姉襲来!
学校も終わり部活動にいく同級生たちを横目に校門を出た。
そして、そこには生徒の目を引くド派手な真っ黄色な3000万円はくだらないスポーツカーが止まっていた。
俺は物凄く嫌な予感がした。
去年、自分にプレゼントと言い張って高級なスポーツカーを買ったと言っていた。
そんなスポーツカーからは、遠目からでも鍛え抜かれているのがはっきりと分かる身体の女性が出てきた。
それは女性初のプロ野球選手東奈光。
俺の姉だった。
自分が説明すると個人的感情が入るので、本屋で買ったスポーツ雑誌のコラムで姉のインタビューが掲載されていたので、それを引用して姉の説明をしようと思う。
東奈光。25歳。
178cm.75kg。
左投左打。
ポジション、投手兼外野手。
小学生から高校生まで男性の中に混ざって、野球の腕を磨き続けたアスリート。
高校3年生に新設された女子野球部に1ヶ月半だけ在籍し、公式戦初出場のチームを圧倒的なピッチングとバッティングで創部1年目で全国大会へと導く。
今年12回目の女子野球全国大会の開催だが、7年前の甲子園の東奈光の大活躍は色褪せるどころか、年月を経つにつれて更に語られるようになっていった。
その伝説となった全国大会決勝の試合は再放送ではいつも大盛り上がりで、野球に興味のない人でもあの試合だけは知っているという人も多い。
約100年の歴史のプロ野球で女性選手として初めてドラフトで指名。
高卒18歳で育成ドラフト7位というギリギリで指名だった。
その後奇跡的に支配下登録されたが活躍したとは言い難い成績で引退することになった。
それでも女性としてここまでやれることを示した東奈光選手の功績はあまりにも大きかった。
4年連続で有名人女性部門の好感度ランキング1位で、スポーツ選手としてCM起用1位の大人気選手だ。
引退してからはCMなどは出るもののテレビの露出が少なくなり、私生活は謎に包まれている。
今現在もハードトレーニングを続けているらしく、東奈選手が女子プロ野球に殴り込む日も近いかもしれない。
そこまで有名で動向を気にされている姉が、まさか高級スポーツカーに乗って弟の中学校の前にいると誰が思うだろうか?
一瞬夢かと思いたかったが、現実は俺の迎えに来ていた。
ここで姉を無視するなんて無理だった。
俺は小さい頃から中学生になった今でも姉に歯向かったりすることはなかった。
本当の意味での破天荒な姉に小さい頃からこれまで色々なことに付き合わされたおかげか、どんな性格の女性でも苦にしないという変な特技を手に入れてしまった。
「りゅー。お久ー!」
野球を辞めたと伝えてから一度も会っていない姉と三ヶ月ぶりの再会だったが、野球を辞めても相変わらず元気そうだった。
「姉ちゃん…。なんで学校まで来たん?こんなド派手なスポーツカーまで乗ってきて…。」
「そりゃ、私がスターだから。スターが普通車とか乗ってたら夢を与えらんないでしょ?」
姉の言ってることは俺は間違ってはいないと思うが、学校まで来たことに関しては完全に無視している。
「だから、学校にきたのは……。」
「細かいことは気にしてもしゃーなし!今はりゅーの話なんて聞きたくないー。」
追求を避けるためにこれでもかというくらい露骨に嫌がってきた。
「ひ、ひかりさーーん!!!」
大声で光さんなんて必死に呼ぶ人間は俺の知っている友人の中では一人しかいなかった。
案の定桔梗がこっちにダッシュで向かってきていた。
「お。桔梗!大きくなったね!」
「光さん、お久しぶりです!引退しちゃってとても寂しいです。もっともっと光さんのプレーを見ていたかったんですよ!」
桔梗はいつもはあんなに口数が少ないのに、姉を前にした時だけは興奮を抑えられない普通の女の子な一面もあった。
姉は桔梗の頭をよしよしと撫でてあげ、久しぶりの再会を心の底から喜んでるようだった。
