弟にはまだ早いと思うから無理だね」
「えっ? 弟何年生だっけ?」
「小2になったばかりだよ」
姉として、歳の離れた弟に要らぬ語彙や知識を与えぬように自分のものは出来る限り仕分けておく。あくまで目安として、弟が中学生ぐらいになれば共有しても良いかと思われるが。
「小2かぁ、読んでも分からんと思うけどなー」
話の内容が子どもには難しいだけに、単に読んだだけでは理解が出来ないのではないかと來太は言う。それでも漫画なので絵がついてくるため、刺激が強かったりするのは変わりないかも知れない。
美遥が漫画を買い終えると、コーヒーも飲み切って駐輪場まで戻る。今日のところは、短時間の間にコーヒーチェーン店に行った後に漫画を買っただけだった。会話も思ったより盛り上がらなかったため、來太の中ではそこだけ悔いが残る。
「次は、凜も入れて出かけてみる?」
美遥から告げられたその言葉は、一種の戦力外通告のように聞こえた。自分と二人切りで出ても、何の面白味もないというのか。來太は心中に響いた不甲斐無さをひた隠しにして、否定することなく明るく答える。
「ありだな! 絶対楽しいと思う!」
彼女との時間を保障するために出来ることは、いまいちまだ分からない。前向きな心情の中に悩みがちらつきつつある感覚を抱えて、來太は美遥とともに帰路についた。
(洲堂は、どうやったら笑ってくれるんだろうな)