「私もちょっとした条件がクリア出来たら、女子プロ野球に挑戦しようと思ってるんだよねぇ。 それがクリア出来るか出来ないかは……。」
意味ありげな表情でこちらに一瞬視線を向けた気がした。
そんなことよりも姉から衝撃的な一言を聞いてしまった。
現役復帰とかそういうことを一切聞いていなかったし、なにか条件次第で女子プロとして現役復帰するかもしれないという言葉だけでなぜかとても安心した。
もしかするとその条件とは俺に関することなのかもしれない。
そうだとしたら、俺が野球をもう一度やるとかそういうことになってくるはず。
一度は野球から離れてたが、俺が野球をすることで姉が現役復帰するのであれば、俺は野球をまたやってもいいと思った。
姉のプレーする姿を見るのが一番好きだったのは、この世の中の誰よりも弟の俺だと信じて疑わなかった。
その姿をまた見れるなら俺がまた野球をするくらいなんて造作もない事だった。
それくらい俺は超がつくほどのシスコンなんだなと自分自身が情けなくなってしまった。
「桔梗、ごめんね。色々と話してあげたいけど、今からこの子を連れていかないと行けないの。」
そう言うと桔梗は残念そうな顔をしていた。
姉に見えないように俺の方を一瞬鬼の形相で睨み付けてきたが、あれは本当に桔梗だったのだろうか?
「ということで、りゅー。今からちょっと行かなきゃならない所あるから行くよ!」
そう答えると俺の返事などお構い無しに、ド派手なスポーツカーの助手席に乗せられた。
「それじゃ、桔梗!また時間ある時に練習見てあげるからまた今度ね!」
「光さん!絶対ですよ!? 約束守ってくれなかったら家まで押しかけますよー!?」
さりげなくやばい事を言っていたが、姉はそんな発言すら気に留めず、満面の笑みで桔梗に向かって手を振っていた。
「それじゃ桔梗ちゃん、練習頑張ってね。」
「頑張る。龍もまた明日学校でね。」
超ご機嫌なのか、俺に向かっても満面の笑みでお別れを言ってくれた。
その姿に少しは肩の荷が降りた。
野球を辞めてしまって、思うことがあったのにも関わらず、俺にはなにも言わずに我慢してくれていた。
姉のおかげだったが、久しぶりに笑顔を見れて良かったと本心でそう思えた。
桔梗と別れると姉は何も言わずに車を走らせ、質問は全く受け付けてもらえず、どこに行くかすらも教えてくれなかった。
「姉ちゃん、流石に今どこに行ってるか教えてくれてもよくない?」
「うるさい!男の癖にあーだこーだ言わないの。」
これは俺が悪いのであろうか?
流石に何も言わない姉の方が悪いのではないだろうか?
そうして俺は考えるのをやめた。
こういうことは初めてではなかったし、俺が歳を重ねて、大きくなっていくうちにそういう要求は増えていた。
大なり小なり色々とあったが、この有無を言わせない感じは絶対にやばい事が起こると断言出来る。
俺は小さい頃から、人の雰囲気というか、オーラのようなものを感じることが出来た。
俺は対戦相手の勝負の時に出てくる特徴的な雰囲気を読むことが出来て、強気に見えて実は弱気だとかそういう感じのことが直感的に分かってしまう。
この能力?を説明するのは今はまだ難しく、誰にも言ったことすらなかった。
「りゅー。着いたよー。」
『おいおい。流石にここはやばくないか?』
到着した先は地元福岡で有名な女子校の箱崎白星女子高校だった。
一体この後俺はどうなる?
その場から1歩も進みたくなかったが、周りの女子生徒の突き刺さる視線を姉という盾を使って前へと進むしか無かった。
そして、着いた先は明らかに重要なものがこの先にあるのが分かる立派な扉の前だった。
ガチャ────。
俺は覚悟を決めて、前を向く。
そんな思いとは裏腹に小さくなって姉の後ろについて行くのがやっとだった。